方針
ピザン王国内は今大きく三つの派閥に分かれているらしい。
まずはヨーン王とそれに従う主戦派の領主たち。
さっさと裏切者のシュティルフリートを倒し、カンタバイレに目にもの見せてくれると息巻く血気盛んな人たちだ。
一番大きな派閥であり、僕が領主になってから大変お世話になっているラウホルツ侯もノリノリで参加している何とも迷惑な方々でもある。
二つ目はカンタバイレとことを構えるのは反対で、さっさと裏切者を始末して戦を終わらせようという人たち。
戦争反対実にいいことだと思うのだけれど、その始末される裏切者は僕なのでこちらからすれば主戦派と大差ない派閥でもある。
そして残りが戦どころか今の状況に懐疑的な慎重派や穏健派。
本格的に戦端を開く前にカンタバイレとの交渉を行うべきだと主張し、シュティルフリートの裏切りについても半信半疑な領主たち。
数としては一番の少数派だけれど、その中にはクレヴィング公がいるためにヨーン王も完全に無視することができないらしい。
クレヴィング公。
選定侯とよばれる新しい王を決める際に投票権を持つ筆頭貴族の一員であり、その中でもクレヴィング家は三公と呼ばれる三つの大家の一つだ。
そして何よりあのロイヤルガードだったヴァルトルーデ卿とその弟であるエドバルドの御父上でもある。
娘が裏切者の共犯者の汚名を着せられ殺されているのだから、下手に突けば爆発すること間違いなしだ。
まあ同時に巻き込んだ僕も恨まれているかもしれないから、現時点で能天気に味方と判断することはできないだろう。
仮にクレヴィング公がその辺りを飲み下したとしても、エドバルドはきっと僕を憎んでいるに違いない。
「で、この三派以外にも未だにどう動くか悩んでいる日和見もいる。ここから北に領地を構えているグラナートもそれだ」
屋敷の一室。
大きな樫の木の机に殆ど占領された狭い室内で、広げられた地図を指さしながらオリヴィアさんが言う。
現在この場には僕とオリヴィアさんにケビンさんの三人だけ。
代官として実質的に領地を取り仕切っているケビンさんと領主である僕。そして保護者であり多くの知恵と経験を持つオリヴィアさんによる今後の方針の会議のようなものをしている。
「グラナート伯ね。確かにあの人はそういう決断が苦手そうな人だけど」
領地が隣接していて、仮にも同じ伯爵なのだから何度か顔は合わせたことがある。
なんというか、子供の僕にも気を遣うような頼りなさそうな人だった。
その上お人よしと来ているものだから、最大派閥の主戦派に同調したいけれど僕のような子供貴族を生贄にしていいものかとさぞ悩みまくっていることだろう。
「まあグラナード伯には引き続き悩んでいてもらうとして。それにしても、ヨーン王も詰めが甘いというか。僕の嵌め方といいヴァルトルーデ卿を殺しちゃったことといい、行き当たりばったりなところが見えるんだけど」
「さて。そこは判断が難しいな。坊やも謁見で薄々感じただろうが、ヨーンは内政はともかく戦の才はあまりない。だがその周りにはロイヤルガードが居るし、他にも知恵者の一人や二人は召し抱えているだろう。要はヨーンがどこまで配下の意見を聞く余裕があるかということだ」
「つまり部下に丸投げされるほどこっちは危なくなると」
エルヴィン卿の不満そうな様子からして、ヨーン王が腹心のロイヤルガードにすら子細を述べずに行動に移したのは恐らく確かだろう。
最初からエルヴィン卿が全力で狩りに来ていたら、今頃僕は生きていない。
ヨーン王に隙があるのは何故だか分からないけれど焦りがあるから。
仮にも十五年も国を治めてきた王だ。周囲の人材のことがなくても冷静になったら侮れるような相手ではない。
「なら尚更。ヨーン王が冷静さを欠いてる内にクレヴィング公と直接話をしておきたいんだよね」
「ほう。やはり仲間に引き込むつもりか」
