群集劇?
ぱらぱら ぱらぱら
雨が降る。
僕の頭上に、草木の上に、そしてみんなの傘の上に。
ぱらぱら ぱらぱら
雨が降る。
でもね?
眠りから目が覚めるように
西の空に太陽が沈むように
この雨にも終わりが近づいている――
だって灰色の空の隙間から、
微かに光が差し込んでいるんだ。
だからさ、
ぱらぱら ぱらぱら
終わりに向かって、
僕の好きな雨が降る。でも―
「え?」
唐突に止んだ雨。
見上げた先に灰色の空はなくて、
「――せん、せい?」
困った顔をした新米教師が立っていた。
***
男の呟きは雨音にかき消されてしまいそうなほど微かなもので、それは自身に言い聞かせるためだけに紡がれたように思えるものだった。いや、実際男は自身に言い聞かせていたのだろう。
藍那の手を握っている彼の手が微かに震えている。が、それでも太郎はけして前方から迫る男たちから視線をそらす事はなかった。そして、彼女の手を引き、逃げ出すこともまたしなかったのである。
「ハァ、ハァ。酷いじゃないですか、先生!!俺たちを置いてきぼりにするどころか、盗撮犯にしようとするなんて!!」
「そうッスよ!!マジであの奥さん怖かったんですからね!!逃げるまでに何度箒で頭を叩かれ、脛を蹴られたことか・・・うぅ。」
「はぁ、それはどうも失礼いたしました。と言っても、俺はあなたたちを盗撮犯呼ばわりしたことなんて一度もないんですから、それは言いがかりというものですけどね?」
太郎はそう言ってずんぐりした男の訴えをやんわりと微笑みながら受け流した。取り付く島もないその態度に男たちはさすがに面食らったようだった。
「なっ!?そりゃぁ、ちょっと酷いんじゃないですか、先生?確かにあなたは盗撮犯だなんて一言も口にしていませんが、えっとぉ・・・先生の?」
「妻です。」
「そうそう、奥さんが仰ったことなんですから。・・・・・・ん?え?あれ?先生ってご結婚なされていましたっけ?」
キャッチセールスマンのような胡散臭い男が目をぱちくりさせる姿を見て、太郎の肩がふるふると小刻みに震える。彼は笑いを堪えているのだ。
「先輩なに言ってるんッスか!!独身だってことは事前調査で判明していたでしょう?騙されちゃいけません!!」
「そ、そうだな。今日婚姻届を出したなんていう偶然がないかぎり奥さんがいるなんてありえないよな?で、実際はどうなんです、先生?」
好奇心を丸出しにしたようなぶしつけな視線を投げかけられて、太郎は動揺するそぶりを見せるどころか、かみ殺しきれなかった笑みを口元に浮かべながら
「ふふふ、さぁ、どうでしょう?俺は自分以外の人が何を考えているかなんてわかりませんから、なんともいえないというのが率直な意見なんですけどね?どうやら今日はまだ俺の奥さんでいてくれるみたいです。これほど心強いことはありません――」
と言って芝居がかった仕草で胸元に右手を置いた。それを見て今度はずんぐりした男のほうが目をぱちくりさせる。
「えっとぉ、先輩?」
「・・・なんだ。」
「いや、あの、この先生前々から大丈夫かなぁって思ってはいたんですよ。ほら、雨の中傘持っているのに差さずに歩いていたりしたし・・・どうやら本当にイカれちまったみたいッスよ?」
「・・・・・・」
沈黙は肯定なのだろう。彼らの表情は太郎に対する同情や軽蔑で溢れている。藍那自身、彼のことを知らなければ男たちと同じ顔をしていたはずだ。知っているということと、知らないということの間にはこんなにも大きな壁がある。彼女は太郎を知っている。だから、彼の言動、行動にそんな表情をすることはない。ただ、それだけの話だ。が、それはとても大きな違いだった。
「で、結局あなたたち何者なの?」
「「「え?」」」
なんともいえない沈黙を破ったのはあきれ返った藍那の声で、それぞれが驚きの表情を見せた。
「もしかして奥さんしらないんッスか?」
とはずんぐりした男のセリフ。
「俺たちは怪しいヤツじゃない!!立派な勤め人だ!!」
とはキャッチセールスマンのセリフ。
「えっとぉ、それって俺も含まれています?」
と自身を指差して首を傾げるのは太郎で、藍那ははぁと肺のそこから息を吐き出すと、キッと三人を睨みつけた。その迫力にいい年をした男たちが思わずたじろぐ。
「あんたたち!!」
「「「はいッ!!?」」」
「言っておくけど、私は部外者なわけで、何にも、これっぽっちもあんたたちの関係性を知らないの!!つーか、そもそもこの男の本名さえ教えてもらってないんだからね!!」
「ぐえっ・・・藍那さん、苦しいから!!首しまってます!!」
「はぁ、そうですか?って、あなた奥さんなんでしょう?」
「そうよ!!それでも知らないものは知らないんだからしょうがないじゃない!!自分で調べている時間もなかったし、関係者に教えてもらうのがてっとり早いでしょ!!」
「えっと、それはそうかもしれないッスけど・・・それでいいんッスか?奥さんなのに?」
「悪い!!」
「いや、悪くはないッスけど・・・先輩?」
「・・・俺にふるな。」
「・・・・・・すいません。」
再び落ちる沈黙。
ずんぐりした男は体を縮め、キャッチセールスマンは不機嫌そうにプイッとそっぽを向き、太郎はバツが悪そうな顔をしているだけで、誰かが事情を説明するそぶりはない。が、藍那もこれに関しては譲れなかった。
自分だけが蚊帳の外では話にならない。同じ舞台にもたてないのなら、妻としての役を演じる意味が、いや、太郎の力になってやることができないのだから。
震える手を握り返してあげることはいくらでもできる。が、震えなければならないような事態が消えてしまえばそれに越したことはないのだ。彼が1人になっても真っ直ぐと前を向いて歩けるようになれるのならそれが一番いいに決まっていて、だから藍那はそのために彼と彼を取り巻く状況を理解する必要があった。
藍那はそれを知る手段として胡散臭い男たちからのセリフを待つ。が、意外なことに沈黙を破ったのは太郎だった。
「ごめんなさい・・・・・・」
「どうして・・・謝るの?」
