魔力食い
僕がエルヴィン卿へ魔力食い討伐のための応援要請をしたのは、実のところそれほど期待してのことではなかったりする。
女神教会の介入により停戦状態とはいえ、敵対する陣営の人間からの応援要請に応えるはずがない。仮に応えたらその後の立場が危うくなるだろう。
なので応援要請は駄目で元々の半ば嫌がらせ。
そんな要請をされるということは実はシュティルフリートとエルヴィン卿は繋がりがあるのかと思われたらと疑心暗鬼でも生まれれば儲けもの程度の考えだった。
だというのに。
「……まさか本当に来てくれるとは思いませんでしたよ」
「来てはいけなかったか?」
案内した客間で挨拶もそこそこに言った僕に、相変わらずのむっつり顔で応えるエルヴィン卿。
いや普通来るとは思わないだろう。
仮にエルヴィン卿個人が来たいと思っても立場的に難しいはずだ。
なのにシュティルフリートの領地にわざわざやってきたということは、このことはヨーン王も承知しているのだろうか。
「陛下にも報告した。だが何も返事はなかったので了承したということにした。周りの雑音は無視した」
「雑音て」
そりゃ今ヨーン王の周りにいる諸侯の耳に僕に協力するなんて話が入れば非難轟轟だったことだろう。
それを無視する度量も凄いが王が返事をしなかった……恐らくは返答に迷った隙に了承したことにするあたりも凄い度胸と押しの強さだ。
「正直に言えば不満もある。最近の陛下は言葉が少ない。まるで余計なことを言えば墓穴を掘るような。何かを恐れている」
「恐れている?」
クレヴィング公曰く小心者のヨーン王。
一体彼は何を恐れているのだろうか。
「ヴェルナー卿は何と? あの人は迷いなく王に従っているみたいですけど、王の真意を知っているんですか?」
「知らないらしい。だが主を疑わず尽くすのが騎士だと。しかし騎士とはそういうものか?」
そうエルヴィン卿は彼にしては珍しく語気を強めて言った。
ここには居ない仲間と王へと問いかけるように。
「魔力食いのことも俺は聞いていなかった。王家に伝わる聖剣とやらのことも聞いても何も答えない。考えたくはないが、もし王家の聖剣が行方不明だとする。ならばおまえを殺すということは取り返しのつかない事態となる」
王家の聖剣にはシュティルフリートの継承する聖剣のような使い手を選ぶような性質はないらしい。
逆に言えばその王家の聖剣がないならば魔力食いを倒せるのは僕だけだ。
それを自覚しながら魔力食いを放置し、さらに僕を殺しに来ているというのなら、ますますヨーン王が何を考えているのか分からない。
「分からない。分からないが分からないことで悩むことはやめることにした。まずは邪魔な魔力食いを倒す」
「それは僕としても助かるんですが、その後は?」
「王を問い詰める。答えないなら脅しも使う。もうこんな茶番には付き合いきれん」
そう告げるエルヴィン卿。
その声には諦観と、そして決意があった。
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エルヴィン卿の協力が得られると分かった以上のんびりとしていられない。
しかしいくらエルヴィン卿が強いとはいっても彼一人で魔力食いの討伐が確実なものになるとは言えないし、現に一度は逃げられている。
なので次は逃がさないように対策をしなければならないわけだけれど。
「そういうわけで皆さんに集まっていただきました」
「なるほど」
僕の言葉に納得して見せるユリアンさん。
いや彼だけではない。この場――屋敷の中でも一番広い部屋の中にはうちの兵士の中でもエルマーさんのようなベテラン兵や黒豹傭兵団からも隊長クラスの人間が集まっている。
総勢百には届かないとはいえかなりの大人数だ。そしてこれだけの、これ以上の人間の手を借りないと魔力食いの討伐は難しい。
「この前の戦いを見た限りでは二人だけで押していたようにみえやしたが?」
「でもすぐ逃げられた。そして厄介なのは魔力食いは時間を与えるとその辺りの動物や空気からすら魔力を補給してしまうという点です」
「あー、そりゃ逃がすと面倒ですな」
