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三人の騎士見習い

 まだ騎士学校に入学したばかりのころ、僕の周りに普段では考えられないほどの人垣ができたことがある。

 原因は僕の背中の剣。

 選ばれた者だけが抜ける聖剣。


 抜けるはずのないそれを、もしかしたらと試すのは仕方ない。

 彼らはみんな夢見る少年で、騎士を目指す男だったのだから。


 しかし結果は言うまでもなく。

 誰にも抜けない剣に皆は興ざめし、そのうち誰かが『聖剣は偽物だ』等と言い始めた。

 その戯れ言は波紋のように広がり、広がるにつれて無意味に真実味を帯びていった。


 偽物。ならば持ち主も偽物に違いない。

 そんな嘲笑が広がる中、しかし毅然とそれを否定する者が居た。


「その聖剣は本物だ。我が姉こそがその証人。我が公爵家の名に誓い、真実その剣は聖剣である」


 堂々と言い放ったのはエドバルド・フォン・クレヴィング。

 ロイヤルガードを姉に持ち将来を期待された少年だった。


 エドバルドの言葉により騒ぎは収まった。

 僕の聖剣について言及するものも居なくなり、一時の平穏が戻る。


 そうして僕とエドバルドは友人になった。

 ……なんて終わり方にならないのが人生のわからなさである。



 現在騎士学校には三人の期待株が居ると言われている。

 その一人がギュンターだったりするのは、内実を知らない外野の的外れな評価と言えなくもないが、それだけ彼が黙っていれば優秀な人間だということである。


 ……ギュンターは置いといて。


 期待株の一人はエドバルド。

 実技も学科も上位を走り続け、良家の生まれ故の気品を持ち、容姿は年頃の娘たちが悲鳴をあげるほどに整っている。

 何よりエドバルドが注目されるのは、彼が現ロイヤルガードであるヴェルトルーデ卿の弟だということが大きい。

 姉弟でロイヤルガードに抜擢か。そんなドラマチックな未来を人々は期待しているわけだ。


 そしてそんなエドバルドと僕の仲はと言えば……すこぶる悪い。

 それは彼が姉であるヴェルトルーデ卿を慕っているためなのか、はたまた嫌っているためなのか。仲の悪い自分では聞き出せなかったし聞き出す気もない。

 ただ要は、姉と親しい学友が気に入らないらしいのだ彼は。


「待てテオドール」

「……」


 そしてそんな彼に廊下で呼び止められてうんざりするのは仕方無いだろう。

 気に入らないなら構わなければ良いのに、何故絡んでくるのだろうかこのお坊ちゃんは。


「……何か?」

「何だその態度は。相変わらず礼儀がなっていないな」

「……」


 やれやれとため息をつくエドバルド。そんな動作も様になっているのだから、血筋や教育による気品というのは馬鹿にできない。

 しかし僕が仮にも伯爵であるのに対し、エドバルドはロイヤルガードを姉に持つ公爵子息ではあるが、彼自信は爵位も何もないただの貴族だ。

 礼儀がなってない(虎の威を借りている)のはむしろ彼の方である。親なり姉に知られれば鉄拳制裁を受けかねないと理解しているのだろうか。


「また実技を抜け出したらしいな。まったくギュンターと言い嘆かわしい」


 またと言われても、僕が実技を抜け出したのは教官に指示された一度だけである。

 彼が僕を目の敵にしながらまったく動向を気にせず、思い込みで批判しているのがよく分かる言葉だ。

 三人の期待株のうち一人は問題児で一人は残念。

 残る一人の将来に期待したいところである。


「聞いているのか!?」


 何も言わずとも不満はあることは察したのか、エドバルドが威嚇するように右手を振り上げる。

 すんでのところで避けたが、僅かに頭をかすめた拍子に帽子が脱げて床に落ちる。


「……ふん、混ざりものめ」


 そして露になった僕の髪を見て、エドバルドが蔑むように言った。


 僕の髪。

 黒と白。そしてかすかに色褪せた茶色の混ざった異様な髪色。

 まだらになったその色は、なるほど混ざり雑ざった雑種の色に違いない。


「……」


 しかしここまで侮辱を重ねられても、僕は沈黙を守った。

 そもそもエドバルドの侮蔑など、社交界のそれに比べたら正に子供の癇癪。相手にするのも面倒だ。


「貴様はッ!?」


 そんな態度が気に食わなかったのか、エドバルドが再び腕を振り上げる。


「待てよ」


 しかしその手が降り下ろされる前に、誰かが僕とエドバルドの間に割り込んだ。


「……ギュンター」

「ようエドバルド。相変わらず見た目だけの騎士様」

「貴様!?」


 庇ってくれたのかと思ったら喧嘩を売り始めるギュンター。

 何をやってくれているのだろうかこの男は。


「騎士叙任の誓いを知ってるか?『道を誤ることなく、教会の下祈る人々全ての守護者たれ』だ。気に入らない人間は殴るのがおまえの騎士道か?」

「……」


 こういった一節を諳じることができるあたり、ギュンターが剣技だけの男でないことがよく分かる。

 対するエドバルドは何も言わずただ悔しげな目を僕とギュンターに向けていたが、不意に背を向けるとそのまま立ち去った。


