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聖剣

「……すっげぇー」


 どこか抜けたギュンターの声。だけど僕だって似たような声しか出せないだろう。

 エリーの魔術によってもたらされた炎の壁は、もうたっぷりと数十秒は過ぎたというのに消える気配を見せない。

 この灼熱地獄の中で生きていられる生物など居ないだろう。高位の魔術師は災害と変わりないとは言われているけれど、これほどの魔術を扱える人間がどれほど居るだろうか。


「こんなものかしら。マナが薄いせいで威力が出なかったみたいね」


 だというのに、目の前の可憐な「天災」は事も無げに言う。

 以前からエリーは他の生徒を見下しているふしがあったけれど、これほどの破壊の力を持っているのなら納得だ。

 彼女にとって僕たちなど、チャンバラごっこをしている子供も同然に違いない。


「これで威力下がってんのかよ。魔法とは大違いじゃねえか。何でこんなもんが廃れるんだよ」

「馬鹿には使えないからよ」


 当然の疑問を挟むギュンターにエリーはにべもなく答える。


 実際それが全てなのだ。

 魔術は選ばれた人間にしか使えない力で、故に魔術師は特権階級にも近い立場にあり、そして魔法の誕生によりその栄光を失った。


 魔法は魔術に成り代わる。そんなことは夢物語だと、少しでも魔術を齧った人間なら分かるだろう。

 ただの人間が人生の片手間に覚えた魔法と、魔術師が生涯をかけて探究する魔術が等価であるはずがない。だというのに、人々は魔法を万能の奇跡であるかのように持ち上げて、魔術師という得体のしれない者たちを排斥した。


 ――それがいつか自分たちの首を絞めることになると知らずに。


「しかし何だったんだ、あの黒いの? まさか本物の悪魔か?」

「あんな悪魔聞いたことが無いわよ。かといって既存の生物や魔物の類とも思えないし、誰かが作り出した魔法生物かもしれないわね」

「あんなの作れんのかよ。ならまだ……」


 不意に、ギュンターの言葉が途絶えた。


「――!?」


 咆哮と共に炎の中から現れたのは闇色の異形。しかし僕らがその存在を視認する前に、黒い影が疾風のように駆け抜け、ギュンターの姿が瞬きをする間もなく視界から消えた。


「――不可視の!」


 何が起こったのか。

 僕がそれを理解する前に反応したのはエリー。杖を掲げ何かの呪文を口にする。


「――たっ!?」


 しかしその呪が紡がれる前に、再び翻った影によりエリーの体が地面に叩き付けられた。


「……」


 声すら出なかった。

 突然の事に意識が追い付かず、しかし冷静な自分が状況を把握し、目の前の光景がスローになっていく。


 壊れた人形みたいに、地面に叩き付けられた反動でエリーの四肢が天へ向かい投げ出されている。

 衝撃に巻き込まれ舞い上がる落ち葉。その向こうに黒い異形は居た。


「――」


 炎に焼かれたはずの異形は、何事も無かったように佇んでいた。

 エリーを地に叩き伏せた異形がトドメのつもりなのか腕を振り上げる。


「……」


 だけど僕は動かない。動けない。

 当然だ。いくら認識が追い付いても、逡巡を越えたこの瞬息の間に体が動くはずがない。

 だから僕は何もできず、ただエリーが殺される瞬間を見ているしかなかった。


 ――テオ。


 そんな僕の脳裏に、失った少女の姿が映った。


 僕は弱い。


 ――嫌だ。


 何もできない。


 ――嫌だ!


 誰も救えない。


 ――嫌だ!!


