戦い終わって
ソフィア様が自らの敗北を宣言すると、カンタバイレ軍はあっさりと退いて祖国へと帰って行った。
周囲から抗議や反論がなかったということは、やはりあの一騎打ちは演出みたいなもので撤退はあらかじめ決められたいたことなのだろう。
「あ、やっぱりそうなんですか。あの人あからさまに手加減してましたもんね」
「……やっぱそうなんだ」
ラーラがあっけらかんというのを聞き、やはり手加減されていたかと少し気落ちする。
事後処理も大体終わり、街の様子を見回っていると、ラーラに今回の戦いについていろいろと聞かれた。
だから僕でも分かる限りのことを話してはいるのだけれど、ラーラも「ふんふん」と頷きながら聞いているしたまに質問もしてくるから地頭は悪くないらしい。
ケビンさんは「少々教養や作法に不安がある」と言っていたが、護衛にどこまで求めているのだろうかあの人は。
「あ、でもテオドール様が弱いとかそういうわけじゃなくて……」
「でもラーラくらいの人間になれば隙だらけに見えると」
「あ、はい。……ってそうじゃなくてぇ!?」
何とか僕を褒めようとしたのだろうラーラだったけれど、やはり根が素直なのか僕が問題点を言えばすぐに頷いてしまう。
しかし実際僕の強さなんてそんなものだ。魔力で力と速さを無理やり上げてるだけで他のものが付いて来ていない。
そこらの雑兵なら蹴散らせるだろうけれど、それなりに経験を積んだ相手には通じないと思った方がいいだろう。
「早く大人になりたい……なんてのは正に子供の我儘だとは分かってるんだけどね」
城壁の上へと登りカンタバイレ軍の去った方角を見れば、傾いた太陽が山の向こうへ隠れようとしていた。
今日はこのままスタルベルグに駐留し、シュティルフリートへ戻るのは明日になるだろう。
それから……どうなるだろうか。
カンタバイレ軍を追い払った僕を諸侯はどう見るだろうか。
これでもまだ僕は「裏切者」と見られたままなのだろうか。
「……裏切ったのはそっちだろうに」
不満が少し漏れた。
僕は間違っていない。おまえらのせいだと癇癪を起したガキみたいに恥も外聞もなく叫び出したくなる。
分かってる。そんなことをしても意味はないと。
周囲など気にせず己の信じた道を行けとお爺ちゃんなら言うだろう。
「……」
そう分かっていても、胸の奥に居座った疼くような痛みは無くなることはなかった。
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スタルベルグから南西へ数里ほど離れた地。
北にシュッツ山を臨み南には海原が広がる東西に長く伸びる平原を、カンタバイレ軍が進んでいた。
しかしその歩みはのんびりとしたもので、兵たちの顔にも疲労はなくむしろ中にはようやく帰れると喜びすら見せる者もおり、とても敗走の最中には見えないだろう。
部隊を率いる将の中には不服そうな様子を隠さない者も居たがそれも少数。
ほとんどの者は自らの王の判断を信じ、またそうでない者も内心はともあれ表面的にはいかにも忠義者であるかのような顔をして馬を進ませている。
しかしそんな中にあって当のソフィアは、眉を顰め何やら考え事に没頭していた。
「どうしたのよ姫? しかめっ面して。美人が台無しよ」
「……何だ。指示の一つもこなせない雑兵か」
「やだ酷い! ちゃあんと『魔術師の魔術を止めてこい』って指示は果たしたじゃない。趣味に走ってヴォルフラムと遊んでたのは認めるけど、それを言ったらテオドールくんと一騎打ちに持ち込んだのだって姫の趣味でしょう」
「相手が乗ってくれなかったらとんだ大恥だ」
「大丈夫よ。テオドールくん優しいから」
「どのみち恥じゃねえか。その慈しむような顔をやめろ!」
「むぎゅう」
ソフィアが伸ばした手に頬を圧迫され、わざとらしく悲鳴をあげるルーベン。
