クレヴィング公2
「会うなり罵倒されると思ってた……みたいな顔だね」
「え、あ、いえ。すいません」
思わぬ対応に呆気に取られてしまった僕に、クレヴィング公は気にした様子もなく、くつくつと笑う。
そんなクレヴィング公の対応に少し安堵しながら、勧められるままに対面のソファーへと腰かけた。
「娘のことはまあ残念だけどね。君を責めるのはお門違いだろう。あの子自身もまんまと騙されて君が嵌められる片棒をかついでしまっているわけだし」
そう言って苦笑するクレヴィング公の姿は、何というか予想していたものとはかなり違った。
ヴァルトルーデ卿やエドバルドの御父上だと分かる程度には顔つきは二人に似ているのに、その物腰は騎士然としていた二人とは違って人好きのする柔らかなものだ。
まあクレヴィング公自身や代々の当主が特に武勇に優れていたなんて話を聞かないから、ヴァルトルーデ卿が特殊なだけでエドバルドもそれに引っ張られていただけなのかもしれないけれど。
「しかしやはり私が……」
「潔癖すぎて内罰的なのは君の一族の長所であり短所だねえ。まあシュティルフリートの役割を考えれば仕方のないことでもあるのだけれど」
「役割?」
代々ロイヤルガードを担う一族。ただそれだけならば「潔癖すぎて内罰的」なことを引き合いには出さないだろう。
どういうことなのか。そんな僕の疑問に答えるつもりはないのか、クレヴィング公は口ひげを撫でながら困ったように言う。
「君が私のところに来たのは私の力添えを期待してのことなんだろうけれどね。状況は厳しいよ。何せ私たちに味方しようなんてもの好きは今の国内には少ないからね」
「え?」
状況は厳しい。それは言われるまでもなく分かっていたことだけれど、続く言葉は既にクレヴィング公はヨーン王と敵対しているかのように聞こえる。
クレヴィング公がそんな短慮を起こすとは思えないし、ヨーン王も敵対は避けると思うのだけれど。
「シュティルフリート家がヨーン陛下に疎まれているのは何となく気付いていただろうけど、それはうちも同じでね。昔からネチネチと嫌がらせはされてたんだよ」
「筆頭貴族のクレヴィング家が?」
「筆頭貴族だからこそだよ。家を継いだような貴族でも勘違いしてる輩が居るようだけれどね。この国の王家の力というのは実はそんなに強くないんだ。例えば私と君が今すぐに独立宣言して新しい国の樹立を宣言しても邪魔できない程度にはね。まあ後から批判や下手しなくても武力行使はしてくるだろうけど」
「ええ?」
それはどう考えても王国への裏切りだし、ヨーン王にも文句を言う権利はあるのでは。
そんな僕の疑問にクレヴィング公は苦笑しながら言う。
「細かい経緯は省くけど、この国では領主たちは王から領地を預かっているわけではなくて、領地を持った領主たちの代表として王が居るんだ。各領地はそれぞれの領主のものだから、その運営に王は口を出すことはできないし、無理やり取り上げるなんてのはもってのほかだ」
「つまり仮に私が本当にカンタバイレに寝返ったとしても、領地の所有権はまた別の話で、シュティルフリート家の物のままだと」
「そういうことだね。だから不義と罵られる覚悟があるなら、本当に領地ごとカンタバイレの庇護下に入るのも手だと思うよ」
確かに。領民のことを考えるならそれも手なのかもしれない。
少なくとも直接話した感じではヨーン王よりソフィア様の方が話は分かる王ではある。
もちろん王であるソフィア様が個人的な感情だけで僕と領地を優遇するとは思えないけれど、ヨーン陛下よりは余程マシな扱いをしてくれるだろう。
「それでうちが疎まれる理由に戻るんだけどね。単純な話、王家よりもクレヴィング家の力の方が強くなっちゃったからだ。目の上のたんこぶってやつだね」
「それだけの理由で?」
「ヨーン陛下には十分な理由じゃないかな。あの人は気が小さいから」
「……」
一応はまだ自分の主である王をあっさり気が小さいと断言するクレヴィング公。
もしかして疎まれているのはそういうことをあっさり言っちゃうからではないだろうか。
「ついでに後ろ暗いことがあるからかな。そこは君の家が疎まれた理由にも繋がる」
「うちに?」
「うん。君の家は代々監察官としての役割を担ってきたからね」
監察官。
簡単に言えば組織の内部で不正が行われていないかの監視と処罰を行う権限を持った人間だ。
けれどうちがそんなものを担っていた覚えはない。というかそんなものがピザン王国にあるというのが初耳なのだけれど。
「もちろん正式な役職じゃないよ。ただ貴族が不正なり悪事を働いてると、捕縛や粛正といった仕事がシュティルフリートに回ることが多かったんだ。何せ代々清廉潔白を絵にかいたような人間ばかりが当主になってる家だからね。誰も文句を言えないわけだ」
なるほど。
確かにそんな役割を下手な人間にやらせれば逆に不正を呼び込む元になりかねないだろう。
その点うちの一族は馬鹿がつくほど正直だからその心配もなかったと。
しかしならば、何故ヨーン王はシュティルフリート家を疎んだのか。
