裏切者3
戦いの火蓋は僕とヴェルナー卿二人が同時に切った。
逃げ場はなく守りに徹しても勝てる見込みがない僕が攻めに転じると同時、ヴェルナー卿も合わせたように一歩踏み出し右手で戦斧を振りかぶる。
「ぎぃっ!?」
「ふっ」
前身の力を込めて振り下ろした聖剣は、片手で振り上げられた戦斧とぶつかり合い呆気なく弾き返された。
打ち返された聖剣は冗談みたいな勢いで後方へと飛んでいき、それを両手で握っていた僕も踏ん張ることすらできず布切れみたいに追従する。
「む? やりすぎたか」
だがそれは幸運でもあったのだろう。
もし体ごと吹き飛ばされていなかったなら、聖剣を一撃をものともせず振り上げられた戦斧に頭を割られていたに違いない。
「存外に難しいものだな。いや、おまえのように正面から挑みかかってくる子供の相手など初めてだ。どうにも加減が分からん」
「ッ!」
侮辱しているような言葉は、しかし限りない称賛の色を帯びていた。
そりゃそうだろう。天下のロイヤルガードに正面から立ち向かう子供なんているはずがない。僕だって逃げ場がありそちらの方が生き残れる確率が高いなら迷わず逃げる。
「どうした。かかって来ないのか?」
「くッ……」
戦斧を肩に担ぎ左手で手招きしてくるヴェルナー卿。
口では子供相手だから侮っていますと言わんばかりなのに、相変わらずその姿に隙はない。
どこから斬りかかっても、あっさりと打ち返される未来しか見えない。
「アアッ!」
「そうだ! それでいい!」
だが攻めないという選択肢は僕にはなかった。
守りに回ればそのまま何もできず押しつぶされる。無謀は承知で攻め続け、その中から勝機を見出すしかない。
「ハアッ!」
「ヌン!」
一足で間合いを詰め聖剣をヴェルナー卿の喉元目がけ振り上げる。
それに少し遅れて、ヴェルナー卿もまた戦斧を僕目がけて振り下ろした。
「ぐう!」
再びぶつかり合った聖剣と戦斧は、しかし違う結果を生み出していた。
「耐えるか! これだから面白い!」
先ほどあっさりと弾き返された聖剣は、此度は辛うじて戦斧と打ち合ったまま鍔迫り合いの態勢へ移行していた。
戦斧を受けとめている両の手はぶるぶる震えているし、踏みしめた両足は振り下ろされた戦斧の力で足首まで土に埋まりかけているけれど、僕は耐えることに成功していた。
以前聖剣を抜いたとき、聖剣は僕に最適な戦闘方法を導き出しその補助をしてくれた。
今も僕が望んだとおり、過程を飛ばして魔力による身体能力強化を僕に教えてくれている。
というよりも、どうも歴代のシュティルフリートの聖剣の担い手たちは、魔術の心得がなくとも感覚的に身体能力の強化を使っていたらしい。
だが僕にそんな特殊能力はない。
全身の筋肉に力を込めながら魔力を汲み上げ力を底上げするという綱渡りじみた曲芸で僕は命を繋いでいる。
「一度打ち合っただけでこれか! つくづく惜しい。陛下の判断が違えば、おまえがあの方の後を継ぎ四人目のロイヤルガードとなったかもしれんというのに!」
称賛されることなど滅多にないし光栄ではあるのだけれど、既に惜しまれて退場することは決定されているかのように言われるのだから笑えない。
恐らくこの人は本心で言っている。
本気で僕のような子供の才を信じ、未来に期待し、そして主の命令だからと自らの手でその可能性を摘もうとしている。
いくらなんでもあっさりしすぎではないだろうか。
主の命令だからと言って、陰謀の片棒を担いで子供を殺すのが誉れ高き騎士のやることか。
お爺ちゃんなら間違いなく不興を買う覚悟でヨーン様の判断に物申しただろう。
あるいはそれをしたからシュティルフリートは疎まれたのか。
「そんなのが……ロイヤルガードなら……糞くらえだ!」
「言うか!」
一度大きく身を屈め、全身のばねを利用して戦斧を押し返す。
「ハアアアアッ!」
「オオッ!」
そうしてキンと澄んだ音を立てて離れた刃は、決闘の再開を意味していた。
振り下ろし。薙ぎ払い。突き崩す。
縦横無尽に振るう剣は、以前のそれとは異なり真っ当な剣技の形を成していた。
意識して身体強化の魔術を使っているためか、聖剣に振り回されていた四肢がよく回る。
噛み合わず、獣のように動くしかなかった僕と聖剣が馴染み始めている。
「そら! まだまだあ!」
だがそんな僕の怒涛の剣戟に、ヴェルナー卿は難なく、むしろ楽しそうに合わせている。
いや、実際余裕なのだろう。ヴェルナー卿の右手は僕の攻撃に合わせて忙しなく動いてはいるけれど、左手はお預けをくらった犬みたいに不動のままだ。
背中のもう一本の戦斧を抜くどころか、右手で振り回している戦斧にそえようとすらしない。
加減されている。
容赦なく殺すと宣言しておきながら、ヴェルナー卿は僕で遊んでいる。
どこまで伸びる?
ここか?
それともここか?
そうやって僕がこの戦いでどこまで成長するか見届けようとしているのだ。
だというのに、僕の聖剣を握る手には次第に力が入らなくなっており、腕は感覚がなくなりちぎれそうだった。
今の状況は崖に向かって全力疾走をさせられているようなものだ。
止まることは許されず、しかし走り切れば死ぬことが決まっている。
いっそそんなものに付き合わないで自害でもしてやればいいのかもしれないけれど、そうすればヴェルナー卿は間違いなくがっかりするだろう。
何だその程度の男だったかと。期待はずれなものを見るような目で僕の死体を眺めるに違いない。
それはそれでものすごく腹が立つ。
「ふう……」
だから度肝を抜いてやる。
魔力を汲み上げ、身体能力を強化し、踏み込み、腕を振り続けるその中で、新たにもう一つの行程を紡ぎ始める。
「何!?」
瞬間、花が開くように僕とヴェルナー卿の前に現れたのは、ファイアーアローの魔方陣。
聖剣の加護を受け、魔力によって身体能力を強化したところで、力も速さも技も、体格体重経験に至るまで、白兵戦に必要なもの全てが僕はヴェルナー卿に劣っている。
ならばそれ以外の要素で勝負するしかない。
実際にできるかどうかは賭けに近かった。
平時なら既に僕は秒単位で初歩的なクライン式魔法が使えるまで魔力操作に習熟していた。しかしこんな剣を振り回している最中に、眼前に死が迫っている刹那にそれができるかどうかなんてやってみなければ分からなかった。
けれど僕は賭けに勝った。
魔方陣は無事描かれ、突然現れたそれにヴェルナー卿は目を奪われ僅かな隙を晒している。
「――ファイアー……」
だから後は発動さえさせてしまえば、いかにロイヤルガードといえどこの至近距離で魔法を受けて只で済むはずがない。
そう確信し発動のための呪文を唱えるのと同時に――。
「――ファイアーアロー!」
「――アロー!?」
ヴェルナー卿が僕と同じ呪文を口にした。