「初めて会ったとき、あなたは俺を助けてくれました。思いやりがあって、優しい藍那さんらしく、親切心からの行動だったんでしょう?そのおかげで俺は警察に連行されずにすんだわけで、久しぶりに軽蔑ではない感情を向けられて嬉しかった。でも俺はそんなあなたを信じることができなかった。俺は本当の自分を見せることで藍那さんが疑惑の目を俺に向けるかも知れないと疑いました。だから名前を言うことも事情を説明することもできなかった。そんなつもりはなかったけれど、きっと根底では藍那さんの本質を疑っていたんです。思いやりは誰しもが持っているものですが、それが永続的に与えられるものではないことも、いとも簡単に自身から離れていってしまうことも俺は知っているから、だからあなたの優しさも簡単になくなってしまうものだと思っていました。すみません・・・」
「そう・・・」
「でも、藍那さんは隣にいてくれました!!偽名を使っても、事情を話さなくても、変な奴らに追いかけられても、こんなにややこしくて面倒くさいヤツでも傍にいてくれました!!俺の話をみんなは疑うし、耳を貸してもくれないけれど、藍那さんはきっと信じてくれると思うから、いえ、信じてくれなくても俺が聞いて欲しいと思える人だから、だから、俺の話を聞いてくれますか?」
全自身ずぶ濡れの男が自分よりも一回りほど小さい女に向かって必死になっている姿は、はたから見ればひどくカッコ悪いものに違いないと藍那は思う。けれど、その必死さが自分に向けられていることが嬉しいこともまた事実で。こんなかっこ悪い男を大切に思ってしまう時点で、出会って間もないこの男に好意を抱いている自身を認めざるをえないと、彼女の口元に苦い笑みが浮かぶ。
初めて声をかけたのはただの親切心。
もう少し一緒にいようと思ったのは答えを探してさ迷う同士だったから。
そして、一緒に雨の中で抱き合ったのは自分ですら分からなかった心の中にある思いを引き出してくれたから――
それだけあれば人を好きになる理由なんて十分だ。
「私以外があんたみたいな変人の言うことに耳をかしてくれるとでも思ってるの?変人には私みたいな変人しか付き合えないの。ほら、聞いてあげるから完結に話してよね?」
そういって悪戯っぽく笑う藍那を見て男は歯を見せて笑った。それは子どものような無邪気な笑みだった。
「俺の本当の名前は、藤波彰――隣町の中学教師をやっていましたが、今はご存知のとおり変人をやっています。」
「ふじなみ?別に聞いた覚えはないと思うんだけど・・・」
「まっ、そりゃそうでしょうね。隣町ならいざ知らず、ここまで名前なんて伝わるわけがない。マスコミだって名前はふせていたんですから。」
「ッ!?あんた!!」
「まぁまぁ、そういきり立たないでくださいよ、奥さん。俺は“あんた”なんて名前じゃなくて、高木慎二っていう歴としたフリーのライターです。で、こっちがカメラマンの渡辺富雄。」
「どうもッス!!」
渡辺はそう言ってずんぐりした体をペコリと下げた。
「で、そのライターさんがなんでこの人を追っていわけ?別に何のとりえもなさそうな顔した、そこらへんにいる男じゃない。特に面白そうなネタを持っているなんて思えないけど?」
「・・・藍那さんって何気に酷いですよね。」
「今頃気がついたの?」
「・・・・・・」
黙り込んだ彰の姿をみた高木がしのび笑いをもらす。そしてうっとおしそうに雫が滴り落ちる前髪を手でかきあげると、チラリと藍那を見てふぅとため息をはいた。
「奥さん、本当にしらないんですか?」
「うん、知らない。」
「って、そんなにあっさり言わなくても・・・まぁ、妻なんていうのは嘘にしても恋人か友人か、親戚か、とりあえず、先生とゆかりのある人なわけでしょう?」
「ううん、今日はじめて会ったばかりだから、いわば赤の他人?」
「は?」
「で、そんなことよりもったいぶってないで教えてくれてもいいんじゃない?」
こともなげにさらりと言われたセリフに高木は一瞬思考がついていかず、藍那の問いかけに答えることも忘れて間抜け面をさらけだす。
それをはたでみていた渡辺が不安そうに彼の袖をくいくいっと引っ張った。
「ねぇ、先輩。俺、またまた前から思っていたんですけど・・・この人って綺麗な顔して、本当は先生なんか目じゃないほど変な人なんじゃないッスかぁ?係わらないほうが――」
「それ以上先は言うな!!俺だって思わないわけじゃないんだから・・・」
「・・・うぃッス。」
「あんたたち、本人目の前にして失礼極まりないわね。」
キッと睨みつけられて、男たちの肩がビクッと面白いほど跳ね上がる。渡辺といえば高木の後ろに身を隠すしまつで、藍那の眉が一段とつりあがった。
「あぁ!!!ほら、俺たちが先生を追いかける理由でしょう?わかってますよ、えっとぉ――」
「須藤藍那。」
「そう、藍那さん!!」
「気安く名前で呼ばないでくれる?」
「・・・はい、須藤さん。」
そう言って引きつった笑みを浮かべる高木の後ろで、先輩がんばれぇ~といった小さな声援が微かに聞こえてくるが、彼女はそれを無視することにきめた。ここで、反応を返せばまた話がややこしくなる、もとい、進まなくなるからだ。
「藍那さん、そのくらいにしてあげたらどうです?真相は俺が話します。でもその前に今までの言葉を聞いて、あなたは何か思い浮かべませんでしたか?」
「何かって?名前くらいしか――」
「隣町・・・」
「へ?」
「隣町。中学生教師。マスコミ、いや、あなたの場合ニュースかもしれません。この単語から連想されることです。」
「って、いわれても・・・」
じっと彰に見つめられて藍那は眉間に皺を寄せた。
「ニュースってことは何か事件がおきたってことでしょう?んでもって、それはきっと隣町でおきたわけで・・・中学生教師が関係しているもの・・・ん?」
何かが藍那の頭の中をよぎる。
そう、あれは今朝の出来事だ。
なかなか出せない答えに苛立って、何も考えたくないと静寂から逃げ出すために付けたテレビではありきたりなつまらないニュースばかりがやっていた。
内閣総理大臣の献金問題。
杉並区烏丸町で起きたコンビニ強盗事件。
その後は?