 そんなのは嫌だ。


「……あああああぁぁぁぁっ!!」


 口から漏れた叫びは獣のようだった。

 嫌だ嫌だと否定を繰り返し何も考えず飛び出した体は、瞬息を越え刹那の間に異形へと至っていた。


「――!?」


 異形が形容できない声で悲鳴をあげる。

 小柄な童のような突進をその身で受けた異形は、冗談みたいな勢いで吹き飛んだ。


 否。ただ吹き飛ばされたわけではない。

 異形の胴体。人で言えば鳩尾にあたる部分に、剣の切っ先が深々と突き刺さっていた。


 聖剣。抜けるはずのない伝説の武器。

 いつ抜いたのか分からない。抜いた覚えもないそれが、当然のように僕の両の手に握られていた。


「まだ!」


 初めて抜けた聖剣。だがそんなことは今はどうでも良い。


 吹き飛ばされた異形が彼方の木の幹にぶつかり止まる。

 奴は健在だ。

 ならば倒さなければならない。

 そうしなければエリーを守れない。


「うわあああああぁぁぁぁっ!?」


 再びあげた叫びは悲鳴に近かった。

 異形に向けて跳ぶ。しかしそれは自らの足で跳んだというより、獲物をしとめようと襲いかかる剣に引っ張られているようだった。そもそも並の剣より太く長いそれを、小柄な僕が抱えて跳べるはずがない。

 宙に浮いた体は姿勢を保てず、風に遊ばれる布きれみたい。しかし再び剣がひとりでに翻り、僕の体は空中で回転していた。


「――!?」


 その回転の勢いのまま、剣が異形に叩き付けられる。

 こちらの攻撃を異形は両腕を交差させ防ぐが、しかし剣は止まらず両腕を強引に抉じ開けその体を僅かに引き裂いた。


「――!」


 しかし斬られたことなど気にせず、異形はこちらへ手を伸ばしてくる。

 剣を受け止める腕といい、その体は一体何でできているのか。


「ああっ!」


 捕まる。そう思った瞬間、体は剣に引っ張られて後方へと跳んでいた。

 そして異形がの腕が空を切ったところに、再び剣は僕を引き連れ襲いかかる。


 異形の周囲を走り回り、勢いのままに剣を叩き付ける。

 それは剣で斬るなんていう上品なものではなく、体を軸に剣を振り回しているだけ。

 地面を這いつくばるように駆け、時に地に手を付き、剣を突き立て態勢を保つ。


 知らない。

 こんな戦い方を僕は知らない。


 それは決して騎士の戦い方などではなく、野に放たれた獣のそれだった。

 しかしこれが、この戦い方こそが今の僕と聖剣の最適解なのだと、知らない誰かが告げていた。


「!?」


 だが付け焼刃のそれが続くはずがなかった。

 異形もただやられているわけではない。その剣の刃すら受け止める腕でこちらの斬撃を受け流し、地面へと縫いとめる。


「……あ」


 動けないのは一瞬。しかしこの戦いにおいて一瞬は絶対の隙に等しい。

 迫る異形の腕。それが見えていながらも、僕は逃げることもできず受ける事しかできなかった。



「……あ……れ?」


 目が覚めた。

 異形に殴られて、そしてどうなったのか。

 まったく覚えていないという事は、あの一撃で僕は意識を刈り取られたのだろう。


 幸いそれほど時間は立っていないらしく、異形は顔を上げればそこに居た。

 いや不幸か。何せ目の前の異形ときたら、容赦なく僕に向かって拳を振り下ろそうとしているのだから。


 死ぬ。

 殺される。

 死にたくない。

 まだ死ねない。


 死ぬのならばあいつを殺してからだ。


「う……あああぁぁぁぁっ!」


 地面に転がったまま、全力で聖剣を手に異形を突き穿つ。

 今正に殺されかけているのに、防御も回避も選ばず相打ちを選んだ。

 それが最善だと、少し寂しげに知らない誰かが同意した。


「――!?」

「……え?」


 しかし異形の腕と僕の聖剣が交差する最中、知っている誰かの拳が異形を殴り飛ばした。

 態勢を崩す異形。


「――集え、そして爆ぜよ」


 その隙を逃さず、圧縮された風の魔力がさく裂した。


「――!?」


 大砲を思わせる爆音が響き渡り、異形が衝撃にたたらを踏みながら後退る。


「効かないか。なるほど、子供とはいえ聖剣の主にすら打倒できないはずだな」

「……あ……」


 その人は月を思わせる銀髪をなびかせ、僕を守るように立っていた。

 その姿を覚えている。父を失い、たった一人だった僕を守ってくれたその人を。


「久しぶりだな坊や。成りは子供のままだが、気概はいっぱしの男らしく育ったな」


 そう言って僕の初恋の女性は、十年前と変わらない顔で微笑んだ。


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