オリヴィアの正体2
「エルフ……」
実際に見たことがない人間でも知っているエルフの特徴。
長く細くとがった耳。
もしかしてと思ってよく見ても作り物などではなく、オリヴィアさんの息に合わせて微かに動いている。
「正確にはハーフエルフだ。まあ、純血のエルフなど今では数えるほどしかいないだろうが」
「シュティルフリートに昔嫁いできたっていう?」
「それは私の母だな」
「母!?」
なるほど。それならオリヴィアさんがハーフエルフな上にシュティルフリートの親類だというのも事実だったわけだ。
しかしその昔シュティルフリートに嫁いできたエルフの娘ということは……。
「オリヴィアさん何歳なの?」
「女の歳を聞くものではないぞ坊や」
口では怒った風を装いつつ、顔では笑いながらオリヴィアさんは言った。
そんな百年単位で生きていても年齢は気になるものなのだろうか。
しかしオリヴィアさんをもしかすれば姉か母親なのではとも疑ったこともあったのだけれど、まさかそれより遥かに遡りご先祖様だったとは。
……ご先祖様呼ばわりも女性には失礼にあたるのだろうか。
「あれ。じゃあシュティルフリートには本当にエルフの血が混じってる」
「ああ。だがそれが顕在化することは希でな。父と母の間には私以外にも十人の子が居たが、ハーフエルフとして生まれたのは私だけで後は皆人間だった」
「子だくさんですね」
「まあな。子供の私たちから見ても仲の良い夫婦だったからな」
そういって苦笑するオリヴィアさんの様子からして、実際には仲が良いどころではなかったのかもしれない。
しかし貴族とはいえ十人も。シュティルフリートは貴族の割に使用人の類をあまり雇わず自分で何とかする気風だし、大変だったのではないだろうか。
「その中でも私は特に手がかかっただろうな。何せ兄や弟たちより倍以上に育つのが遅い。まあそのせいか兄弟たちに可愛がられた。弟たちにまでいつのまにか妹のように扱われていたのには納得いかなかったが」
「いいご家族ですね」
そこまで顕著に種族の差が出るなら少なからず差別意識も生まれそうなものだけれど、少なくとも家族間でそういうことはなかったらしい。
「兄が当主を継ぎ、その子が当主となったあたりで母は流石に人間社会の中で生きていくのに限界を感じたらしい。そこで魔法ギルドの伝手を頼り、まだ子供と言っていい見た目の私を連れてジレントの森の奥深くへと隠居した。だが私はどうにもじっとしていられる性質ではなくてな」
「森を飛び出した?」
「家出のように言うな。まあ母には反対されたが、見分を広げるには旅がいいと魔法ギルドの当主が後押ししてくれてな。そして飛び出した先で、私はエルフというのは意外にその辺に居るのだというのを知った」
「その辺にですか?」
エリーも昔はエルフはその辺に居たと言っていたけれど、それは魔法ギルドが存在するジレント特有のことではなかったらしい。
もっともその辺にいるというのがどの程度でどれだけ居たのかは分からないけれど。
「だがやはりハーフにしろ純血にしろエルフは人間社会には溶け込み辛いらしくてな。行く先々で会うエルフやハーフエルフたちに母の居る森のことを教えて回っていたら、いつの間にか村ができる程度の人数が集まり、そして噂が広がったらしくどんどん居場所のないエルフたちがジレントの森に集まり始めた」
噂とは、エルフの間だけで使える通信手段でもあるのだろうか。
まあエルフは総じて魔術に長けているらしいし、何か人間には及びつかないような連絡手段があるのかもしれない。
「そうやって私が世界を巡っている内に、各国ではある共通認識ができあがった。『エルフを見つけても手を出すな。クラインの魔女に焼かれるぞ』と」
「クラインの魔女?」
クラインと言えば、僕も使っているクライン式魔法を考案した大魔女だ。
何故その魔女の名前が出てくるのだろうか。
「母がその大魔女クラインの系譜に連なる魔術師だったんだよ。だから私は世間ではシュティルフリートの血族というよりも、クラインの名を継ぐ魔術師だと認識されている。魔法ギルドが私たち親子に便宜を尽くしたのもその辺りが理由だ」