それは確か・・・
「隣町でおきた・・・中学生の自殺疑惑?」
そう呟いた彼女の言葉に彰は寂しそうに力なく笑った。
「そう・・・俺はその自殺したといわれる子どもの担任だったんです。あなたが警察官に付いた嘘は嘘なんかなどではなく、真実だったんです。」
「う・・・そ、でしょう?」
呆然と呟いた藍那の声に応えるのはどこか困ったように笑う男の顔で。彼女はこのときになりようやく彼があれほど驚いていた理由に行き当たる。
彰は藍那に自殺疑惑のある中学生の担任扱いされたことに驚いていたのではない。彼の知人ですらない初対面の女性がその事実を知っていたことに驚いていたのだ。もっともその後の言動から藍那があてずっぽうに言った言葉が的を射ていたという事実を知るわけだが、それでも彰にしてみればこんな偶然もあるのだと驚きを隠せなかったことだろうと言うことは容易に想像できた。
そんな驚く藍那を尻目に男はひどく静かだった。静かに伏せられた瞳が彰の表情に影を与える。
「彼は・・・変わった子どもでした。他の生徒たちがグループを作って遊んでいる横で、いつもその輪を眺めているんです。誘われてもそれに加わろうともせず、羨ましそうな素振りも、寂しそうな素振りもまったくみせないで、ただぼうっとクラスメイトの行動を眺めている。そんなどこかつかみどころのない生徒でした。でも、それがクラスの子どもたちには不気味に移ったんでしょうね。いつの間にか彼はクラスでも浮いた存在になってしまっていたんです。俺は・・・担任として、なんとか彼とクラスメイトのなかを取り持とうと、よく彼に話しかけていました。何か不安がないか、本当は寂しい思いをしているんじゃないか、上手く人とコミュニケーションがとれなくて困っているんじゃないかって、余計な詮索をしてみたものです。でも、本当に彼がそんな感情を抱いているなんて微塵も思えなかった・・・だから俺は純粋に不思議に思って『なんで友だちが誘ってくれているのに一緒に遊ばないの?』と、思わず聞いてしまったことがありました。ふふふ、そうしたら彼、なんていったと思います?」
「そうねぇ・・・私がその生徒だったらたぶんこう言うわ。『遊びたくないから遊ばない。ただそれだけだよ。』ってね?」
そういった藍那の言葉に彰は歯を見せて笑った。
「やっぱり・・・」
「?」
「藍那さんなら、きっとあの子と会話らしい会話ができると思います。」
「と、いいますと?」
「あの子もそんなようなことを言っていました。それはもう不思議そうな顔をして『なんでって・・・別に今は遊びたいと思わないからだけど?僕だって遊ぼうと思えば遊ぶし、そうじゃなければ遊ばない。先生だってそうでしょう?今更なんでそんな当然のこときくの?』なんていわれてしまいました。俺はその言葉にあぁ、そうか、って酷く納得してしまって、たまらなく恥ずかしくなったんです。大人が考えている以上に子どもはずっとしっかりしていて、それこそ俺のやろうとしていることなんて余計なお世話だったんだって・・・」
「でも、結局その子は自殺した。あなたがそこで職務を放棄して、彼を放っておかなければこんなことにはならなかったんじゃないんですかねぇ、先生。」
「それはッ!!だから、違うんです!!彼は自殺したわけでは――」
「ないなんて言わせませんよ!!そんなのあんたのエゴだ!!自分が彼を死なせたことを認めたくないからこそ、彼が自殺したという事実から目をそらしているだけだろ!!」
「違う!!俺があの子が死んだ理由を事故だというのは自分の身が可愛いからじゃなくて、あの子は自殺するような子じゃないからです!!」
「でも、現に自殺しているじゃないか!!」
「だからッ!!」
「はいはい、すとぉーっぷ!!先輩も若作りしていますけどいい年なんですから、そんなに興奮しないで欲しいッス。頭の血管きれちまいますよ?」
「うるさい!!」
渡辺はずんぐりとした自身の体を大いに活用し、声を荒げて怒鳴りあう高木と彰の間に入った。ただ事情を飲み込めていない藍那だけが困惑した表情をしており、どういうこと?と事の次第を問いかける。
「それがわからないんッスよねぇ。」
「はぁ?」
「その自殺したって言われている子なんッスけど、実際は事故かもしれないんッスよ。」
「事故?車に引かれたとか?」
「まぁ、そんなところッス。実際は電車なんッスけどね?駅のホームから落っこちたのか、それとも自分から落ちたのかはよくわからないというのが本当のところッス。ただ、先生も言っていたようにその子はクラスメイトの輪からいつも外れていたというわけで、いじめられていたんじゃないかってマスコミ各社は疑っているんッスよ。それを苦に自殺したんじゃないかって。」
「でも、事件当時の状況はどうだったの?自殺しか考えられないような状況だったとか?」
「いえ、そんなわけじゃないッス。事件がおきた日は丁度雨が降っていて駅のホームは滑りやすかったし、その影響で普段電車に乗らないような人までも乗ろうとしていたこともあって、すごく混雑していたみたいなんッスよね?だから、誰かに押されて、もしくは足を滑られてホームに落っこちちゃったなんてことも十分考えられるんッスよ。」
「なら――」
「とは言っても、彼にはもう一ついじめられていたからこそ、そんなことをしていたんじゃないかっていう奇妙な行動があったんです。普通の神経ならまずしないことで、いじめから来る精神的なストレス、もしくは心のバランスが崩れたことがその行動の原因じゃないかって、お偉い精神科の先生たちは口をそろえていっている。」
