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  作者: 佐藤
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閉演

ぱらぱら ぱらぱら


雨が降る


きっとそれはこれからも変らなくて、


例えこの雨が上がったとしても、


遠くない未来にまた同じように雨はふる――


だからぼくは探していた。


ずっと、ずっと・・・


傘を使うための理由を探していた。


でもおかしな話だよね?


傘なんてものは雨に濡れないために生み出されたもので、


本来雨から身を守るため以外の使い道なんてないはずだ。


だとしたら傘を差す理由なんて1つだけだよね?


“雨に濡れないため”って言う理由だけ――


           ***


 日がまた昇り沈むように、波がよせてはかえすように、雨はこれからも降っては止みを繰り返すのだろう。もちろん未来はわからない。わからないが、それはほぼ普遍的なことのように思えた。が、全てのものがそうかと言うとそういうわけではない。どんなものもこの世に生み出された時点で時間という流れにそって生きていかなければならないのだ。どんなに抗いて留まっていようとも風景はゆっくり確実に変化していく。


未来永劫変らずに繰り返され続けることと、


確かな形を保てず変化し続けること――


そのどちらがいいか聞かれたら藍那は確実に後者だというだろう。飽きっぽい彼女のことだ。同じことを永遠にし続けても途中でつまらなくなってしまうだろうから。

「あーあ、まだ雨降っている。向こうの空なんて明るいのにしぶといわね。」

澤田篤宅の扉を開けて外に出た藍那が空を見上げて眉をしかめた。その隣に並ぶ彰も同様に青と灰色とでまだら模様になっているそれを見る。雲の隙間から差し込む光に反射してパラパラと振る雨がキラキラ輝いて見えた。

「よかったんですかね?」

「なにが?」

「いえ、そのぉ、あの二人を残してきちゃって・・・」

彰は閉じられた扉の向こうを見るかのようにチラッとそれに視線を流した。

「いいんじゃない?別に。あくまでも取材のメインはご両親なんだし、あそこに留まっていたらそれこそいつ帰れるかわかったもんじゃないでしょう?それに、もうあの人たちの間にわだかまりはないだろうし、ね?」

ふっと笑いかけられて彰の瞳にも柔らかな色がともる。

「俺は・・・彼らのために何かすることができたんでしょうか?残された人たちのために・・・」

「・・・さぁね。それを決めるのはあなたなんじゃない?結局親切心なんて自己満足の塊みたいなものなんだし・・・でも、私はよくできたと思うわ。」

藍那は背伸びをしてぽんぽんと彰の頭を撫でた。彼ははにかんだように笑った。

「さっ、日が暮れる前に帰るわよ。」

「はい!!あっ、藍那さん!!」

「――ッ!?」

傘を開こうとした彼女の手を彰はやんわりと握ることで遮った。そして自身の傘をポンッと小気味よい音を響かせながら開いたのだ。出会ってから今まで自らの意思で開いたことのなかったその傘を――

