黒の傭兵団
黒豹傭兵団。
その規模こそ五百人前後とそれほど大きな傭兵団ではないものの、個々の団員の練度が高い上に、統制されたその動きは騎士団の精鋭と比べても遜色がなく、どんな戦場でもほとんど戦死者を出さないという。
そして何より黒豹傭兵団を有名にしているのが、団長であるヴォルフラムの統率力とカリスマ性。
配下の黒豹傭兵団の団員たちはもちろん、他の傭兵団の中にも不利な戦場であってもヴォルフラムの指揮下であれば戦うというものが多いらしい。
それは常勝する黒豹傭兵団に付けば勝ち馬に乗れるという確信もあるのだろうけれど、それ以上にヴォルフラムならば自分たちを捨て駒などにせず生き残らせてくれるという信頼があるからだ。
いくら戦いを生業にしている傭兵といっても好き好んで死にたいわけがない。
はした金のために死ぬくらいなら契約違反も覚悟で逃げ出すに違いない。
しかしヴォルフラムの下につけば死の危険性は減る。
ついでに戦に勝てるなら追加報酬も期待できるだろう。
そんなわけで、黒豹傭兵団を味方に付けるということは、その傭兵団の規模以上の戦力の増強が期待できるというわけだ。
「で、そんな重要な傭兵団の団長が僕に会いたがっていると」
屋敷の廊下を歩きながら、ケビンさんの説明を聞きなるほどと納得する。
話を聞いただけでもその団長が切れ者であることは分かる。
単純な団員の練度だけでは常勝を維持し、しかも被害をほとんど出さないなんて離れ技は不可能だろう。
彼は勝つべくして勝つ戦場を見極めている。
可能ならば自ら勝率を上げるために策も練っていることだろう。
そんな団長が僕に会いたがっているというのなら、それは僕という雇い主を見極めるために違いない。
こいつの下について大丈夫か。いざとなれば自分たちを切り捨て逃げるような臆病者ではないのか。
団員たちの生存率をあげるためにも、雇い主の器を知るのは当然だろう。
もちろん一傭兵団の長がそんなことを申し出たところで、ほとんどの貴族は一笑に付して会おうとすらしないに違いない。
しかしそれはそれで団長にとっては判断材料の一つになることだろう。
ああこいつは自分たち傭兵のことなどなんとも思っていなくて、死んだって構いはしないのだろうと。
「でもそんな人なら僕がお飾りの領主だなんて見抜いてそうなものだけど。何でケビンさんじゃなくて僕に会いたがるんだろう」
「そんなもの、そのケビンを見れば分かるだろう」
「はい?」
オリヴィアさんが呆れたように言うので後ろを歩くケビンさんを見上げれば、顔を少し下げてにこりと微笑んで来る。
……これを見て何をどう分かれと。
「分かりやすいだろう。ケビンはおまえが大好きだ」
「もちろんでございます」
「ええ……」
オリヴィアさんが何かトチ狂ったこと言い出したと思ったら、ケビンさんも満面の笑みで肯定した。
いや、代官というか従者として主を敬っているというのは分かるけれども。
「シュティルフリートの人間も大概だがな、ケビンの一族も代々おかしな連中なんだよ。主のために忠をつくす。主が尽くすに値しない無能なら叩き直す。馬鹿がつくほどお人好しなシュティルフリート家が領主なんて面倒な地位を維持できてるのは大体ケビンの一族のおかげだ」
「恐縮です」
否定しないのか。
まあお爺ちゃんも領地のことはケビンさんの祖父の代から世話になりっぱなしだったらしいしなあ。
それでも流石に丸投げはしてなかったらしいけれど。
「しかしどこまでいっても従者気質というか、主が無能なまま開眼しなかったらそのまま地獄の底まで付き合うタイプだこいつは」
「当然でございます」
当然なのか。
僕だったらそうなる前にケビンさんに本当に叩き直されそうだけれども。
「要するにケビンは代官としては優秀だが、主であるおまえの意向によっては破滅の道も迷わず突き進むということだ。そのヴォルフラムとやらもそれを見抜いたから坊やの人となりを知っておこうと思ったのだろうよ」
「はー、なるほど」
ケビンさんがいくら優秀でも、主である僕が無能ならその優秀さが徒となる可能性もある。
だから直接見極めようということか。
「でも実際会っても大丈夫なの? 自慢じゃないけど僕は領主としては無能だと思うんだけど」
「何。大丈夫だろう。優秀かどうかはさておき、坊やは傭兵といえど配下を無駄死にさせるような人間ではない。相手はあくまで傭兵だ。知りたがっているのは坊やが勝てるかという以上に、自分たちが生き残れるか否かということだ」
