スタルベルグ奪還戦5
相手の出方を見る。
なんてのはお互い趣味ではなかったらしい。
「ハアッ!」
「フンッ!」
降りた跳ね橋の端と端とで対峙していた僕とソフィア様は、計ったように同時に駆け、同時に剣を振りぬいていた。
だが激突したのは遥かに僕が居た側に寄っていた。この時点で瞬発力ではソフィア様に分があるのは明らかになる。
「くぅ!?」
しかし剣と剣がぶつかり合う刹那、今度はこちらが分が悪いと感じたのだろう。
正面から向かって来ていたソフィア様が身をよじり、振り下ろされた僕の聖剣の軸をずらすように自らのサーベルを傾ける。
ドォンと大きな音を響かせて、剣先を反らされた聖剣が足元の跳ね橋にぶつかり弾き返される。
「ヅッ……アアッ!」
その衝撃で腕が痺れるがそれに構ってもいられない。
跳ね橋に跳ね返され宙を舞う聖剣と腕を置き去りに一歩踏み込む。そして根を張るようにしっかりと足に力を込め踏ん張ると、置き去りにしていた腕に力を込め体全体で聖剣を引っ張りそのまま叩きつける。
「チッ」
迫る聖剣を認めたソフィア様が、攻勢に出ようとしていた体を押しとどめ跳び退る。
それでもかまわず、僕はそのまま聖剣を振り下ろした。
「……嘘だろ」
そう呟いたのは誰だったのか。
二度目の轟音。聖剣は今度は跳ね橋に弾かれることなく振り下ろされ、小規模な爆発でも起きたように跳ね橋を穿ち小さな穴を開けていた。
小さいとはいえ、それは明らかに剣でつけられる傷跡ではない。どれほどの速さと力で振り下ろせば刀身より大きな穴が開くというのか。
ましてそれをやったのが僕のような見た目成人にも達していない子供とくれば、見ていた者たちが目を疑うのも当然だろう。
「……いや、驚いた。真っすぐな剣筋はらしいと言えるが、この破壊力は予想外だ」
跳び退り、距離を空けたソフィア様がサーベルを構え直しながら言う。
しかしその顔に焦りはない。むしろ嬉しそうな顔をして、再び僕目がけてつっこんで来る。
そのまま放たれた突きを足を地面から離さないよう滑るように避けると、こちらも聖剣を叩きつける。
確かに僕の剣筋は真っすぐだろう。というよりも、この体格には不釣り合いにでかくて長い聖剣を振ろうとすれば、いくら身体能力をあげても振り回される形になってしまう。
だから開き直って振り回しているのが今の僕の戦い方だ。
重心を下げ、腕の力だけではなく全身を使い聖剣を勢いよく振って叩きつける。
フェイントをかけるだとか途中で軌道を変えるなんてことは考えてない。真っすぐというよりは愚直な剣。
剣術と呼べるかすら怪しい駆け引きも何もないそれは隙だらけに違いない。
しかし先ほどのように威力は折り紙付きだ。加えて加速がついてからの速さも並ではない。
隙があると分かっていてもそれをつける人間など早々いないに違いない。
「……そこ!」
しかし残念ながらソフィア様はその早々居ない人間だったらしい。
幾度かの攻防の後、振り下ろされた僕の聖剣の鍔に、自らのサーベルの刀身をひっかけていた。
「なっ!?」
驚いた。隙を見事につかれたのは勿論だけれど、それ以上に驚いたのはそこで攻撃ではなくこちらの剣の鍔に刀身をひっかけるという行動に出たことだ。
その意味が分からず、それでも態勢を整えようと思わず聖剣を引き戻したところで、ソフィア様の狙いは完遂されていた。
「よし」
瞬間、ソフィア様が飛んだ。
地面から足を離し、僕が引き戻そうとした聖剣にサーベルをひっかけて、釣り上げられたようにこちらに向かってくる。
「はあっ!?」
これはこちらが予想外だ。
僕の攻撃の隙をつくのは分かる。しかし何故そこで僕の剣に自分の剣をわざわざひっかけて跳ぶ必要があるのか。
それでは接近したところで剣を振れないだろうに。
「歯を食いしばっておけ!」
そんな疑問への答えは、ソフィア様の言葉と顔面への衝撃で返された。
「ご……拳!?」
鼻が痛い。目がチカチカする。
思わぬ痛みと、直前に眼前に映ったものへの驚きで知らず呻くように漏らす。
なるほど。確かに剣が使えなくても片手は空いているのだから殴ることはできるだろう。
ほぼ密着した状態ならばむしろ剣を振るよりも有効な攻撃でもある。
しかしそれを仮にも女王様がやるとは誰が予想するだろうか。
いや確かに剣の決闘だとは言ってなかったけれども。
「ボーっとしていていいのか?」
「!?」
愉快そうな声を聞き、意識が戻ってくる。
殴りぬけた勢いで背後に回っていたらしいソフィア様が、サーベルを振りかぶっていた。
「ハッ!」
剣で防ぐのは不可能。そう判断すると、僕は聖剣を地面に突き立てそこを基点にして跳んだ。
前方宙がえりのように空を舞いながら、頂点に達した反動で抜けた聖剣を構えながらソフィア様へと向き直り着地する。
「ほう。そういう動きもできるのか。面白いな。まるで聖剣に使われているようではないか」
「グッ!」
挑発だと分かっていてもその言葉は効いた。
僕にこの聖剣が相応しくないなんてのは僕自身が一番よく分かっている。
この聖剣を託されたときにだって思った。自分より目の前の人の方がきっと余程上手く使ってくれるに違いないと。
「いや……違う。それじゃダメだ」
そんな思いを否定する。
他の人なら? 他の人間には使えないからこの聖剣はシュティルフリートのものであり続けたのだ。
そうでなければ、長い歴史の中で政治的な理由などであっさり取り上げられていたに違いない。
この聖剣の主は誰だ?
自信と慢心が別であるように、謙遜と卑下は違うものだ。
遠慮するふりをして逃げるのはやめろ。
例え目の前の王であっても否定することは許さない。
自覚しろ。この聖剣の主はおまえなのだと。
「オオオオッ!」
「来るか!」
駆ける。
全力で、全開で、力と魔力を総動員し渾身の力で聖剣を振り下ろす。
キンッと、澄んだ音が響いた。
「……いや、参った。力押しの剣ならば恐るるに足らずと思ったのだが」
そう言いながら、ソフィア様はサーベルを鞘へと納める。
「そなたを試そうと正面から立ち会ったのが……いや、言い訳はやめよう。私の負けだ!」
そうソフィア様が宣言した瞬間、その敗北を象徴するように折れたサーベルの刃先が落ちて地面へと突きたった。