藍那は今までとは違う彼の行動に軽く目を開いた後、まるで自分の子どもをほめている母親のように口元をほんの少し緩めた。

「あんたもようやく常識人の仲間入りをする決心がついたみたいねぇ。関心、関心。まっ、これで他の人も――ッおわっ!!」

が、彼女が握られた手をやんわり振りほどき、もう一度傘を差そうとする前に男は藍那の手をギュッと握りなおして雨の中へ飛び出した。

「ちょっ!?まって!!待ってよ!!まだ私、傘差してないから!!濡れるでしょ!!」

「どうして?」

「はぁ?そりゃぁ、雨が――って、あれ?」

「ね、濡れないでしょう?」

確かに言われてみれば藍那の体は降りしきる雨の中でまったく濡れてはいなかった。それもそのはず。なぜなら

「・・・・・・あんたバカ?自分が滅茶苦茶濡れているじゃない。」

彰は自分の傘を藍那に差しかけており、彼を雨から守るものなどないからだ。

パラパラと降る雨が男の頭上にのみ降り注ぐ。

彼は笑っていた。

「これでいいんですよ。」

「せっかくの一張羅がずぶ濡れになるのに?」

「ええ。だって俺は雨に濡れることが嫌じゃありませんから。」

「――ッ!!」

ハッと息を呑んだ藍那に男は向き直った。手にする傘を彼女に差しかけたままで・・・

「藍那さんはさっき駅から傘も差さずに出ようとした俺にこれを差しかけてくれましたよね?自分が濡れることも厭わず、あなたの傘を差してくれた・・・それを見てパッと閃いたんです。」

「閃いたって・・・あなたが探していた答えが?」

「――はい。俺が探していたそれは本当に簡単なことでした。そもそも傘ってなんで作られたと思います?それが生み出された意味は?」

悪戯を思いついたような子どもの目をする彰の問いに彼女は口元に手を当てながら唸った。

「う~ん、そうねぇ・・・たぶん雨に濡れないためだと思うけど?昔のことはよく分からないけれど・・・」

「そうですね。俺もそう思います。でも傘が雨から身を守るために生み出されたものならば、やっぱり傘を差す理由は雨に濡れないためであり、それ以外の理由をひねり出すことは傘が生み出された意味を否定すること――その存在を否定することに繋がるわけです。」

そう言い切った男の言葉を大げさだと思う気持ちはある。が、確かに理屈は間違っていないのだ。

少なくとも傘が雨から身を守るためのものとして世間に認識されていることは間違いではないのだから。

「傘は雨に濡れないために使うもの――その理由を変えることができないのならばどうしたらいいと思いますか?答えは簡単です。方法を変えればいい。」

「・・・・・・どういうこと?」

怪訝な眼差しを向ける藍那に男はそっと歩み寄った。そして

「傘は雨に濡れないために使うものです。けれどその対象は限定されていません。俺は・・・自分の傘をあなたのために使いたいんです。」

と言って、キョトンとする藍那の頬を左手で包み込む。男の手はひんやりと冷たかった。

「自分は雨に濡れてもいいんです。だって、それが好きだし、そうすることを望んでいますからね?でも俺がそうだからといって自分の大切な人もそうだとは限らないでしょう?・・・もしどうしようもない自分を思ってくれている人たちの優しさがつまった傘があるのなら、俺はそれを自分のためではない誰かのために使いたいと、そして何よりも1番大切に思う人のために使いたいと思ったんです。こんなふうに、ね?」

そう言って藍那に差しかけられた傘を少し傾けながら彰は笑う。宝物を見つけた子どものように、愛する者を包み込む大人の表情で、彼は微笑む。

それはまるで雨上がりの風景のようだ。

温かい木漏れ日のような光を浴びてキラキラと輝く雨粒が作り出す清涼とした風景――

「それが・・・あなたの答え?」

そう言ってじっと見つめる女に男は

「はい!!」

と力強く頷いた。その拍子に彼の髪についていた一粒の雨がキラリと一瞬輝いた。

「そう・・・そっか、うん!!」

「ちょっ!!藍那さん、まって!!」

両手を後ろで組み、のんびりと歩き出した藍那を彰が慌てて追いかける。きっと雨の中をこうして歩いていても、彼女が濡れることはないだろう。藍那の傍らにこの男がいる限り――

