11
「……………………えと?」
景色が変わってるってことはない。
ただ、目の前に柚子柚ちゃんがいない。テーブルはあれど、椅子に白子ちゃんの姿はない。テーブルにはティーカップも置かれていない。
「…………えーっと? 四月三日の夕方?」
ぐるりと周囲を窺う。
窓の外から夕焼けと思しき赤色が差し込んでいる。誰の姿もない部屋は静かで、静か過ぎて気味が悪い。
白子ちゃんや柚子柚ちゃんが消えたのではなく、ティーカップが消えたのではなく、僕が過去に戻ってきたのか。
四月三日の夕暮れ、テーブルには何も置かれていなかった。
柚子柚ちゃんの言葉を信じれば、過去にも未来にも生物はいない。
だから誰もいない。
「…………はあ。よく分かんないな」
分かんないながら、やることがあるってのは分かっている。しかも時間制限があるってことも分かっている。
「…………過去から出るには待つしかないってことは、待ってたらそのうち過去から追い出されちゃうってことかな。その前に行動しないと」
とにもかくにも場所移動だ。目指すは僕の家、自室のベッドにでも持ってきたノートを落とせば作戦は完了する。
部屋を抜けてだだっ広い玄関前に立ち、さてと頷く。
ん、靴がないね。そりゃそうか、四月三日に柚子柚ちゃんの家に来てるはずもなし、僕の靴があるはずない。しかも両手が動かせないから、玄関の扉を開けるのも一苦労だ。靴下の右足を必死になって上げ、鍵を開け、外に出る。
もちろん玉響先生の車もない。
ははあ、車で三十分くらい上ってきた道を靴下で下るということか。
わあ、しんどそう。
「…………ま、仕方ない。歩くかあ」
突っ立っていても問題は解決しない。
過去の物質になるべく干渉しないよう、ひたすらに歩く。誰もいないせいで静か過ぎる町を一人して歩く。うーん、結構怖い。ぞわぞわと心臓が冷えるような、不気味さに押し潰されそうな、変な感覚に襲われる。
「…………うう。喋るか。声を出していこう、頑張ろう」
見渡す世界、一切の動きがない世界はまるで写真みたいだ。
木々の葉は揺れず、夕焼けは色合いを変えず、何一つとして動かない。風にあおられている最中だったのか、ビニール袋が空間に張り付いたかのように固定されている。
「…………過去の一瞬、そこにいるってことなのかなあ。その一瞬にノートを置くことで過去を変える? いやはや、世界ってのは不思議だよね。宇宙人にドラゴンにハンターに神だもんなあ」
知らなかったことばっかりだ。
それら知らなかったけど今となっては知っていることの発端は何か? 白子ちゃんと両腕を入れ替えちゃったのが発端だ。そんで、僕がこうして靴下で歩いて何をしようとしているのかといえば、両腕が入れ替わらないように過去を変えようとしている。
「…………過去の僕が今の僕の残した手紙を読んで、うわー、白子ちゃんってやべー、両腕が入れ替わっちゃうのはもっとやべーってなったら、両腕は入れ替わらない?」
手紙はノートに記してきたし、ノートは尻ポケットに突き刺さっている。
「…………んで、入れ替わらなかったら、こうして過去に戻る必要もないから、柚子柚ちゃんと会ったっていう事実はなくなっちゃう」
その他にも、色々と起こったことが起こらなかったことになる。
「…………白子ちゃんとは知り合わない。永久ちゃんとは……どうだろ、白子ちゃんと知り合ってなくても、だゆうちゃんのことを相談されるのかな?」
相談される可能性は高い、かな。永久ちゃんが相談を持ち掛けてきた理由は、僕がドラゴンっぽいってことだった。
「…………ん? んー、それなら」
玉響先生はどうだろう。玉響先生は永久ちゃんの中にだゆうちゃんがいると気付いたからこそ、僕らの前に現れた。ならばきっと、また現れるだろう。そうすると、また昨夜の争い未満みたいな展開は発生する?