「それはさっきも言ったように、後ろ暗いことがあるからだよ。問題はその後ろ暗いことが何なのか私でも調べきれなかったこと。そしてどうもヨーン陛下は、私や君はその後ろ暗いことを知ってるんじゃないかと疑っているみたいなんだよね」
「……まさかそれが私とクレヴィング公が嵌められた理由ですか?」
「うん。だから言っただろう。小心者だって」
そういって肩をすくめるクレヴィング公だけれど、実際に疑われて嵌められてはたまらない。
ヨーン王が何処か焦っているのは何となく感じていたけれど、それは疑心暗鬼になっていたから。そしてその行動の根本が疑心暗鬼の根拠なしだから、説得なんて不可能に近い。
仮に僕とクレヴィング公が「秘密なんて知りませんよ」と訴えてもヨーン王は絶対に信じないだろう。というか同じ立場なら僕も信じない。
「だから今回のことは落としどころが難しいんだよね。ヨーン陛下との和解は絶望的だと言っていい。かといってヨーン陛下を玉座から退かせようにも、王位継承者はまだ三歳にもなってないフィリップ王子だけだ」
「フィリップ王子が王位を継いでも、誰が補佐をするかでもめる?」
「それもあるし、ごたごたの中でフィリップ王子に何かあればピザン王家が断絶する。まあそれ自体は前々から問題になってたんだけどね。だからヨーン陛下はカンタバイレも警戒して積極的に開戦を進めてる」
「ソフィア陛下がピザン王家の血も継いでいるから?」
「うん。支持されるかどうかは置いといて、ソフィア陛下にも一応ピザンの王位を継ぐ資格はある。そしてこの国では次の王は私を含む選定侯の投票で決める。選定侯がトチ狂ってソフィア陛下をピザンの王にと言い出したら合法的にソフィア陛下がピザンの王になっちゃうんだよ」
「ありえないしソフィア様もいい迷惑でしょうそれ」
「そうだね。でもヨーン陛下小心者だから」
「……もしかしなくてもクレヴィング公ってヴァルトルーデ卿のことがなくてもヨーン王のこと嫌いですか?」
「うん。他にまともに王位継げる人間居たらとっくの昔に追い落としてるよ」
「……」
にこりと微笑んで好々爺のような顔で言うクレヴィング公。
何をやらかしたらこんなに嫌われるんだヨーン王。
「まあ逆に小心者だからこその落としどころもある。とりあえずは諸侯を味方につけなければならない」
「それでヨーン王が止まりますか?」
「止まらざるをえないんじゃないかな。さっきも言ったようにこの国の王の力はそんなに強くない。諸侯が『王の判断はおかしい』と揃って声をあげればそれに従わざるをえないんだ。もちろんそれでも王家が直轄の配下だけを使って単独で動くことはできるだろうけれど」
「ヨーン王はそこまでしない。小心者だから」
「仮にやったとしてもそこまで大勢が決した状態なら、ヨーン陛下を力尽くで退位させてフィリップ王子を立てても諸侯は納得するだろうしね。まあさっき言ったように誰がその補佐につくかでまたもめるだろうけど」
要するに、今回の騒動の落としどころは大きく分けて二つ。
諸侯を味方につけてヨーン王に矛を収めてもらうか、ヨーン王を排除してフィリップ王子を玉座にすえるか。
僕とクレヴィング公が討たれても一応収まりはするだろうけれど、大人しく討たれるわけにもいかない。
「諸侯を味方につけるにしても準備が必要だ。さしあたって、シュティルフリート伯にはスタルベルグに居座っているカンタバイレ王国軍を撃退してほしい」
「カンタバイレを?」
てっきり各諸侯と交渉でも始めるのかと思えば、カンタバイレの軍へ攻撃。
そんなことをして収集がつかなくなったりしないのだろうか。
「まずスタルベルグに侵攻してきたカンタバイレ王国軍だけどね。率いているのはイケル将軍。ソフィア陛下の忠実な臣下だけど忠実すぎて疎まれてる人なんだ」
「忠実すぎて疎まれるって……『良かれと思って』というやつですか?」
「うん。どうやらスタルベルグに侵攻したのも、ソフィア陛下に知らせず独断だったらしい。だから今カンタバイレ王国の方でも王宮はてんやわんやしてる」
「……」
そりゃソフィア様のあの様子からして、特使の僕が帰るとほぼ同時にその特使の国に攻撃しかけたとか怒り心頭なんてものじゃないだろう。
本当に何を考えてそのイケル将軍とやらは攻めてきたのやら。
「でもシュティルフリートを裏切者にするならカンタバイレ王国からの侵攻は不可欠ですよね。ならその将軍はヨーン王と繋がっている?」
「仮に繋がってるなら間違いなく騙されてるね。まあとにかく、カンタバイレ王国と繋がってると思われてる君がカンタバイレの軍を撃退すれば、身の潔白を証明する一助にはなるだろう。そうすればヨーン陛下の言ってることは何かおかしいぞと思い始める者も出てくる」
「そのままなし崩し的にカンタバイレと戦争になる可能性は?」
「少ない。と思いたいけれど、そこはソフィア陛下を信じるしかないね。まあ最悪そうなったらソフィア陛下に『ごめんなさい』って頭下げて、本当にカンタバイレ王国に寝返るのもありかなって」
「……本当にヨーン陛下が嫌いなんですね」
「うん」
呆れたように言う僕にあっさりと頷くクレヴィング公の大人げない姿に、何だかドッと疲れたような気がした。