高木はそう言って苛立たしそうに前髪をかき上げた。どうやらこれがこの男の癖らしい。
「奇妙な行動って?」
「それは――」
「傘を差さないんです。」
「え?」
「雨が降っているのに・・・手に傘を持っているのに・・・彼はいつも傘を差さずに歩いていたんですよ、藍那さん。」
そう言ってじっと藍那を見つめる彰の瞳が今にも泣き出しそうに歪んで見えた。
「あの日も・・・今日と同じような雨が降っていました。霧雨のように細かいものではなく、かといってザァザァと音が立つような激しい雨でもない。パラパラという表現がしっくりと当てはまるような雨が降っていて、あの子は百円で買ったようなちゃちなビニール傘を手に持ちながら、その中を歩いていました。そしてそれが、最後に見た彼の姿だったんです。それから数時間もたたないうちにあの子は亡くなってしまったから――」
そんな彰の言葉を受けて高木の口元がへの字にまがった。腕を組み、指先でトントンと規則的にそれを叩く姿からは、男が苛立っている様子が見て取れる。高木は確かに腹を立てているようだった。
「だから俺たちは先生に話を聞きたいと取材を依頼しているんでしょう!!それなのにあんたときたら、話すことはないの一点張りで、取り付く島もない。いい加減にしたらどうです?それとも、人には言えないような後ろ暗いところがあるから、俺たちから逃げ回っているんですか?」
「・・・・・・」
「はっ!!だんまりかよ!!」
ぐっと彰の胸倉を掴んだ高木の手を渡辺が慌てて止めにかかる。
「だから先輩も落ち着いて!!先生も先生ッス。確かにマスコミ各社はあなたがいじめを知っていて黙認していたって疑っていますけど、そうじゃないならいきなり教師を辞めて雲隠れするなんてことしなければいいじゃないですか?堂々としていればいいだけの話ッス。それに自殺した子どもと最後に会っているのはあなただけで、その直後に彼が死んだとなれば、先生に疑いの眼差しがいくのは当然でしょう?世間の関心がそのときの会話に向けられるのは必然で、先生もそのときのやり取りを話せばいいのに。」
そう言って唇を尖らせる渡辺にむかって藍那は静かに問いかた。
「・・・・・・それはどうかしら?」
「どう、って?」
ギュッと拳を握り締めて俯く彰の姿を瞳に入れて、藍那の目がすっと細められた。
『でも、俺はそれをなくしちゃいました。たくさんの人の信頼と期待を裏切った結果になって、俺は今まで自分が育ててきた絆の殆どをなくしたんです。残ったものは不信と同情とほんの少しの好奇心を宿す視線ばかりで、本当はもとからそんなものなかったんじゃないかって思うほどあっけないものだった。』
ふと、彼が漏らしたそんな言葉を思い出したから――
「世間なんてものはいつだって納得できるような答えを求めているものでしょう?例えそれが真実であったとしても、しっくりする答えでなければ疑いの目は消えなくて、正しいことを正しいと言ってもまかり通らないのが世の中だと思う。だから、犯罪が起きればその理由を探そうとするし、罪に対して罰が与えられれば、それが誰だってかまわないものだから冤罪だって生まれてしまうんじゃないのかしら?きっと、彼は言ったと思うの。自分の上司に、両親に、友人に。その自殺したって言われている子はいじめなんて受けていないって、最後にあったときもたわいのない話をしただけなんだって、いったんだと思う。でも、それは彼らの納得できるような内容じゃなくて、だから信じてもらえなかったのよ。自分をよく知る人に信じてもらえないなら、いえ、納得してもらえないなら、世間だってそうだと思ってもしかたがないんじゃない?」
「うぅ~ん、そういうもんなんッスか?俺は言ってみなくちゃ分からないと思うんッスけど・・・もしかしたら、信じてくれる人間はいるかもしれないでしょう?」
しきりに首を捻る渡辺を見て、藍那はふっと息がつくように笑った。
「そうね、確率的に言えばまったくゼロってわけじゃないと思うわ。でもね?素通りされる言葉がどんなものなのかを彼はよく知っているのよ。それがどんな気持ちを与えるものなのか、自分の心にどんな影響を与えるものなのか・・・彼はもう十分すぎるほどそれを感じてきたはずだから、ね?」
「・・・・・・」
パラパラ パラパラ
雨が降る。
傷を負う男の頭上に
それを痛む女の上に
涙のような雨が降っていた。
「俺は――」
ふいに俯いていた彰がすっとそれを上げ藍那の冷え切った手をやんわりと握った。そしてまるで祈るようにそれを胸の前でギュッと握りこむ。
「嫌だったんです。あの子がいじめを受けているような“かわいそうな子ども”だと、世間に思われるのが、堪らなく嫌だった。だって、彼は何一つかわいそうなことなんてなかったのに!!1人でいることは可哀相なことなんですか?雨が好きだと言ってそれに打たれている姿は痛ましいものなんですか?自分の気持ちを他者に言わないことは、人と係わることができないという証明になるんですか!!その全てを彼が望んでいたかどうかなんて俺にはわからないけれど、その全てが望んでいなかったとものだと断言することだってできないはずだ!!」
握られた手に額を付けるように折り曲げられてた体から搾り出すように紡がれた言葉は大人の男から発せられるギリギリの弱さであるようにも、大人がもつ子どものような繊細な強さでもあるように見えて、藍那は何かに祈りをささげたいような気持ちになった。
