確執
「やあ久しぶりだね。えーと、今はヴォルフラムだったかな?しばらく見ないうちに随分と傷が増えたねえ」
「……チッ」
シュティルフリートの屋敷にて、自身に与えられた部屋に突然訪ねてきた男を見て、ヴォルフラムは隠す素振りすら見せず盛大に舌打ちをした。
普段の落ち着いた様子からは想像もできない苛立った態度。
テオドールが見れば、いや腹心であるユリアンや実の娘であるジビラですらこんな姿は見たことがないだろう。
「私は入室を許可した覚えはないのだがな」
「おや? 傭兵団長というのは貴族の来訪を突っぱねられる程偉いのかい?」
「それでもだ。例え頼まれてもシュティルフリートがおまえを俺に会わせるとは思えん」
あの少年伯は世間知らずだが頭は回る。
ヴォルフラムと目の前の男――クレヴィング公に確執があることは察していた。
そしてシュティルフリートがヴォルフラムとクレヴィング公のどちらを信じるかと言えば、ヴォルフラムの方を信じるに違いない。
それは別にヴォルフラムの自惚れというわけではない。
ただテオドールが身分というものをあまり気にしない人間であり、クレヴィング公が味方であっても気が抜けないほど胡散臭いというだけだ。
仮にクレヴィング公がヴォルフラムに会いたいと言い出しても、テオドールならば断わるか最低でもヴォルフラムに話を通してからにするだろう。
そんな先触れがなかったということは、クレヴィング公はテオドールの許可も得ずこの屋敷をうろつき回りここに辿り着いたということになる。
「うん。テオドールくんはシュティルフリートには珍しく策謀にも通じるタイプだね。まあ代々のシュティルフリートも大人しく罠にかかるような間抜けではなかったけれど、性格的にそういうのには抵抗があるタイプが多かった」
「正面から罠を食い破る力がないからだろう。例え本能の赴くままに生きる獣であっても手負いならば周囲を警戒する。生きるために必死なのだろうなあの子は」
以前ユリアンが危惧していたように、テオドールは歪んだまま大人にならざるを得なかった子供だ。
一人で立ち続ける力はなく、しかし周囲に無条件に頼れる者も居ない。
「だから? 君は彼を助けているのかい? 信じられないなあ。何せ君は次期ロイヤルガードと目されながら国を見捨てた――」
「その舌二度と回らぬように潰されることが望みのようだなクレヴィング?」
大振りのバスタードソードをまるでレイピアのように素早く片手で抜くヴォルフラム。
瞬きもできない一瞬。その切っ先はクレヴィング公の唇をかすめる程の距離に突き付けられていた。
だというのに、当のクレヴィング公は焦った様子も見せず、潰されかけた舌をさらに回らせる。
「事実じゃないか。少なくとも君が国に残っていればヨーン様だって自棄にはならなかったろうに」
「それで? 自分を棚に上げて私に責任を押し付けるつもりか? ふざけるなよクレヴィング。分かり切っていた結末を引き延ばしたのは貴様らが勝手にやったことだ。むしろやり方は悪くとも引鉄をひいてみせたヨーン殿の方が貴様らより余程マシに見えるが?」
「国を破滅させるのにかい?」
「もはや破滅でしか壊せないほどに虚構で塗り固めたのが貴様らだろう」
にらみ合い、かけ続けられる言葉はどちらからも一方通行で相互理解には程遠い。
かつて国の中枢に居た者と居続けた者。
かつて見限ったものと縋り続けた者。
二人の立場と考え方はあまりにも違い過ぎた。
「……戻ってくる気はないのかい?」
「ハッ。まさかそれを期待してわざわざ話をしに来たのか? ならば答えは一つだ。私の剣を捧げた君は後にも先にもただ一人。故に私はもう騎士ではない」
「……残念だ」
そう言うと、クレヴィング公は一歩引いて突き付けられた剣先から離れ、踵を返して部屋から去っていく。
その姿を見届け、ヴォルフラムは剣を下すと疲れたように息をついた。
「……策を巡らせる前に信頼を勝ち取ろうとは思わなかったのか。クレヴィング」
既に立ち去った男へと向けられた言葉。
その言葉には落胆と、僅かな悲しみが込められていた。




