前兆5
一言に騎士と言ってもその実際の身分は様々である。
騎士とは主君に仕え戦う戦士を意味するが、王に仕える領主を指す場合もある。
では騎士が全員領主なのかといえばそうでもなく、むしろピザン王国では騎士階級の人間の殆どは領地を持たないミニステリアーレと呼ばれる下級騎士が占めている。
貴族ではない。かといって兵士でもないミニステリアーレの扱いは古くは微妙なものであったが、戦場で功績をあげ次第に存在感を増していった彼らは準貴族として扱われるようになり、平民でも成り上がるチャンスのある憧れの存在となったのだ。
「よう。おまえがラーラか。これから同僚ってわけで頼むわ先輩」
「……ええぇぇぇぇ?」
なのでそのミニステリアーレ候補である少年から気軽に挨拶されたラーラが、混乱して間抜け面を晒すことになったのも仕方ないことだろう。
「おお。どうした美人が台無しだぞ」
「び!? い、いえ。あの。新しくテオドール様につく人は従騎士の方だと聞いてたんですけど」
「おう。従騎士のギュンターだ。よろしく」
「あ、はい。ラーラと申します。……ってそうじゃなくて!?」
マイペースに挨拶をされ素直に返しつつもすぐに何かがおかしいと叫ぶラーラ。その様子を見て聞いた通り面白い子だなと笑うギュンターの姿に気付けばラーラの態度も改まったかもしれないが、残念ながら当の彼女にそんな余裕はなく必死に認識の齟齬をなくす努力を続けてしまっていた。
「あの……私テオドール様付きの護衛ではありますけど、騎士でも何でもないただの兵士ですよ?」
「知ってる。でもそこらの男が束になっても敵わないってテオドールが我が事のように自慢してたぞ」
「テオドール様がそんなことを」
主君が己を自慢していたと聞き花がほころぶような笑みを浮かべるラーラ。
そしてそれを見て本当に面白い子だなと同じく笑みを浮かべるギュンター。
二人の関係性は大体決まったようである。
「まあ俺も実戦経験は少ないが腕にはそれなりに覚えがある。一緒にテオドールを守り抜こうぜ!」
「はい! この身に代えてもテオドール様を御守りして見せます!」
こうしてほぼ同じ職務を担うものとして表面的に意気投合した二人であったが、やはり何かがおかしいとラーラが首を傾げるのはギュンターと別れて数分が経った頃であった。
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「ほう。敵の大将を狙い撃つときたか」
大きな卓の置かれた会議室にて。
ヴォルフラムさんにクレヴィング公やグラナート伯と話し合った結果を伝えたのだけれど、いつもと違ってその声には納得よりも呆れの色が強かった。
隣に居るユリアンさんは……相変わらず無表情でよく分からない。
普段からあまり表情が変わらない人だけれど、こういう時は完全にポーカーフェイスになってしまうのだから傭兵というイメージにそぐわない人だと思う。
「何か問題が?」
「まず無理だろう。野戦で大将首がとられることは希だ」
「そうなんですか?」
「ああ。まず大将が危険に晒されるほど部隊が崩れたのならば、その大将が真っ先に逃げるだろうからな」
なるほど。それはそうだ。
むしろそこは大将として逃げて命を繋がなければならない場面だろう。
「それに大将首をとっても戦いが終わらない場合もある」
「え? 戦う理由がなくなるのに?」
「それは考え方が騎士らしい坊やだからこその発想だな」
僕の疑問にオリヴィアさんが苦笑しながら言う。
どういうことだろうか。
「時と場合によるというやつだ。騎士としてではなく領主として考えてみろ。領主の場合は王のためというのは建前で、一番大事なのは自分の領地だ。王が死んだからと言って自分の領地へと危機が迫ると分かっている戦いを放り出すか?」
「あーなるほど」
大将が討ち取られても戦う理由があるなら残った者たちは戦い続けると。
もちろん指揮官が討たれることによって混乱し、そのまま敗走することはあるだろうけれど、その混乱を立て直せる人間がいるなら別だろう。
「つまりラウホルツ侯を討ったところで他の諸侯がやる気満々なら知ったことかとばかりに攻め続けてくると。そもそも主戦派の頭はヨーン王だから代わりはすぐに出てくるだろうし」
「勢いは削がれるだろうがな。だが相手の勢いを削ぐというののならこちらが防衛に成功し続けるだけでも効果はあるだろう。危険を冒してまでラウホルツを討ちに行く見返りがあるとは思えん」
「うーん」
要はラウホルツ侯を討ちに行くことによるメリットとデメリットがつりあっているか。
クレヴィング公はつりあうと考え、ヴォルフラムさんは割に合わないと考えている。
あるいはクレヴィング公は政治的な立場から得られるメリットを重視し、ヴォルフラムさんは傭兵という立場から実際に戦う上で背負わなければならないデメリットを重視しているということだろうか。
「それならクレヴィング公ともう一度話し合った方がよさそうですね」
「ほう? クレヴィングの意見を尊重すると思っていたが」
「まあ実際にラウホルツ侯を狙うとなればどう考えても黒豹傭兵団の皆さんに頼ることになりますし、ヴォルフラムさんたちが無茶だというならやらせるわけにもいかないでしょう」
「ありがたい。俺たちは良い雇い主に恵まれたようだ」
そう言うと大げさに両手を掲げて見せるヴォルフラムさん。
どうやら機嫌が悪そうだったのは直ったらしい。というかまさか本当にクレヴィング公と知り合いで仲が悪いのだろうか。
「でもどのみち無茶はやってもらうことになると思いますよ。相手にエルヴィン卿が居ますから」
「エルヴィン・フォン・ラウホルツか。確かロイヤルガードの中では一番の若手だったな」
「はい。というかもうロイヤルガード二人しかいませんけど」
そういう意味ではエルヴィン卿も中々大変な立場だろう。
ロイヤルガード筆頭であるヴェルナーはいつ引退してもおかしくない年齢。そしてヴェルナーが居なくなった後に共にロイヤルガードの重責を担うはずだったヴァルトルーデ卿は既に故人。
ピザン王国の将来がエルヴィン卿一人に圧し掛かっている。
まあほとんど自業自得だから、大変そうだなとは思っても同情する気にはならないけれど。
「ヴォルフラムさんなら抑えられますか?」
「さて。流石にルーベンほどではないと思うが。万全を期すならユリアンを含む黒豹傭兵団の主力であたるべきだろう」
「ではその方向で」
あっさりと了承する僕を面白そうに眺めてくるヴォルフラムさん。
黒豹傭兵団の主力をエルヴィン卿にあてるということは、僕の手札の中で最高の戦力である黒豹傭兵団を使ったラウホルツ侯への奇襲は諦めたということだ。
クレヴィング公の思惑通りに僕が動くのを諦めたのが嬉しいのだとしたら、いよいよ本当に不仲説が真実味を帯びてくる。
……後でちゃんと話を聞いた方がいいのだろうか。
「まあクレヴィング公に他に策があるようならそれを支援することはあると思いますけど。ヴォルフラムさんたちはエルヴィン卿へ集中してください」
「了解した。最善を尽くすとしよう」
そう返事をするヴォルフラムさんだけれど、戦場で全てがこちらの思惑通りに動くことはないだろう。
前回のルーベンさんとソフィア様のような予定外の事態に見舞われなければいいのだけど。