「……ありがとうギュンター」

「どういたしましてお姫様……たぁッ!?」


 右手を取って優雅に礼をするギュンターのあごを左手でかちあげる。

 助けられたのは感謝するがそれとこれとは別だ。


「いてぇな。どうせなら俺じゃなくてエドバルドを殴れよ」

「殴ったら騒ぎが大きくなるだろ」

「十分大きくなりかけてただろ。おまえ大人な対応でスルーしてるつもりだったんだろうけど、敵意が態度に出て拗ねてるガキにしか見えなかったぞ」

「……」


 ぐうの音も出ない。

 実際エドバルドは激情を露にしていたし、僕の態度は間違いだったのだろう。


「まあそういう意味じゃエドバルドもガキだな。ああやってつっかかって『俺はおまえを認めない』って衝突せずにはいられない。ああもうガキばっかだここは」


 ガキ大将に言われたくないが、先程のやり取りを省みるにギュンターが一番大人なのかもしれない。

 いやガキ大将だったからこそ、ギュンターは人の扱いというものを理解しているのだろう。

 もう少し真面目になれば、満場一致の優秀者になれるのではなかろうか。


「真面目な俺なんて気持ち悪いだろ」


 違いない。



 三人の期待株のうちエドバルドが正当派でギュンターが曲者ならば、最後の一人はイレギュラーと言える。


 学科はエドバルドと共に上位を争うが、実技は並み。下手をすれば体格的なハンデがある僕と同等かもしれない。

 そんな人物が何故期待株かと言うと、さる高名な魔術師の血をひいた優秀な魔術師だからだ。


 実技は確かに並みだろう。しかし魔術を用いれば?

 実力差は埋まり下手をすれば逆転しかねない。

 それほどまでに優秀な魔術師なのだ。


「テオ。頼まれてた写本持ってきたわよ」


 そしてそんな彼女と僕は何故か仲が良い。テオにエリーと愛称で呼び合う程度には。

 教室の中、周囲の視線も気にせず澄まし顔で本を渡してきた彼女に、僕もため息は内心で済ませて笑顔で対応する。


 彼女……そう期待株最後の一人エリーことエリノアは今期唯一の女子生徒だ。

 何か魔法でも使っているのか、蜂蜜を吸ったような亜麻色の長い髪は激しい訓練の中でも美しい光沢を保ち、顔立ちも同年代とは思えないほど大人びたもので、紅一点であることが拍車をかけて人気は高い。

 しかし彼女自身は男嫌いを公言していてとりつく島もない。

 その態度に憤慨し良からぬ事を企む者も居たが、魔術の前には騎士見習いのお座敷剣法などお遊戯にもならなかった。


 そんな孤高のエリノアであるが、本当に孤高になってしまったら学生生活は送れない。

 訓練でペアを組むことはあるし、連絡事項を聞き逃すことだってある。


 そんなわけでエリノアが目をつけたのが、チビで細くて童顔で男臭くない僕だったわけだ。

 僕は僕で家系や聖剣のことで浮いていたのでエリノアの申し出はありがたかったのだけど、そのせいでさらに孤立したのは言うまでもない。

 まあそれが理由でつっかかってくるような連中はエリノア自身がしめたので、孤立する以外の被害はまったく無いのだけど。


「ありがとうエリー」

「どういたしまして。でも前に渡した治癒魔法(ヒール)はちゃんと使えるようになったの?」

「使えたよ。……一分くらいかければ」


 エリーに渡されたのは、クライン式魔法という世界で一番メジャーな魔法の教本だ。

 細かい説明は省くが、クライン式魔法は従来の魔術と異なり、呪文詠唱を必要としないという利点がある。

 更に特徴的なのが理論を理解しなくても(馬鹿でも)使えるということだ。


 そのために多くの人間に普及したわけだけど、旧体制的な魔術師からは技能(スキル)を衰退させると嫌われているらしい。

 実際エリーもあまり好きでは無いらしく『初心者向けの魔力運用方』と鼻で笑っていた。


「へえ、初めてにしては上出来じゃない」

「……」

「何よ?」


 だと言うのに、一分はかかりすぎだと落胆されるかと思ったら逆に褒められた。

 そりゃ僕だって呆ける。前述の通り、クライン式魔法はエリーにとっては初心者向けの魔法なのだから。


「だから『初めてにしては』って言ったじゃない。経験者でそれなら無能と罵ってるわよ」

「……一般的な魔術師ならヒールを使うのにどれくらいかかるの?」

「平均的な“術者”なら十秒くらいね。魔術師名乗ってるなら初級のクライン式魔法なんて一秒で構成できなきゃ認めない」


 どうやらマジックユーザーとマジシャンの間には高くて深い壁と溝があるらしい。

 なるほど。魔術師を名乗ってる他の生徒をエリーが白い目で見るのも納得だ。

 クライン式魔法しか使えない彼らは彼女的には魔術師ではないのだろう。


「その点テオは見所あるわよー。それ終わったら今度は“本当の魔術”教えてあげるからね」


 そう言って帽子の上からわしゃわしゃと頭を撫でてくるエリー。

 もしかして彼女の中で僕はパートナーではなく弟分なのでは。

 今更ながらそんな事に気付く扱いだった。

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