「見極めたいのは能力じゃなくて人柄ってことか」
まあ要するに多少下に見られてもお人よしだと分かればいいわけだ。
その場合他に都合のいい雇い主が現れたらあっさり見限られそうだけれど。
「ともあれ会ってみるしかないか。部屋はここだよね?」
「はい。少々お待ちください。私が先触れを」
そう言って客間に入っていくケビンさんを室内から見えない位置で見送る。
さて、どんな人だろうか。
「失礼したします。……」
「……」
ケビンさんが客間へと入り何か言っているが、ドア越しでは聞き取れない。
「テオドール様」
そのまましばらく待っていると、ケビンさんから合図が来たので一つ息を吐くと気合を入れて客間へのドアを開ける。
「失礼……私がテオドール。シュティルフリート伯です。話をしたいと聞きましたが」
礼を失しない程度に、しかし侮られないよう毅然とした態度を意識して丹田に力を込めて声を出す。
「まさか本当に会いに来るとはな」
そう言って僕の方を見たのは、黒い外套のような裾の長い衣服を纏った壮年の男だった。
その隣には護衛だろうか、左目を眼帯で覆ったまだ若い青年が一人。
そのどちらもが、丸腰だというのにその立ち姿だけでこちらを圧倒するような武の香りを漂わせていた。
「いや、無礼をお許し願いたい。私は黒豹傭兵団を率いるヴォルフラム。こちらは副団長のユリアン。以後お見知りおきを」
そう言ってヴォルフラムは、僕の見た目が子供であることなど気にした様子もなく頭を下げた。
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ケビンさんの淹れてくれた茶を飲みながら、対面に座る二人を観察する。
「……」
出された茶に手を伸ばさず、無言でこちらを見ている眼帯をつけた黒髪の青年。副団長ユリアン。
顔だけ見ればまだ二十歳前後だと思われるのだけれど、その精悍な顔立ちは年齢に見合わない修羅場を潜り抜けたのだろうと思わせる覇気すら感じさせる。
少なくとも、荒くれ集団であろう傭兵たちの中で副団長という役割を果たせる人間ではあるらしい。
「ふむ。うまいな」
一方茶請けの焼き菓子を手掴みで頬張り、カップを持ち手も使わず同じく手掴みで持ち上げ中身を飲み干す壮年の男。団長ヴォルフラム。
顔には皺が出始めているけれど体は引き締まっており、右目を縦に走る向こう傷はいかにも歴戦の戦士といった印象を受ける。
なるほど。確かにこれは信頼したくなる。背中を預けたくなる男というものなのかもしれない。
「お眼鏡にはかないそうかな」
不意に、団長――ヴォルフラムさんがカップを置くなり言った。
どうやら観察していたのはバレバレだったらしい。まああちらもこちらを見極めるつもりだったのだろうし、そこはお互い様だろう。
「私程度の人間では貴方がとても強いということくらいしか分りませんが……」
「何か気になることでも?」
「いえ。傭兵というには上品な方だなと」
「……ほう」
僕の言葉に、ヴォルフラムさんは目の色を変え、興味深そうな視線を改めて僕に向けてきた。
今のは別に皮肉などではなく、本当にそう思ったのだ。
先ほどまで目の前で飲み食いしていた様子は、確かに他の貴族が見れば作法がなってないと顔を顰めるようなものだったに違いない。
しかしその所作には、隠しきれない品の良さというか優美さがあった。
身近な人間だとギュンターが近いだろうか。
彼は下町育ちのガキ大将だけれど、下級騎士の出であり礼儀作法の心得自体は当然ある。
そういったものを体に叩き込まれた人間というのは、いくら粗野に振る舞おうとも無意識な手振りの一つにも生粋の庶民とは差が出てしまうものなのだ。
恐らくはヴォルフラムさんもそういった心得自体はあるのだろう。
戦場での活躍だけではなく、政治的な駆け引きや戦略面まで考えているのも、教育を受けた人間でなければ勘や経験だけでできることではない。
裕福な商家の出か、あるいは家督を継げなかった貴族の次男か三男坊か。
少し何かが違えばどこぞの国に騎士として仕えていてもおかしくない。きっとこの人はそういう人間だ。
「先ほどより目の色が深くなったな。どうやら期待以上の人間のようだ」
「そちらも見極めは終わりましたか?」
「ああ。正直に言おう。先ほどはああ言ったが、私は君を侮っていた」
そう言って笑みを浮かべるヴォルフラムさん。なるほど僕の見極めが終わったというのは本当らしい。
この程度で僕は怒らないし、中途半端な世辞や嘘が通じる人間ではないと判断したのだろう。