「…………んんー。もっと早く、だゆうちゃんが遊んでーって表に出てこようとする前に、玉響先生に存在を気付かれる前に、僕が永久ちゃんの相談を受けてたら……」
だゆうちゃんのことを知ってる僕が、永久ちゃんの相談を先んじて受ければ、玉響先生には気付かれないかもしれない。
「…………んー。過去を変えちゃう、かあ」
ノートには簡単に永久ちゃん、だゆうちゃん、玉響先生のことも書いているが、果たして読んだ僕はどう考えるだろう。
僕の通った道とは別の道を進むのだろうか。
んー、なるべくなら同じ道を進んでほしいってのが正直なところだ。せっかく玉響先生の優しさに感動したのに、ああいった思い出もなかったことになる。
「…………ん? なる……のかな?」
過去を変えれば今が変わるって話だったけど、そういえば僕ってどうなるんだ?
今の僕が過去の僕に手紙を与えたら、過去の僕は白子ちゃんと両腕を入れ替えず、無難な生活を過ごすはずだ。
そうなると過去から追い出された今の僕って、どうなるんだろう?
白子ちゃんと知り合っていない僕と入れ替わっちゃう? それとも、僕はこのまま過去から今に戻るだけで、僕の記憶とかは変わらない?
「…………うう、しまった。もうちょっと考えてから来れば良かった」
今更の後悔に襲われるが、時既に遅し。
分からないことは考えず、とりあえずは当初の目的のみを達成させよう。白子ちゃんと触れ合わないように記載したノートを、僕の部屋に届ける。
「…………その結果、どうなるのかは試したとこ勝負ってことで」
どうなるのかは分からない。
でも、白子ちゃんと知り合わなくなるのは明白だ。僕がそう記載したのだから、過去の僕が読んで少しでも信じれば、白子ちゃんとは知り合わない。
僕が覚えていようと忘れてしまおうと、白子ちゃんは僕を知らないことになる。
「…………うん。うん?」
今に戻ったら白子ちゃんと知り合っていないし、話もしない、触れないように注意する。
「…………あれ? それは嫌だな」
両腕の入れ替えは戻したいけど、白子ちゃんとは協力してたいし、一緒にいたいな。
「…………んん?」
あれ、それって。
「…………あ、僕って白子ちゃんのことが好きなのか」
そうかそうか、さっきから妙に色々と考えちゃうのは、そういうことだったのか。
って、あっぶない!
うっかり本心を声に出してしまった。慌てて辺りを見回すが、人の気配はない。
道をどれだけ歩こうと、車が道路に止まっていようと自転車が止まっていようと、人の姿は見られない。
好き云々から意図的に思考を転換する。
「…………ん? あー、そっか」
不気味に感じていた理由は、それもあるのか。
自転車なんて見るからにおかしい。今、正に歩道を走っていますって格好でぴったりと停止している。そこには人が乗っているはずなのに、不自然に人の姿がない。
見えるものから人だけを取り除いたような光景が、どこか不気味なのか。
「…………だったら、着てる服とかも浮いてればいーのに」
ぼそりと口に出すが、それはそれで不気味か。透明人間が服を着て歩き回ってるような姿があちらこちらに現れることになる。
まあ、細かいところは気にしないでおこう。どうせ分からない。
「………………ん」
しばらく……数十分ほど歩いたところで、コンビニが目に入る。
木々に挟まれている道を抜けて住宅が増え出したところにぽつんと建っているコンビニを覗くが、当たり前みたく誰もいない。見えないだけで誰かが出入りしようとしているのか、自動ドアは開いている。
「…………ええっと、コンビニだったら新聞があるっけ」
店内に足を踏み入れ、レジの近くのラックに入っている新聞を覗き込む。手に取れないので、中腰になって覗き込まなければ見ることさえできない。
新聞の日付は四月三日になっていた。
「…………はあ、ほんとに過去なのかあ」
ついでに壁掛けの時計を見れば、時刻は四時半近くで針を止めている。
「…………四時半、微妙だな」
誇るべき帰宅部である僕の帰宅時間は経験上、大体が四時過ぎくらいだ。もう家に着いているかな。ほぼほぼ確実にありえない偶然だろうけど、ちょうど帰宅の瞬間で玄関の扉を開け放している場面だったりしないかな。
だって、そうじゃないと……コンビニを出てひたすら歩きに歩いて足が棒のようになって靴下が破れたんじゃないかってくらい足の裏がひりひりと痛み出した頃、自宅の玄関前に到着する。
団地と呼ばれるアパートの三階、自宅の前に立つ。
「…………うん、ですよね」
期待は淡くも裏切られた。玄関の扉は、それはもう完璧に閉じられていた。
それが何を意味するのか?
