前兆4
「テオドール」
クレヴィング公やグラナート伯との話し合いも終わり屋敷を出ようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められて振り向く。
「ギュンター? それにエドバルドも」
見ればかつての学友二人が揃ってこちらへと歩いて来ていた。
馬車が崖から落ちた時には重傷だったように見えたけれど、ちゃんと治療はされたのか五体満足でピンピンしているようだ。
友人たちの無事な姿を見てほっと息をつくと同時に体から力が抜け、自分が今までずっと気を張っていたのだと今更理解する。
ずっとシュティルフリート伯として行動していてテオドールという一人の人間に戻ることができていなかったのだと。
「二人とも無事だったんだ。エリーも?」
「ああ。ちょっとばかし後始末が大変だったけどな。エリノアもとりあえずは無事らしいが」
「彼女はジレントの大家の分家筋の娘だからな。下手に手を出せない故丁重に実家に送り返されたことだろう」
「ああ。なるほど」
確かにクレヴィング公曰く小心者なヨーン王なら魔法ギルドと繋がりにある家とは敵対しようとしないだろう。
オリヴィアさんが言うように本当に魔術師同士の仲間意識が強いのなら、魔法ギルドそのものを敵に回しかねない。
「それと……エドバルド。ヴァルトルーデ卿のことは……」
僕のせいで。僕がいなければ。
謝罪の前にそんな言葉が出そうになり自己嫌悪で頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
最後にヴァルトルーデ卿と顔を合わせた時だって、彼女は僕への説明を優先してエドバルドとはろくに会話をしていなかった。
そんなものが姉弟の最後になってしまった。
「……姉上は自らの意思と誇りを違えず自らの道を貫いた。それが全てだ」
「……」
そんな不甲斐ない僕に、エドバルドは腕組みをして視線を合わせないまま、誰かに言い聞かせるように言った。
「姉上は間違っていない。だが貴様が姉上の行いを結果的に間違いにするのならば、そのときこそ私はおまえを許さない」
「……うん。分かった」
厳しい言い方だけれど、エドバルドは僕を認めてくれた。
きっと多くの葛藤があっただろうに、姉であるヴァルトルーデ卿の思いを汲んで湧き上がる負の感情を飲み下したのだろう。
そんな決断のできるエドバルドは、いがみ合っていたこともあったけれどやはり凄い男だと思う。
方向性は違うけれど、流石はあのクレヴィング公の息子だということだろうか。
「私も父上の下で戦線に出るつもりだ。何かまだ言いたいことがあるというのなら、この戦いを互いに生き延びてからだ」
「うん。まあ僕はともかくクレヴィング公ならエドバルドのことは確実に生き残らせるだろうけど」
「……確かにな」
僕の言葉に同意しながらも、エドバルドは何やら不服そうだった。
そういえば先ほどクレヴィング公が親子喧嘩をしたと言っていたけれど、何があったのだろうか。
「ではな。武運を祈っている」
「うん。エドバルドも」
去っていくエドバルドの背を見送りながら少し安堵する。
思えばずっと僕は怯えていたのかもしれない。ヴァルトルーデ卿のことをエドバルドに責められることを。
一方で期待してもいた。エドバルドが「おまえのせいだ」と僕の逃れようのない罪を糾弾することを。
でもエドバルドはそれをしなかった。
ヴァルトルーデ卿の行動も死も彼女自身が選択したものであり僕のせいではないと。いや、むしろおまえ如きが背負うなどおこがましいという意味でもあるのかもしれない。
「まあ何とも面倒くさいな上位貴族ってのは」
「だよね」
「いや、おまえもだからな」
「え?」
その場に残っていたギュンターの言葉に「はて?」と首を傾げる。
シュティルフリート家は色々有名ではあるけれど爵位は伯爵で上位というよりは中堅どころだ。
けれどギュンターがしばらく迷う素振りを見せ「まあいいか」と息をついて納得していた。
こっちは納得できてないんだけど何が言いたかったのだろうか。
「そういえばギュンターは王都に戻らないの?」
「おまえなあ。ダチが二人もこっち側だってのに呑気に帰るかよ」
「え? じゃあもしかして……」
「ああ。おまえのとこで雇ってくれないか。平兵士でもいい。というか騎士学校中退みたいなもんだからむしろ妥当だろ」
「ええ……」