巨漢の髭面をした山賊みたいな傭兵の声に答えれば、すぐに納得したように頷いて見せた。
団長であるヴォルフラムさんに認められたせいか、普通なら僕のことなどガキ扱いしそうな面々もこうして話はちゃんと聞いてくれるからありがたい。
これまでの戦いでも分かっていたけれど、そこらの正規軍より余程統制がとれているのだから団としての勝率が高いというのにも納得だ。
「加えて魔力食いが現れる前に襲撃してきた魔物のこともあります。横やりが入るのは避けたい」
「それで大人数ということか」
説明を聞きエルヴィン卿も納得したように頷く。
魔物に邪魔されないため。魔力食いに逃げられないため。二重の意味で周囲を囲う必要がある。
そして魔力食いの強さを考えれば逃がさないための包囲に加わる人間もそれなりの手練れであることが望ましい。
「魔力食い自体の相手は僕とエルヴィン卿とユリアンさんが。その周囲を黒豹傭兵団の皆さんで囲み、さらにその外をうちの兵で固めます」
「それで逃走を防げるか? この間のように飛ばれでもしたら阻止するのは難しいぞ」
「最悪逃げられても構いません。要は回復の時間を与えないのが重要ですから、追跡に人をさいて間を置かずに追撃を行います」
「長丁場になりそうだな」
「はい。数日がかりになるのは覚悟してください」
そもそも聖剣を使っても魔力食いの討伐には時間がかかり、過去の討伐でも数日から数週間かかるのが当たり前だったらしい。
魔力食いが逃げなかったとしてもこちらの体力が続かない可能性もある。
そこを狙われることを考えたらこちらから逃げる場合のことも考えなければならない。
「……本来なら魔力食いの討伐は聖剣の担い手一人で行います」
そう僕が継げると、この場にした面々は訝し気な顔をした。
「だけど僕にはそんな力はない。だからことを大掛かりに、皆の手を借りるしかなくなってしまった」
聞けば魔力食いの討伐は毎回シュティルフリートの人間の手によって行われ、そのほとんどは援護もなく単独で行われたらしい。
あんな化け物を一人で、何日もかけて倒していたのだ。
でも僕にそんな力はない。
「申し訳ない。どうか不甲斐ない僕に力を貸してください」
そう言って僕が頭を下げると室内は水を打ったように静まり返った。
分かっている。今僕は領主としてやってはいけないことをやっている。
でも自分の力不足を思えば、助力を求めるために頭を下げずにはいられなかった。
「バルドー。ソフィア陛下に無茶な作戦を依頼されて抗議したときのことを覚えているか?」
しかしそんな静寂に包まれた中で、不意にユリアンさんがといかける声が響いた。
「覚えてますとも『高い金を払っているのだから文句は言うな。万が一にも失敗したら十倍金をはらってやる』と取りつく島もなかったっすな」
「いっそ清々しかったな。それほど自信があってのことなんだろうが。それで今度はどうだ?」
「貴族様に頭下げられても困りますなあ。もっと別のものを下ろしてもらいませんと」
そう茶化すようにいう声を聞き、何を求められているのか悟る。
なによりこの場を「盛り上げる」ためにどうすればいいのかを。
「……よし! 見事勝利して戻ったあかつきには追加で十倍報酬を払ってやる! せいぜいきばれ雇われ共!」
「おうよ! やるぜ野郎ども!」
髭面の傭兵が意気揚々と応えるのに合わせ、他の傭兵たち、さらにはシュティルフリートの兵たちまで拳を掲げて快哉をあげる。
「テオドール。何もかも自分が背負おうとするな」
「ユリアンさん?」
「過去のシュティルフリートがどうだったかは知らないが、おまえは一人じゃない。それに俺たちはおまえの命令に従っているわけではなく最後には自分の意思でここに居るんだ。それはおまえが背負うようなことじゃない」
そう言うと、ユリアンさんは僕の肩を軽く叩く。
それにホッとすると同時に肩から力が抜けた。気張りすぎていたのだろうか僕は。
それにしても……。
「追加報酬十倍かあ」
勢いで言ってしまったが、はたしてケビンさんは納得してくれるだろうか。
ユリアンさんたちに乗せられて一つ問題は片付いたけれど、別の心配ができてしまった。