「なるほど」
要は魔術師として優秀なオリヴィアさん親子を囲い込みたかったのだろう。
そのおかげでエルフたちが自国に居着いたのは流石に予想外だったのだろうけれど。
「そんなわけで、私はエルフが居ると聞けば保護する役割を負うようになった。十年前おまえの面倒をみに来たのも、おまえの爺様にもしかしたらと言われて確認を兼ねてのことだ」
「僕は耳は尖ってないよ?」
「別にハーフエルフだからと全員耳が尖っているわけではない。しかし坊やはまだ生まれたばかりで、魔力は多かったがそれだけで断定するには少々材料が足りなかった。何より問題だったのが、坊やの父親が死んだのに子はおまえ一人だったということだ」
「それに何の問題が?」
「本当に坊やがハーフエルフで私がジレントに連れて行ってしまったら、シュティルフリートを継ぐ者が居なくなるだろう」
「あ」
言われてみれば確かに。
シュティルフリートは生真面目というか要領が悪いというか、代々妾を持つこともなければ浮気もしない実に誠実な男ばかりだったらしい。
そして馬鹿がつくほど誠実なせいで、しばしば後継者問題が発生する。
中には男児が生まれなかったために女性が当主についた代もあるほどだ。
それでもロイヤルガードには名を連ねたというのだから我が先祖ながら流石という他ないけれど。
「だから爺様と話し合って、もし坊やがハーフエルフだと確定してもそれが露見するギリギリまで、少なくとも子供ができるまでは隠しておくことにしたんだ。まあ今の状況ではそうもいってられんだろう」
「確かに」
何せ僕が居なくならなくてもお家が潰される寸前だ。
いやオリヴィアさんの言う第四の選択肢はそういうことなのだろう。
「つまり僕がハーフエルフだということを公表し、ジレントで引き取ると」
「そうだ。そうすればおまえはジレントの保護下に入り、この国の都合に振り回されることはなくなる」
エルフたちは世俗の、人間同士の争いに関わらないし関わらせない。
オリヴィアさんとヴェルナーが言っていたのはそういうことなのだろう。
だから僕がハーフエルフだと知れ渡れば、ヨーン王は僕に手出しができなくなる。
しかしそれは……。
「僕に捨てろということ? シュティルフリートの名も、領地も、継いできた誇りも」
「誇りでは何も守れない。そこらの夢見がちな子供ならともかく、坊やなら分かっているだろう」
「……」
オリヴィアさんに言われて、僕は自分の両手を見つめていた。
小さい。同年代の子供と比べてもあまりに小さい手だ。
まさか本当にハーフエルフだからだったとは思ってもみなかったけれど、この手は誰かを守るにはあまりにも小さい。
僕は弱い。本来ならまだ守られる側の人間だろう。
領地の運営にすら手が届かず代官に頼りっぱなしで、騎士学校の成績も芳しくない。
不甲斐ない。あまりにも不甲斐ない。
きっと僕が居なくなっても、次の領主は僕よりもマシな人間に違いない。
僕が居なくなっても誰も困らない。むしろ歪な歯車がなくなり世界は上手く回るのかもしれない。
だけど……。
「認められない。僕はヨーン王のやり方も、シュティルフリートの名が利用されるのも認められない」
僕はどうしようもないくらい未熟で我儘な子供で、そして負けず嫌いな男の端くれなんだ。
このまま不義が罷り通るのを何もせずに指をくわえて見ていることなんてできない。
「なるほど。死ぬ覚悟があるんだな坊や」
「ないよ。僕は臆病者だから」
だけど――。
「やるべきことをやって死ぬなら、それは仕方ないことだし、胸をはれることなんじゃないかな」
足掻いた上での結果なら仕方ないと割り切る程度の諦観はある。
そうだ。死ぬ覚悟なんてしてはいけない。
死ぬのは結果だ。目的じゃない。
だから僕は最後まで足掻く。もう二度と――。
「まったく。やはりうちの男共は欲張りな馬鹿ばかりだ」
そんな僕の言葉を聞いて、オリヴィアさんは呆れた、しかし何かを懐かしむような笑みを浮かべた。