「どちらかというと仲間に入れてもらうんじゃないかな立場的に」
何せ僕の今の立場は裏切り者だし、爵位では公爵であるあちらが圧倒的に上だ。
ともあれシュティルフリート家だけでは絶望的なヨーン王との戦いも、筆頭貴族であるクレヴィング家が味方となってくれればまだやりようがある。
日和見している一部もクレヴィング家が本格的に動くとなればそちらに付く者も出始めるだろう。
そうなればヨーン王も分が悪いと矛を収め……なんてのは甘すぎる展望か。
「まあクレヴィングは元々シュティルフリートと親交がある。直接会いに行ってもいきなり捕らえられるようなことはないとは思うが……」
そこまで言うと一度言葉を切り、苦虫を噛み潰したような顔をするオリヴィアさん。
「しかし坊や。クレヴィングの領地はグラナートを挟んで北だ。いくらグラナートが優柔不断とはいえ、素通りさせてくれるほど間抜けではあるまいよ」
「……どこか多少危険でも普通は人が通らないような道ってない?」
「坊や。仮にあってもそこを通るのは自分だという自覚は……」
「ならばこちらがよろしいかと」
「ケビン」
僕への呆れ混じりの忠告を遮られ、その声の主を軽く睨むオリヴィアさん。
しかしケビンさんは気にした様子もなく地図を指先でなぞっていく。
「こちらのグラウハウの森。ここは以前より魔物だけではなくアンデッドの類も出現しており、王国の間引きでも対応しきれず立ち入る者はまずおりません」
「グラウハウか。確かに人は通らないだろうが、そこは王家の直轄領地であるにもかかわらず手におえず放置されたような場所だぞ。そんな所を坊やに通らせる気か」
「以前のテオドール様なら提案もいたしませんでしたが、今のテオドール様ならば少数でも腕の立つ護衛をつければ問題ないかと」
「確かに坊やの魔法の上達ぶりは大したものだが……」
ケビンさんの意見に、オリヴィアさんも僕の方へと何度か視線を向けながら一応の納得を見せる。
魔物も厄介だけれど、それ以上に危険なのはアンデッドの類だ。
奴らはいくら斬っても叩いても活動を停止することはなく、腕がちぎれ頭を吹き飛ばされても元気に襲ってくる。
魔法による霊的な攻撃ができなければどんな優秀な戦士でもじり貧になりかねない。実に嫌な相手なのだ。
けれど今の僕はそれなり以上に魔法は使える。
ヴェルナーと戦った時のような曲芸は火事場のそれだったけれど、秒単位で魔方陣を構成できるようにはなっていた。
ケビンさんの言う通り、時間を稼いでくれる前衛がいれば対処は可能だろう。
「ケビンさん。兵の中から前衛と念のための護衛で二人借りられるかな」
「五人だ。坊や以外にも最低もう一人術者を。そして前衛も最低二人に奇襲の警戒のために一人。念のためというならもう一人はつけたい」
「それじゃあ多すぎない?」
「あのなあ坊や。見通しの悪い森を魔物やアンデッドを警戒しながら進むなんて、頭のねじが飛んでいる冒険者でも避ける道だぞ。私が付いていければいいが、こうやって知恵を貸してやるのもぎりぎりなんだ。その上で断言する。最低五人は居なければ死人が出る」
「そこまでかあ」
いくらなんでも警戒し過ぎなのではと思ったけれど、オリヴィアさんがそう言うならそうなんだろう。
年寄りの忠告は素直に聞くものだ。何て口にしたら怒られるだろうけれど。
「その兵のことなのですが。テオドール様。今後の兵の編成も考えて、会っていただきたい方がいます」
「僕が?」
さて。領地の管理はもちろん今は軍の統率すらケビンさんが指揮を執っている状況で、お飾り同然の僕に会わせたい人間とは誰だろう。
領内の有力者か。はたまた外部からの使者か。
「名はヴォルフラム。今回雇い入れた黒豹傭兵団の団長でございます」
しかし出された名前はそのどちらでもない、何故僕が会わなければならないのかイマイチ分からない人だった。