「俺の言葉は誰が聞いても詭弁にしかならないのでしょう。それは分かっているんです。あの子の回りで起きていた出来事を並べ立てて、筋が通る説明をそれに一つずつ付けていけば、高い確率でいじめを苦に自殺したと考えるのが普通ですからね?・・・だから、俺に言えることは何もないんです。あなたたち二人が納得するような理由を俺は言えないんですよ。」
「「・・・・・・」」
彰の言葉に高木も渡辺も何も言うことはできなかった。ただ雨が降る音だけが人影のない寂れた通りを彩っていた。けれど、
「あの、さぁ。」
と、ためらいがちにかけられた声に三人の視線が一斉に向けられる。
「いや、あのぉ、ちょっと不思議に思ったことがあって・・・質問してもいい?」
「もちろんです。藍那さん。」
間髪入れずに言われた言葉にほっと藍那の顔から力が抜ける。重たい空気に耐え切れないわけではないけれど、彼女にはまだまだ分からないことがたくさんあった。
「えっとぉ、その子が雨が好きで、濡れることを厭わなかったっていうのは分かるの。でも、それなら傘を持っている理由にはならないでしょう?はじめから濡れるつもりならいらないものだし・・・もしかして、彼は雨が降っているのに傘を差さないあなたの真似をしていたの?ううん、そうじゃなくて・・・・・・あなたが彼の真似をしている、とか?でもどうして?」
彼女の質問を受けて男の目が鉛色の空のずっと向こうに向けられる。それは過去を振り返る目だ。もう、戻ることができない大切な思い出を振り返るときに見せるものと同じで、
「約束をしたんです。次に会うときまでに答えをだすっていう約束を、ね?」
彰はぽつりぽつりと、事件当日の男の子について語り始めた。
***
その日は朝から雨が降っていた。
ぱらぱら、ぱらぱらと降る雨はけして勢いの強いものではなかったが、雨粒1つ1つが大柄で、傘を差さずに歩けばすぐに濡れてしまうような、そんな天気だった。
「ねぇ、ねぇ、さっきの人見たぁ?」
「さっきって?」
「澤田くんよ、澤田篤くん。」
「あぁ、あの変人?え!?なに、もしかして今日も雨の中傘も差さずに帰ったの?あいつマジで、ここヤバイんじゃないの?」
そう言って自身の頭を人差し指でトントンっと叩いて笑いだした女生徒の傍を通り過ぎながら、俺はそっとため息をついた。
澤田篤
最近もっぱら俺の頭を悩ませている人物で、クラスで一番扱い辛い生徒でもある。とは言っても、見た目は本当にそこらへんにいる生徒と何も変わらない。特に髪を染めているわけでも、制服を着崩しているわけでもなく、むしろどちらかといえば真面目な部類に入る生徒だった。
「でもなぁ、なんであんなにつかみどころがないんだろう?」
俺の小さな呟きは授業が終わった開放感で溢れている生徒が紡ぎだす騒音によって誰かの耳に届く前にかき消された。雨でじめじめしているというのに子どもたちは相変わらず若さとパワーに溢れている。などということを考えていると自分が酷く歳をとったように思えて、俺は微かに笑った。
「あれ?藤波先生、もうお帰りなんですか?」
職員専用の玄関でトントンッと靴を地面に当てて履き替えている俺の背中にかけられた声に振り返れば、角張った顔をした学年主任がじろじろとぶしつけな視線を投げかけていた。
俺は咄嗟に口の端を持ち上げることでそれに応える。とはいっても、このどこか神経質そうな男とはそりが合わないのか、今まで会話が弾んだためしがなかった。
「いえ、少し気にかかる生徒がいますので追いかけようかと・・・二、三十分くらいで戻れると思いますよ?」
ニッコリと微笑む俺とは対照的に、笑顔のえの字も見せない中年の男はその言葉に軽く眉根を寄せた。
「気にかかる生徒といいますと、藤波先生のところの澤田くんのことですか?ほら、雨が降る中傘も差さずに帰るという奇妙な行動をとるという・・・」
「はぁ、そうですが、それが何か?」
「『それがなにか?』じゃないですよ!!まったく、藤波先生はのんびりしているというか、楽天的過ぎるというか・・・そもそも担任として恥ずかしくはないんですか!!自分の受け持つクラスにそういった奇怪な行動をとる生徒がいるんですよ?普通はもっとこう躍起になってなんとかしようとするもんでしょう!!」
「まぁ、確かにそうかもしれないんですけどね?あの子の場合そうじゃないっていうか、本人が好きでやっているふしがあるみたいですし、こちらがとやかくいうのはどうかと思うんですけど・・・」
「なっ!?バカなこと言わないでください!!そんなものは、クラスメイトと上手く関係を築けない彼の精一杯の強がりにきまっているじゃないですか!!本当はかまってほしいのに上手く自分を表現できないからこそ、人の目に奇異に映る行動をとって注意を向けさせているのでしょう?まったく、教師たるものそんなことも分からないでどうするんですか。」
「・・・すみません。」
「それに学校側としても困るんですよ、ああいう生徒がいるなんていう噂が広まるのは。とにかく担任なんですから早急にこの問題を解決してくださいね!!」
「はい・・・善処はします。」
俺は学年主任に向かって斜め45度の綺麗なお辞儀をすると、次に何か言われる前にさっさと身をひるがえして玄関を後にした。これ以上小言を聞いていたら澤田本人に追いつけなくなってしまうし、あの人と和やかなお話が続けられる自信もない。なにしろ彼は人の言葉を否定することが大好きなのだ。