「あのぉ、藍那さんはどうするんですか?」

「んー、何が?」

「いや、だから、そのぉ、東京に行っちゃうのかなぁって、思って・・・」

伺うような上目遣いは出会ったときの子犬のそれとなんらかわりがなくて、先ほどまでの堂々とした姿が嘘のようである。

人が変るということはそういうことなのだ。

藍那はクッと口の中で笑いをかみ殺すと、

「まっ、今のこの状況が答えってことよ。」

と言って、彰の頬に羽が触れるようなキスをした。

「――ッ!?あ、藍那さんッ!??」

顔をほんのり赤く染めて硬直した男。それを見て

「――ふっ・・・アハハハハッ!!」

と彼女は声を立てて笑った。

藍那が出した答え。

それはこの町に残ることであり、女の瞳に迷いはなかった。なぜなら、彼女は後悔する覚悟を、苦しみ悩む自分を受け入れる覚悟を決めたのだから。

「全然答えになっていませんよぉ、藍那さん!!結局どっちなんですか!!」

「さぁね。そんなこと自分で考えなさい!!」

「そんなぁ・・・」

背中を押したのはこの頼りない男だ。そして藍那はもう少し自分のためだけに傘を差し続けてくれる彰の傍にいたいと思う気持ちに素直に従うことにした。答えを導き出すきっかけはそんな簡単で単純なことでいいはずだ。


「うぅ・・・藍那さんは卑怯です!!こっちの気持ち知っていて自分のものは見せないんだから・・・」


ぶつぶつと文句を言う男。


「ふ~ん、そういう生意気なこと言う口はこれかなぁ?」


と言って、その口を横に引っ張る女。


「いひゃい!!いひゃいです!!あいなひゃん!!」

「痛くしているんだから当たり前でしょ!!」


そんな二人が雨の中を並んで歩いてく。


男の持つ傘にはじかれた雨粒が空に帰ることはないけれど、きっとその一粒が持つ輝きは誰かの心に刻まれるはずだ。


人々の目を奪う一瞬の輝きとなって。



               ***



雨が降っていた。


ぱらぱら ぱらぱら


全てのものに降り注ぐように。


ボクは傘を持っていた。


なぁ~んてことのない


百円で買ったちゃちなビニール傘を。


でもね?


ボクはそれを差そうと思わなかった。


雨に濡れることを厭うほど偉大なニンゲンではないし、


もとよりそれが好きな性分だったのだろう。


だからボクはそれを手に持ったまま歩こうと思っていたんだけど・・・


お節介な新米教師のおかげで見つけちゃったんだ。


その傘を使う理由、ううん、使いたいと思える理由を。


だからボクは傘を差さずに歩いていく。


いつか心から大切に思える人に、この傘を使いたいから――


ここまで読んでくださいましてありがとうございました!!

そもそもこの話、以前書き上げたものを投稿しているので連載にする必要もなかったのですが、場面転換もあり、ちびちび分けて投稿することにしたんです。普段はもっと小説を書くのに時間がかかりすぎるくらいかかる人間です(笑)

さて、今回のお話ですがいかがだったでしょうか?

本当はこの作品、夢を諦めないで追いかけ続けている友人に向けたエールみたいなものだったんです。ほら、夢を追いかけ続けるって難しいですよね?いつまでも情熱を燃やし続けて、それを追いかけるには好きなことだけを見続ければいいんですけど、なかなかそうはいかないのが世の中で・・・

だから当初は夢を追いかけることを諦めたっていいじゃない!!ってことをその友人に伝えたくてかき始めたんですよ。昔思い描いていた夢を追いかけるのもありだと思うけど、今の環境に合わせてその内容を変えたって逃げたことになんてならないよ!!って感じのことをかきたかったんですが、なぜか途中からメインが「傘をさす理由を探せ!!」みたいになってしまいました(笑)どうしてだ!!


そして最後に、ジャンル等を見て読み始めたのに、思っていたのと違ってたという方がいましたら本当に申し訳ありませんでした。なにぶん自分が書く小説のジャンルがわからなくていつも首をかしげているもので、今回もなにをあてはめていいかわからなかったというのが正直なところです。


まだ過去に書き上げた作品が少しと、書きあげられていない作品がありますので、ちょこちょこ投稿させて頂こうと思っています。

もし今回の作品を読んで、こんな感じの雰囲気を気に入ってくださった方がありましたら、次回もよろしくしてやってください。

本当にありがとうございました。

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