ええっと、入れませんね。
柚子柚ちゃん宅の玄関扉は足技で開けることができた。それは玄関扉のノブが棒状で、下ろすことにより開けることができたからだ。けれども僕の家の玄関扉は丸ノブ、回さなければならない。尚且つ僕の家は必ず施錠されているので、鍵を開けなければならない。
鍵はポケットの財布に入っているも、両手が動いてくれないのでは取り出せない。
「…………どうしよっかな」
悩みは数秒で解決する。
開けられないのなら仕方がない、しかして玄関扉は郵便受けを兼ね備えている。ちょうど腰の位置くらいに、投函用の口がある。
人の姿はない、何も問題はない。
投函用の口にお尻を押し付けて尻ポケットから突き出しているノートを押し込もうと獅子奮迅のひたむきさを見せたって誰にもばれはしない。
暑さと恥ずかしさで顔を真っ赤にした辺りだろうか、ノートは無事に投函用の口に入り込んで落ちたらしく、ばさっ、という音が扉の向こうで聞こえた。
「…………ふう、大変な作戦だった」
主に精神的に大変だった。
ともあれ作戦は成功に終わった、これでノートは僕の手に渡るだろう。母が中を見るかもしれないが、ちゃんと僕の手に渡れば問題はない。
こうなれば後は今に戻るだけ、と。
「…………あ、それって待つってことになるのか」
どれだけ待てばいいんだろう。
立ち尽くすこと体感で十数分、辛抱が切れた。一切合切何も動かない上に誰の姿もないところで立ったまま待つのは相当につらい。
「…………白子ちゃんの家に行ってみよっかな」
白子ちゃんの家はお母さんが家にいる時は往々にして施錠していなかったはずだ。しかも玄関扉のノブは棒切れタイプ、足が使えば入れるかもしれない。
この過去から抜け出したら、もう白子ちゃんとは知り合いじゃないかもしれないんだし、思い出でも見に行こう。
「…………はあ」
何やらため息などこぼれてしまう。
ノートを投函したのは失敗だったかな。って、いやいや、違う、あれは成功だった。僕の勝手な思いで白子ちゃんの両腕を今のままにすることはできない。
両腕の入れ替えを戻すために頑張ってきたのに、それでは本末転倒だ。
気持ちを入れ替えて歩き出し、およそ三十分ほどで白子ちゃんの家に到着する。慣れ親しんだ玄関扉を足で開けるという暴挙は、果たして成功した。
呆気なく開いた扉を抜け、玄関口に立つ。
白子ちゃんの靴がある。
帰宅している。
「…………えと、お邪魔しまーす」
大丈夫大丈夫、覗きの類では決してない。ただちょっと思い出に浸るというか、立ったまま歩いたままってのもきついので立ち寄らせてもらうだけだ。
住人の姿は見えないんだし、何ら問題ではない……はずだ。
階段を上がって白子ちゃんの部屋の前に立つ。扉は開け放たれているので、室内は容易に見て取れた。
住み慣れた何もない部屋を見回し、またまたため息など吐いてしまう。
あー、失敗した。いや、ノート云々ではなく、過去に来る前にしっかりちゃんと白子ちゃんと話しておけば良かった。
がっくんがっくん上体を揺らしていた姿でお別れってのは、大失敗だ。
「…………うう。何かみじめったらしいな」
無難にやり過ごすことばかり望んでいた癖に、今更ってやつだ。
もうノートは投函したんだし、戻ってしまえば何かが変わる。何がどのように変わっているのかは不確かなれど、結果を待つより他はない。
部屋に入って床に座り込み、そこでふと気付く。
ベッドに制服が脱ぎ散らかされている。
「…………おお。おお?」
これはもしや、白子ちゃんは帰宅して着替え中だったりするのだろうか。帰宅すると即効で制服を脱ぎ散らかすからなあ。と、制服に見入っていたら、突発的過ぎるほどの不意打ちで左手の甲に痛みが走る。
「おわっ」
咄嗟に左手を見ようとするが、ここにあるのは白子ちゃんの腕だ。左手は思い描いた動きとは異なり、僕の額を撫でた。
「………………ん?」
ああ、なるほど。
白子ちゃんは上体をがっくんがっくん揺らすだけに留まらず、テーブルに倒れ込んだのかな。ちょうどそこにあった僕の左手の甲に額を打ちつけ、驚いた僕が咄嗟に左手を見ようとしたように、自分の額を撫でようとしたのか。
「…………って、ここでも繋がってるんだ」
あんまりにも白子ちゃんの両腕が動かないので、繋がりは消えたのかと思っていた。
えと、繋がってるのなら、どういう状況なんだろ?