周囲はそんな二人のじゃれ合いになれているのか、驚いた様子もなく苦笑しながらその様子を眺めている。
「でも全部予定通りだったんでしょう。何が気に食わないの」
「……テオドールは『今起きているのはピザンの内乱だから他所者はすっこんでろ』と言っていた」
「あら素敵。でもそれがどうしたの?」
「……ピザン王国という容れ物はともかく、王とは敵対すると言ったんだ。あのシュティルフリートが」
ソフィアの言葉を聞き、ルーベンの顔から笑顔が消える。
「随分と決断が早いわね。もう少し弁解を続けてるか今回の奪還も王への忠義を証明するためかと思ってたんだけど」
「ああ、そう思ったから私も最初はがっかりしたんだが。しかしさらに解せないのは、シュティルフリートが王への反意を表明してるっていうのに、他のピザン諸侯の動きが鈍いってことだ」
「……あのシュティルフリートが王のやり方に疑問を呈したのに諸侯が全く相手にしてないってこと?」
「ああ」
ルーベンの言葉に、ソフィアは不満そうな顔で頷いて見せる。
「シュティルフリートの名には私たちが思っているほどの力はない?」
「いや、少なくとも先代殿が現役の間は諸侯から一目置かれていた。今のヨーン王の御父上が即位するときにかなりもめたんだが、それを治めたのも先代殿だ」
「じゃあ単にテオドールくん個人が甘く見られてるって事じゃない。まあまだ成人もしてないんだから仕方ないのかもしれないけど」
「もったいねえなあ。覚悟決まってないようだったら強引にでもうちで引き取って育てたんだがなあ」
「未成年略取は犯罪よ姫」
本気で悔しそうな顔をして言うソフィアに、呆れたように言うルーベン。
しかしルーベンとしても「もったいない」というのには同意だ。
未熟なのは当然であり将来有望なのは確か。しかし今の立場が続くようならばそのまま潰れる可能性の方が高い。
「まあこのまま行けばテオドールはともかくピザン王国は潰れるな」
「……姫。そうやって重要な事をさらっと日常会話みたいに言うのやめてくれない」
ピザン王国が、大陸最大とも言える国家が潰れるとあっさりと言い放つソフィア。
それにルーベンはこめかみを押さえ抗議しつつも、この子が言うならそうなるんだろうなと妄信に近い信頼を抱く。
「というか本来なら先代の時に潰れてなきゃおかしいんだよ。それこそシュティルフリートの先代が居なきゃ潰れてただろうに、その孫を追い込むとはヨーンも何を考えてるのかねえ」
「……もしかしていつもの勘じゃなくて、ちゃんとした根拠がある話なのそれ?」
「当たり前だろ。おまえ私がいつも勘だけで物事判断してると思ってるのか」
予知能力じみた勘を無条件に信じるが故の弊害に、もしかしてこいつ私を馬鹿だと思ってんじゃないだろうなとソフィアはため息をつく。
もっともそこまでソフィアを信じるのはルーベンだけだ。
それなりにソフィアのことを理解しているであろうヴォルフラムも、勘のことは知識や経験から来るものなのだろうと納得し神懸かりじみたものだとは考えなかった。
今仕えている他の配下も似たようなものだろう。
「だからこそ今回の『内乱』には私はあんま関わりたくないんだよ。下手すりゃ私をピザンの王にと本気で言い出すやつが出かねない」
「何でピザンが潰れるような事態になるのに姫をそのピザンの王にという話になるのよ」
「さてな。実際に潰れる段階になったら分かるだろうから待っとけ」
「りょーかい」
こうなったら意地でも言うまいと理解し、納得し引き下がるルーベン。
そのルーベンを横目に、ソフィアは疲れたように息をつく。
「まさかそう思ってる筆頭がおまえじゃないだろうな……ヨーン」
漏れた呟きは、すぐ近くに居たルーベンにすら聞かれず風にとらわれて消えていった。