物事に流れというものがあるように、言葉にも流れがあって、否定の言葉はそれを分断してしまうということをあの人は分かっていないのだろうか。
ふとそんな思いが頭を掠める。が、それを俺は首を振ることで思考の外においやった。
どうせ考えるなら棺桶に片足を突っ込んだ中年親父のことより、意表をつくような行動をとる生徒のことを考えたほうが楽しい気持ちになれるはずだ。
俺は傘たてから自身の傘を抜き取り、パンッと小気味のいい音を響かせながらそれを開く。
ぱらぱら、ぱらぱらと振る雨が傘にあたって軽やかな音を立てた。
正直言って教師としての素質が自分にあるかどうかなどわからない。この職業を選んだのも両親が二人とも教職の仕事に携わっているからで、それをはたで見てきた自分にとってみれば、これが一番どんな仕事をすればいいのか想像ができたから選んだまでの話だ。他の職種はあまりにも漠然としていて働いている自分をイメージすることができなくて、社会に出ることへの不安が胸中に渦巻くばかりだったのである。
が、今ならわかる。
社会というものは自分が構えていたよりもずっと平和で平凡だったとことが。
どんな仕事を行うにしても、それは一日の大半を生活する環境が学校から会社に変わったというだけの違いで、原因は違うにしろ不安や孤独や悲しみといった感情を抱かなくなったかといえばそういうわけでもない。結局のところ何をしても不安だし、いつだって後悔はきえないものなのだ。だから俺には教師としてのこだわりがあるわけじゃない。自分がこの環境で生活する必要があるから教師として振舞っているだけのことで、また別の仕事をしろといわれればはじめは戸惑うにしてもすぐにそれに慣れてしまうことだろう。日常とはそういうものだ。
前方に見慣れた傘を発見して俺は歩調を早くする。幸いなことに澤田は信号待ちをしていたため、すぐにでもその距離は縮まった。後は彼を驚かせないようにそっと隣に並べば準備完了だ。同じように信号待ちの通行人を装って近づけば、案の定彼は
「――せん、せい?」
と言って不思議そうに俺を見上げたのだから。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。というか、ずいぶんと早く帰るんですね。教師ってもっと多忙だと思っていましたけど、案外暇なんだ。」
「まさか!!そんなことはないぞ。これでも明日の授業準備に部活動の内容決め、宿題のチェックから、口うるさい上司の相手まで、俺たちがやらなくちゃいけないことはたくさんあるんだから。今日は澤田を追いかけてきたんだ。お前ってすぐに帰っちゃうだろ?」
「そりゃぁ、帰りますよ。授業も終わったんだから。」
「まぁ、確かにそうだけど・・・」
青になった信号に歩き出した澤田に合わせて、俺も慌てて彼の後をおった。
「で、先生は僕に何のようだったんです?」
「え!?用という用はないんだけど・・・」
「ふ~ん。じゃあ、僕は帰りますから、先生さようなら。」
「え?ちょっ!?待って!!待ってよ!!用がなくちゃ話しかけちゃいけないってわけじゃないだろ?俺はお前と話すこと嫌いじゃない、というか好きだし、たまには普段お世話になっている担任と交流を深めてくれたっていいじゃないか。」
と言って俺は歩調を速めた彼の肩をぐっと掴んでひきとめた。彼に言われて初めて気がついたのだが、どうやら自分はこの不思議な少年と話すことが好きらしい。実際彼は俺が知るどんな子どもよりも言葉の選びかたが絶妙だった。言葉を知っているというより、言葉の持つ効果をよく分かっているといったほうがいいかもしれない。同じような意味を持つ言葉でも使いかた一つで雰囲気が変わるものだ。彼は彼の持つ独特の世界観を言葉のチョイスやテンポで作り上げており、俺はその世界が好きだった。
澤田はチラリと俺に視線をよこすとはぁと肺のそこから搾り出したようなため息を吐き出し、掴まれていた腕を振りほどく。再び歩き出した彼の歩調は酷くゆっくりとしたものだった。
「それで本当のところはどうなんです?」
「どう、というと?」
「だから!!誰かに何か言われて追いかけてきたんじゃないんですか?まぁ、大体何を言われたかは想像がつきますけど。」
「うぅ~ん、当たらずも遠からずってところかな?追いかけてきたのは誰かに言われたからじゃなくて俺の意志。でも玄関で学年主任に会っちゃってさ。担任としてはずかしくないのかって言われた。」
「あぁ、確かにあの頭の固そうな先生なら言いそうですね。悪い人ではないんだろうけど、人間長く生きすぎると考えかたも保守的になるっていう典型的な標本を見ている気持ちになるっていうか・・・きっと経験と知識があるからこそ、曲げることができない意思が備わってしまうんでしょうねぇ。」
「そんなもんかな?」
「さぁ、どうでしょう?何だかんだいって僕はまだ十五年しか生きていませんから“大人”の考えていることなんてわかりませんよ。」
そう言って肩をすくめて見せる澤田の仕草は、大人の俺なんかよりずっとさまになっているように見えた。
「それで八つ当たりをするために追いかけてきたんですか?どうせ原因は僕なんでしょう?」
「分かっているなら協力してくれてもいいのに・・・あの人はお前がいつも傘を持っているのにそれを差さないで濡れて帰ることが気に入らないんだと思う。それともクラスで1人浮いた存在だってところが気にくわないのかな?とりあえず心当たりがありすぎて、断言できないけど。」
クルクルと傘の柄を回しながら話す俺を彼は苦笑いをかみ殺したようななんとも言えない奇妙な顔で見上げた。