僕は四月三日の過去にやって来ているけど、白子ちゃんはさっきまで僕のいた今にいるってことかな?
試しに右手を動かしてみる。
手触りでティーカップらしきものが分かる。冷えたテーブルも感じる。右手を眼前に持っていき、鼻をつまんでみる。
即座に白子ちゃんの左手が動き、僕の頬をぐーで殴った。
「あ、はい、すみません」
聞こえないであろう謝罪を表明して右手を下ろす。
うう、ちょっとお茶目を働かせてみただけなのに、問答無用にぐーで殴られてしまった。ほっぺたが痛い。割かし本気で鼻血が心配になる。
「…………うく」
ん? 何だ、うく、って。
壁際にある姿見を覗けば、心配は杞憂だったことが分かる。
鼻血は垂れていない。
鼻血は垂れていないし、笑っている。
「…………むう」
笑ってるってことは、楽しいってことだ。
何が楽しいんだろう。考えるまでもない、白子ちゃんとこうして繋がってるのが楽しい。
「…………あ、そうだ」
この状態なら、お別れを伝えられるんじゃないか? そう、未だ完璧の精度は得られていないが、授業の度に特訓をしていた。
見えない状態で文字を記す。
「ええっと、伝わるかな」
右手をペンを持つようにしてさらさらと書く仕草をする。この場では何も動いていないが、白子ちゃんにくっ付いている右手は白子ちゃんの目の前で動いているはずだ。
同じ動きを続けていたら、右手に何かが触れる。
細い棒状、先端は尖っている。感触から推測するにボールペンっぽい。それを右手に握って左手で探れば、一枚の紙らしきものを捉える。
「あはは、完璧、完璧すぎる」
自画自賛ながら、完璧なる協力だ。
ええっと、右手でペンを握り紙らしきものがあるのならば、見えずとも文字は書ける。
何を書こう。
戻っちゃったら知り合いじゃなくなってるかもしれない白子ちゃんに何を伝えよう。
「告白しよっかな」
読める文字になっているかは定かではないものの、さらさらと文字を記す。
『あ、えと、好きです』
おおう、生まれて初めて告白した。やたらと頬が熱い、しかも心音がとてつもなく早い。
白子ちゃんの両手がばたばたと何かを探るように動く。
あ、これはあれだね? 書けるものを探してるね?
机に歩み寄って位置調整に苦節しつつ、ボールペンを握らせ、ノートを開かせることに成功する。
椅子に座れば右手がさらさらと動き、角ばって乱れた文字が作られる。
『は? 何だそれ、誰に伝えてんだ?』
えー、この場で伝えるっていったら白子ちゃん以外にないだろう。
『白子ちゃんです』
『好きって何だ? どーいう意味合いだ?』
「……………………」
え、これってまさかの羞恥プレイなのかな? いやいや、白子ちゃんが何でもずばっと言うのは身に沁みている。
『一緒にいたら楽しいな的に好きって意味合いです』
『ああ、そうなの?』
「……………………」
ん、終わってしまった。
えっと……あ、そっか、過去から戻ったら知り合いじゃなくなってるかもっていうのは、白子ちゃんは分かっていないのかもしれない。
だとしたら、どう伝えよう。
『過去に戻って両腕が入れ替わらないようにするっていう作戦を成功させました。うまくいってれば両腕は入れ替わらないと思うんだけど、そうなったら僕と白子ちゃんは知り合ってもいない関係になるかと思われます。つまり、この二ヶ月近くの付き合いがなくなってしまい、お互いに知らない者同士になるかもしれないので、今の気持ちを伝えたく告白しました』
『なげーよ! 読めねー! ふざけてんのか!?』
「…………えー、めっちゃ怒られた」
見えないながらも必死に書いてるつもりなのに、長文は無理があるのか。白子ちゃんの右手は苛立たしげに動き、更には握り締められた拳がばんばんと机に振り下ろされている。
うわー、本気で怒ってる。
勇気を振り絞って告白してるのにめっちゃ怒られてる。
『と、とにかく好きです』
『それは分かったっつーの、だからどうしたいんだよっ』
がりがりと書き殴られる文字に、はてと頭をひねる。
どうしたいのか?