「腐ってもシュティルフリート。将来性に期待して恩を売っておく程度のつもりだったが、肩を並べるに値する男のようだ」
「及第点は貰えたようですね」
正直なところ過大評価だとは思わなくもないけれど、不満なく雇われてくれるというのなら歓迎すべきだろう。
しかし恩を売っておくとは。
状況だけ見ればシュティルフリートはピザン国内で袋の鼠同然だというのに、今後も存続する目が大きいとヴォルフラムさんは思っているということだろうか。
僕自身は綱渡りを連続で成功させなければとても生き残れる気がしないのだけれど。
「確かに不利な状況だが、攻めてくる王国の軍を追い返し続ければその内あちらが折れるだろう」
当然のように言われた言葉に一瞬呆気にとられる。
この人は僕が考えていたようにクレヴィング家を引き込まなくても、シュティルフリート家の戦力だけで王国相手に完勝は無理でも戦術的な勝利は可能だと言っているのだ。
一万の兵で、軽く数十倍はあるであろう総戦力を持つ王国相手に。
そんなことが可能なのだろうか。
「できるとも。シュティルフリート伯配下の兵の士気は高い。それに俺たち黒豹傭兵団が加わるのだ。できないはずがない」
そう断言する目に偽りは欠片もなく、聞くものを揺さぶる力があった。
「……」
知らず笑みが浮かぶ。
なるほど。ケビンさんが合わせたのも納得だ。これは逃がしては駄目だ。
今すぐに全軍の指揮を預けてもいい将だ。
「ならばその言葉、現実にして見せてください。頼りにしています」
「承知した。我ら黒豹傭兵団、シュティルフリート伯のために力を振るおう」
僕がそう言って右手を差し出すと、ヴォルフラムさんもまた宣言し大きくごつごつとした手で僕の手を握りしめた。
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「どう見た? ユリアン」
契約もまとまりテオドールが退室した後、ヴォルフラムは副団長であるユリアンにそう問いかけた。
「危うい」
「ほう」
それにユリアンは短く一言だけ返した。
しかし言いたいことは伝わったのか、ヴォルフラムも顎を擦りながらテオドールの様子を思い返す。
「歳の割にできている。否、できすぎていると?」
「子供の内から小さくまとまっていたらつまらない大人になる」
「あのまとまり方を小さいと言えるかどうかは微妙ではあるし、そうならざるを得ない立場というものがあるのだろう。しかし無条件に頼ることのできる相手が周囲に居るのかどうか不安があるな」
「……本人は気にもしていなさそうだが」
そう言うユリアンの隻眼には、どこか不快そうな色があった。
それに気づいたヴォルフラムは少し驚いた様子を見せ、次に面白そうに笑みを浮かべる。
「珍しいなユリアン。そんなにシュティルフリート伯が気に入らないか?」
「気に入らない? ……いや、俺が気になってるのは周囲の人間だ、きっと」
あんな子供があんな覚悟を決めてしまうまで周りの大人は何をやっていた。
そんなユリアンの言外の思いを感じ取り、ヴォルフラムは苦笑する。
このまだ若い副団長はテオドールという大人にならざるを得なかった子供の存在が許せないのだろう。
テオドール本人は気にしていないと、口にした通りに理解していても納得がいかない。
テオドールが見抜いた通り、傭兵にしてはお上品なヴォルフラムの下に居るからそんな他の者なら気にも止めない、いらぬ心配をしてしまっている。
「伯爵様に世話を焼ける人間などそうは居ない。あの代官もあくまで配下として振る舞っているようだしな」
「……」
「ならばおまえが世話を焼いてみるか?」
「何?」
予想外の言葉にユリアンが視線をヴォルフラムへと向ければ、何が面白いのか愉快そうに微笑む顔が目に入った。
「クレヴィング公へ助力を請うためシュティルフリート伯自ら交渉へ赴くそうだ。敵方に気取られぬよう危険な道を通る。その上少人数でとなれば腕の立つ護衛が必要だろう」
「俺にそれをやれと?」
「これはチャンスでもある。本格的な戦の前に雇い主の信頼を勝ち取る。我らが副団長ならば楽な仕事だろう」
「何故俺が」
「嫌ならいい。どちらにせよジビラは付ける予定だ」
「本気か?」
ヴォルフラムが出した名前を聞き、それまで動きの少なかったユリアンの顔に驚きが露わになる。
「……分かった。フォローは俺がする」
「頼んだぞ」
いかにも不承不承といった様子で頷いたユリアンに向き合い、ヴォルフラムは笑いながら肩を叩いた。