一緒に戦ってくれるのかと聞こうとしたら思いのほか現実的な提案をされた。
そりゃそうだ。僕の友人だからと言って所属や立場が曖昧なままそばに置いて戦わせるわけにもいかない。客将という扱いにしようにもギュンターにはそんな実績はない。
かといって騎士学校で優秀な成績を修め、座学さえ手を抜かなければ首席も狙えたであろうギュンターを平兵士扱いするのもどうだろうか。
きちんと教育を受けて戦術を理解し兵の指揮の心得がある人間というのは貴重だ。
平兵士と同じ扱いにするというのは間違いなく勿体ない。
「雇うのはいいけど平兵士にするかは実力を見てもらってからかなあ。というかギュンター立場があると面倒だから平兵士でいいやと思ってない?」
「それもある」
あっさり認めやがった。
まあ騎士にならずに冒険者になると嘯いていたギュンターだしなあ。
平兵士としてのびのびやらせた方が本人にはいいのだろうか。
そう思いギュンターの要望通りにしようかと考えながら領地への帰路についた僕だったけれど、少し考えれば分かったはずなのだ。
ラーラを見つけてきて僕の護衛にすると言う大抜擢をしたあのケビンさんが、有能な人間を見つけてそのままにしておくはずがないのだと。
・
・
町地に戻りケビンさんやオリヴィアさんに話し合いの結果を報告し今後のことを考えようとしたのだけれど、ギュンターのことを紹介した瞬間案の定ケビンさんが食いついた。
「ほほう。あのギュンター殿ですか」
どのギュンター殿ですか。
というか何でケビンさんがギュンターを知っているんですか。
まさか騎士学校での僕の周辺状況でも調べてたんですか。
「テオドール様。ギュンター殿をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。どうぞ」
「では参りましょうか。時間は有限です」
「え? は? ちょっと待てテオドール!?」
そしてケビンさんに襟首引っ掴まれて連行されていくギュンター。
ギュンターの方が見た目は体格いいのにどういう力をしているのだろうかケビンさんは。
そしてケビンさんに目を付けられたということは、ギュンターの「平兵士でいい」という願いは間違いなく却下されることになるだろう。
少なくとも今後を見越して数名程度の部下をつけた班長くらいにはされるのではないだろうか。
「いや。最低でも従騎士にされるだろう。坊やの友人ということを鑑みればな」
「ええ? ケビンさんがそんな贔屓する?」
僕の予想をあっさりと否定するオリヴィアさんにそんな馬鹿なと聞き返す。
従騎士というのは正規の騎士ではないが、騎士の下で修業をしながらその補佐をする見習い騎士だ。
将来騎士になることは約束されており、一般兵とは明らかに別格の扱いと言える。
ギュンターの実力的には問題ないだろうけれど、そのギュンターの実力を知らないオリヴィアさんが「最低でも」というならそれは明らかに贔屓されている。
「むしろケビンだからこそやるだろう。坊や。今坊やの周りに一切遠慮なく本音で話せる人間はいるか?」
「それは……いないけど」
立場的には部下とはいえ十以上も年上のケビンさん相手に完全に気を抜けるはずがない。
ラーラは見ていて落ち着くけれど、やはり異性ということもあり完全に心を許すことはできない。
「分かったか? 坊やの今後のストレスを減らすためにも個人的な友人であるあの小僧はそばに置いた方がいい。そして坊やのそばにおいて気安く話しているのを他者に見られても問題がない状態にするにはそれなりの地位を与えるのが手っ取り早いのさ」
「周りが納得するそれ?」
「しないだろうな。しかしそれで不満が向くとしたら坊やよりあの小僧だ。ケビンならどちらを優先するか言うまでもないだろう」
「なんだかケビンさんが恐くなってきた」
どんだけ僕のことが好きなのだろうか。
好きというよりも忠誠心なのだろうけれど。
「まあそんなものは最悪の予想だ。あの小僧が与えられた地位に値する実力を周囲に見せれば問題ないさ」
「ああ、なら大丈夫かな」
騎士学校でも優秀だったギュンターだ。従騎士になるだけの実力は既にあると言っていい。
むしろギュンターが従騎士になれないのなら他の誰が従騎士になれるのかというレベルだ。
「……騎士学校の試験より疲れた」
そしてケビンさんによって様々なテストを受けさせられたギュンターは、無事オリヴィアさんの予想通り僕の従騎士という扱いになった。