「まるで他人事みたいに言うんですね?あっ、だから担任として恥ずかしくないのかってセリフに繋がるわけだ。」
「失礼な!!別に他人事なんて思ってないぞ?俺だってこれがお前じゃなかったらもっと必死になんとかしようとしているさ。責任感がないわけじゃないんだから。」
「なんですかそれ?僕だといいなんて理由がまかり通るとでも?」
「え!?だってお前、雨に濡れることが嫌じゃないんだろう?クラスで浮いた存在って言ってもそれを苦にしているわけじゃなくて、むしろどちらかといえばそう誰かに思われているかもしれないって気をもむことのほうが嫌なんだと思っていた。」
「・・・・・・ふぅ~ん。」
「澤田?」
隣の彼を見ようと顔を横に向けると、彼は口元をほんの少しだけほころばせながら前方を見つめていた。
「そんな理由誰も信じちゃくれないと思っていました。確かに僕は雨が好きで、それに濡れることが嫌じゃない・・・だから傘を差す理由がない。そうでしょう?」
「まぁ、そうだな。でも、前々から気になっていたんだけど、それならなんで傘を持っているんだ?」
俺がそう言って澤田の持っている傘を指でトントンと叩けば、彼はまるでいたわるようにそれをそっと撫でた。
「雨が降りそうだからって両親が持たせてくれるんです。とはいっても、僕はよく電車にそれを置き忘れてくるから、いつの間にか立派な傘なんかじゃなくて、こんな百円で売っているようなちゃちなビニール傘になっちゃったんですけどね?それでもこのちゃちな傘にはわざわざこれを買って来てくれた父さんと、それを忘れないで手渡してくれる母さんの思いやりがこもっているような気がするんです。だから家を出るときに“自分には必要ないんだ”ってつきかえすことができなくて。できれば使ってあげたいんですけど、これを使う理由を僕はまだ見つけていないんです。」
そう言った澤田の言葉は子どもがもつひたむきな頑固さに溢れていて、俺は“そんなに使いたいならば使えばいいじゃないか?”という言葉を飲み込んだ。きっとそんなふうに俺が考えているような単純な話ではないのだろう。大人は感情を枠にはめるのが得意だ。どんな気持ちにも妥協点を見つけて、さっさと次へと進んでいくことで日常をまわしている。が、子どもはどうだろう?きっと彼らの1日は大人のそれよりもずっと長いのではないだろうか?自分の気持ちと向き合いながら、妥協することに最後まで抵抗していく彼らは一分一秒が全力の戦いで、さっさと諦めてしまった俺たちよりも時間の進みを遅く感じるものではないのかと、そんなことを思った。
「その理由が見つかったらお前は傘を差して歩いてくれるのか?」
「もちろん。傘を差す理由があるなら、それを使わない手はないでしょう?だから先生も一緒に考えてくださいよ。」
「えっ!?俺も!!」
「担任なんだから当たり前じゃないですか!!だいたい、この問題に答えを見出せない限り、僕の奇行は止まらない、イコール、先生は学年主任に指導されっぱなしってことになるんですよ?普段お世話になっている生徒としては、先生の胃に穴が開くような事態を回避したいと思うわけで、だから次会うときまでに答えを用意しておいてください。」
「っていわれてもなぁ。」
俺は澤田の言葉にもごもごと歯切れの悪い返事を返す。普段から平凡な考えかたしか持ち合わせていない俺には、雨に濡れないためといった以外に傘を差す理由など思いつきそうもなかったのだ。発想の転換、奇抜なアイディアといった単語は俺よりも澤田のほうがずっと合っている。
「残念だけど、たぶん、というか、確実に俺には答えを出せないと思う。だって、傘なんてものは雨に濡れないために作られたものだろう?だから、雨に濡れないためと言った理由しか俺には思いかないわけで、きっと――ッ!?」
「先生?」
言葉半ばで固まった俺に怪訝そうな声がかけられる。が、俺は自分を不審な目で見つめる通行人の視線に今更ながらに気がついて、酷く狼狽していた。そういえば澤田は雨の中傘を差さずに全身ずぶ濡れで歩いているのだ。それだけでも目立つというのに、傍らには傘を差してぬれずに歩いている大人がおり、常識的に考えてその構図は逆が望ましい本来の姿であるはずだった。間違っても守るべき対象である子どもが大人よりも冷遇されていて世間がいい顔をするはずがない。例えそれが本人が意図したことであっても、だ。
「どうかしたんですか?いきなり黙り込んじゃって・・・」
「いや、そのぉ、だから・・・」
「――ッ!?」
俺は自分の傘を横にスライドさせた。
途端に降り注ぐ雨粒。
それは夏だからと言っても体を震えさせるほどには冷たく、長時間雨に打たれ続けた彼の体が冷え切ってしまっていることをまざまざと感じさせるものだった。
「一応俺は大人で、教師だから。やっぱりお前を雨にさらしたままって言うのはよくないんだよ。だから嫌かもしれないけど、甘んじてこの状況を受け入れて欲しいって言うか・・・澤田?」
彼はよほど俺の行動が意外だったのか驚きに目を見開き、固まっていた。その姿は普段妙に大人びた彼が見せるにはあまりにも無防備で、あどけなく、彼が子どもであるという当たり前の事実に気がつかされる。どうやら俺は一回り程度年が離れたこの少年を生徒ではなく友人の類にカテゴライズしていたようだ。なんとも気恥ずかしい話である。
「そっか・・・」
「澤田?」
