カンタバイレ王国にて
精霊様に出会うという他人に話せば虚言と受け取られかねない体験をした以外には、特に問題なく馬車の旅は続いた。
まあ旅と言っても、翌日の昼には王都についたのだけれど。
「へー、綺麗なお城ね」
目的地の、馬車が転回するときに小窓からちらりと見えた城を見て、エリーが感心したように言った。
確かにピザン王国王都の、お城というよりは宮殿といった様相の平城とは違い、小高い丘の上に建てられたそれは誰もが思い浮かべるお城の姿そのものだった。
さらに特徴的なのが太陽を受けて白く輝くその城壁。穢れを知らぬ処女雪のような清廉さを感じさせる。
「あれがカンタバイレ自慢のリーザ城よ。私たち聖白亜騎士団は、あの白亜のお城を守るための騎士団ってわけ」
「え?」
何気なく言うルーベンさんだけれど、それはつまり他国で言うところの王直属の近衛騎士団ではないだろうか。
そんな騎士団を僕なんかの迎えに寄越してしまって良かったのだろうか。
「ま、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。むしろこちらとしては陛下が何か粗相をしないか心配だわ」
そういってため息をつくルーベンさん。
むしろルーベンさんのその話し方は近衛騎士団長として大丈夫なのか。
そう思ったけれど言わないでおいた。
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カンタバイレ王と会うために入城する前に、僕らは宿を借りて身嗜みを整えていた。
何せ他国の王様と謁見するのだ。それなりに着飾っていかないと失礼だしピザンの恥になる。
「だからって、この礼服苦手なんだよなあ。襟元開けていいか?」
「駄目に決まっているだろう」
居心地悪そうに騎士礼服の首下に指を突っ込んで少しでもスペースを開けようとしてるギュンターと、それを呆れた様子で見ているエドバルド。
騎士学校にも式典用の礼服は存在する。普段僕らが着ている騎士服が戦闘も可能なよう動きやすいデザインなのに対し、騎士礼服は首元から手足の先までがっちりとしている上に、肩の動きを阻害しそうなほど厚い生地の外套まで付いている。
普段から騎士服の上着も全開にして動き回ってるギュンターには拘束衣に等しい窮屈さだろう。
「あら。意外に似合うじゃない」
そうやってギュンターが悪戦苦闘しているのを見ていると、別室から着替えが終わったらしいエリーが出てきた。
この騎士礼服。女子生徒の入学なんて年に一人いるかも怪しいのに、何故かちゃんと女子用のものも存在する。
上服のデザインは男子とほぼ同じだけれど、下はスカートとなっている。
丈が短いから上服と外套の方がむしろ足を隠すのに貢献しており、一体誰の趣味でそんなデザインになったのか疑問が残るところだ。
まあエリーはきっちりタイツまではいているから、不埒な印象はないけれど。
「似合ってるよエリー」
「あら、ありがとう。テオも可愛いわよ」
そう言って僕の頭を撫でてくるエリー。
もしかしてそれは褒めているつもりなのかと物申したい。
「でも帽子はちゃんと取りなさい」
「あ!」
しかし僕が文句を言う前に、エリーが頭を撫でていた手で僕の帽子を取ってしまった。
普段ずっとかぶっているものだから、いざなくなってしまうとスースーと風通しがよくて落ち着かない。
「……染めてくればよかったかなあ」
自分ではほとんど見えないまだら色の髪を撫でながら、相手方に奇異な印象を与えないかと心配になってくる。
まあ黒と白という明るさの違いすぎる色が混じっているせいで、染めたとしても同系統の色になるだけでまだらなままなのだけれど。
「そういやおまえ何でそんな三毛猫みたいな頭してんだ」
僕の頭を見て、ギュンターが今更気付いたみたいに聞いてくる。
もちろん今初めて気づいたわけじゃなくて、丁度いい機会だから聞いてみただけなのだろうけれど。
「知らないよ。父さんもお爺ちゃんも普通に銀髪だったし」
「母方はどうなんだ?」
「さあ? お婆ちゃんは物心つく頃には亡くなってたし、母親は見たこともない」
珍しく自分から話しかけてきたエドバルドに少し驚きつつも、事実だけを返す。
まあ他の貴族から生まれやら何やらを揶揄されたことはないから、どこの馬の骨とも知れない人間というわけではないのだろう。
「それってエルフの血が混じってるからじゃないの?」
そうやって男三人で何でだろうと話し合っていると、突然エリーがとんでもないことを言い出した。
「……何言ってんのエリー?」
「何で貴方が驚いてるのよ」
本当に何言ってんだと呆れながら返したら、むしろ何で知らないんだとばかりに呆れられた。
「精霊様だって言ってたじゃない。妖精の気配がするって」
「え? アレそういうことだったの?」
僕はてっきり父さんが熊の妖精なのかと。
いや、よく考えなくてもその方がありえない話だけれど。
「私たちの祖父母世代までは普通にエルフもその辺に居たんだから、血が混じってる人は結構いるわよ」
「じゃあ何で今は居ないの?」
「何でもエルフの女王が人と接触するのを禁止したらしいわよ。ジレントにはエルフが隠れ住んでる森があるから、定期的に交流はしてるけど」
どうやらジレントではエルフの存在が当たり前らしい。
しかしピザンではそんなことは当然ないので、僕以外のギュンターとエドバルドも半信半疑だ。
「まさかあの話は本当だったのか……」
訂正。
エドバルドは何か知ってるっぽい。
「何か知ってるのエドバルド」
「むしろ何故おまえが知らないんだ」
何かさっきエリーとやったのと似たような返しされた。
「今から数百年も昔に、シュティルフリート家にエルフの少女が嫁いだという話が伝わっている。その当時から我がクレヴィング家とシュティルフリート家は懇意であったから、そのエルフとも交流があったそうだ」
「へー。うちってクレヴィング家と交流あったんだ」
「だから何故そんな重要なことを知らないんだおまえは」
「だってお爺ちゃん城につめてばっかりであんまり帰ってこなかったし。最低限領主の仕事とかは教えてくれたけど、余計なことを教える暇がなかったんじゃない?」
「……そういえばおまえは身内が他に居なかったな」
そう言うと少しばつが悪そうな顔をするエドバルド。
どうしたんだろう。前ならこの貴族の面汚しがとか言ってきただろうに。
「でもハーフエルフって髪がまだら色になるものなの」
「ならないわよ」
オイ。
じゃあ今までのやり取りなんだったんだよ。
「でもテオの体が普通の人間とは違うのは、エルフの血が混ざってるのが大体原因じゃない? 成長遅いのだってエルフの血が濃いからかもしれないし」
「……え?」
自分でも不思議だった成長不良の原因がまさかの判明。
確かに女子のエリーより背が伸びるのが遅いのは変だと思っていたけれど、まさかエルフの血のせいだったのか。
「え? じゃあ僕もしかしてみんなが大人になっても一人だけ子供のままなの?」
「素晴らしいわね」
そう言って頭を撫でてくるエリー。
そりゃあ男嫌いのエリーには素晴らしいでしょうね。
「まあなんだ。ドンマイ」
「騎士としてはともかく魔術師としては大成しそうだな」
そしてそんな僕に励ましてんだか投げやりなんだか分からない言葉をかけてくるギュンターとエドバルド。
何だか謁見を前にして無駄に疲れた。