「…………んん? ええっと、白子ちゃんと今みたいな関係を続けたい、かな。いや、でも両腕の入れ替えがなくなっちゃったら、そうはならないだろうし……かといって両腕を元に戻さないわけにもいかないし…………」
じれんまってのに苛まれながら文字を記す。
『両腕が入れ替わらなくても、白子ちゃんと今みたいな関係になりたいです』
ボールペンの先がとんとんとノートを叩いている。思案してるのかな? いや、完全なる想像で淡い夢みたいなものだが、もしかしたら柚子柚ちゃんが白子ちゃんに説明をしてくれているが故の待ちかもしれない。
僕が過去を変え、今に戻ったらどうなるのか、僕には分からない。
でも、柚子柚ちゃんには分かっていて、ノートに記された文字を読み、どうなるのかを白子ちゃんに伝えてくれているのかもしれない。
「……って、期待し過ぎかな」
しばしの待ちの後、右手がさらさらと文字を記す。
『明日、四月四日、クラスメイトのトイチンに話し掛けろ』
「…………ん?」
『えと、どういうこと?』
『トイチンはあたしを楽しませる、信じて声を掛けろ』
『あの。おーい、白子ちゃん?』
『おい、あたしの言葉が伝わってるってことは、どっかに書いてんだろ? その書いたもん、あたしの目に触れるようなとこに置いとけよ』
「…………んん?」
目の前のノートをためつすがめつ。
あー、そういうことか。僕の文字は今で記されているから、両腕の入れ替わりが発生しないように過去を変えたら、今も変わり、僕の文字は残らないかもしれない。
でも、この場で白子ちゃんが記している文字は残る。
白子ちゃんのノートに記載されている文字は今からの干渉、過去の改変だ。僕が僕に宛てたノートを過去の僕が見つけて白子ちゃんとの両腕入れ替えを防ごうとするように、白子ちゃんもこの場に残された文字を見て、何かを変える。
何を変えるのか。
僕が避けようとしても、白子ちゃんは文字に記載されていることを実行する。
『明日、四月四日、クラスメイトのトイチンに話し掛けろ』
『トイチンはあたしを楽しませる、信じて声を掛けろ』
その二つが実行される。
これってつまり……告白が伝わったってこと?
『あ。ここ、白子ちゃんの部屋だからノートは目に入ると思う』
さらさらっと記せば、右手が乱雑に動き、ぐっちゃぐちゃの文字を記す。
『は? 何であたしの部屋にいんだよ、何してんだ?』
「……………………」
あ、伝えなきゃ良かった。失敗した、大失敗だ。左手の人差し指が不機嫌そうに机を叩いている。
『えと。思い出を見に……』
『は?』
『……………………』
あー、なるほど、まだまだ完璧には程遠いってのを理解した。
お互いの姿が見えない状態で筆談による意思疎通はまだまだ練習が足りないね。だってもう、白子ちゃんの右手が怒りでぷるぷる震えてるからね。
長文は判読できなくなる、短文では意志が伝わらない。
いやはや、困ったものだ。
耐え難い沈黙と目に映る白子ちゃんの両腕に居た堪れなさを感じていると、不意に暗闇が覆い被さってきて、場面が変わる。
過去から追い出されたんだな、というのは感覚で分かった。