「いえ、なんでもありません。ただ、先生も大人なんだなぁっと思って。ほら、他人の目を気にするところとか、教師と生徒という立場を守ろうとするところとか。」
「うっ・・・それは・・・」
口ごもって俯く俺を見て彼は目元をほころばせた。
「あぁ、勘違いしないでくださいよ?別にそれを責めているわけじゃないんです。ただ、子どもだったら勢いで押し切ってしまうようなことでも、客観的な立場から行動しなければならないのが大人というものなんだろうと思っただけですから。それと、どこか子どもっぽいところがある先生も僕よりずっと大人なんだって気がつかされたんです。」
澤田はそう言って歯を見せて笑った。きっといつになく機嫌がいいんだろう。
そんなふうに笑った彼を俺は今まで見たことがなかった。
「先生って、少しのんびりしたところはありますけど普通の人ですよね?考えかたも平凡だし、他の人と比べて突出しているものもないし・・・あっ、でも顔だけは整ってはいるとは思いますけど。」
「澤田ぁ・・・それってほめ言葉なのか?」
「もちろんです。僕が誰かを貶そうと思ったらそれこそもっと鋭利な切れ味のある言葉を選んで話していますよ。」
ふふふ、と柔らかに笑うあどけない少年の姿に底知れないものを感じて、俺はぶるりと体を震わせた。これはきっと寒さだけが原因ではあるまい。
「はぁ~・・・どうせ俺は普通以上にも以下にもなれない平凡な男ですよ。お前に言われなくたってそれくらいわかって――」
いる、と言おうとした言葉を澤田は片手で止める。
「まぁまぁ、先生落ち着いて。話は最後まできいてくださいよ。」
「・・・・・・言われなくても落ち着いている。」
「ふぅ~ん。それはどうも失礼しました。」
「・・・・・・」
鼻持ちならないとはこんなことを言うのだろうか。
妙に落ち着き払っているその態度が腹立たしい。が、下から伺うようにチラリと視線を投げられて、やましいことなどないはずなのにドキッと心臓がはねた。
彼は真っ直ぐとものを見ることができる人なのだ。
だから目に見えないようなことも、澤田には見えているのではないかという気がして少し怖くなる。その真っ直ぐな瞳が、自分自身すら気がついていない心の底にあるものを見ているような気がして落ち着かない気持ちになるのだ。
「な、なんだよ。」
「大人で教師のくせにどもらないでくださいよ。そんなに怯えられたら僕がいじめているみたいじゃないですか。まぁ、失礼なことは言いましたけど・・・それだって僕が伝えたい本当のことじゃありません。僕が言いたかったのは、先生は普通で平凡を絵にかいたような人に見えるし、実際にそうだとも思うけど・・・でも、当たり前のことに気がつける人だったんですねって言おうと思ったんです。」
「――ッ!?」
澤田はそう言うと俺の傘から勢いよく飛び出した。
振り返った顔には今まで見たことのないような満面の笑みが浮かんでいて
「僕は傘が雨に濡れないために作られたっていう当たり前のことに気がつかなかった・・・いえ、当たり前すぎてすっかり意識からぬけ落ちていたんですね。聞いてしまえば誰だって思いつきそうなことですけど、それって普通の人にはなかなか気が付けないことなんだと思いまよ?」
初めて見た子どもらしいあどけない姿に驚きで硬直する。何も言わない俺を見て彼はくすくすと小さく肩を震わせて笑った。
「先生、約束忘れないでくださいね?」
「やく、そく?」
「だから傘を差す理由を考えてって言ったじゃないですか!!次あったときまでに答えをだしておいてくださいよ!!それじゃ、先生さようなら!!」
「澤田!!」
彼は俺の制止の声を振り切って、雨に霞む世界を駅に向かって駆けていった。
取り残されたのは呆然とする俺と、柄のしっかりとした自分の傘と、それに当たってパタパタと音を立てる雨音で。
「ま、いっか。」
彼があんなふうに笑うのならば、笑えるのならばそれでいい。
俺は開いたままの傘を閉じると、それを手に持ったままのんびりと学校に向かって歩きだした。
どうせ全身ずぶ濡れなのだ。今更傘を差す必要もあるまい。
頭上から降り注ぐ雨粒を全身に感じながら歩く世界は、傘によって守られているときとはどこか違う印象を与えるものだった。体に張り付くシャツも、歩くたびにぴちゃぴちゃと音を立てる靴も、ぺたりと頬に張り付いた髪もどれもこれも不快なくせに、それでも空気中の水分が集まってできただけの雫にはほんの少しだけ胸を揺り動かすだけの力があった。
『それにしても、澤田も強引なこと言うようなぁ。いきなり傘を差す理由を考えろ、だなんて・・・思いつかないっていったのに!!次あったときにどんな答え用意しておけばいいっていうんだよ。あいつはそこらへんにあるような理由で納得するような奴じゃないし・・・でも、なんであんなこと言ったんだろう?』
俺は澤田が口にした言葉を思い出す。
「たしか・・・ “僕は傘が雨に濡れないために作られたっていう当たり前のことに気がつかなかった”だよな?ってことは、澤田は傘が雨に濡れないためにあるっていう理由に気がついたってことで・・・それがどうしたっていうんだ?あいつは雨に濡れるのが好きだから傘を差したくないわけで、雨に濡れないためっていう理由では傘を使えないんだろう?それなのに、あいつ、なんであんなに嬉しそうな顔していたんだ?う~ん・・・・・・・・・だぁーーー!!!!?さっぱりわからん!!」
奇声を上げながら髪をぐしゃぐしゃとかき回した俺を見て、買い物帰りだろう主婦がギョッと目を見開いて、さっと視線を外した。
いかん、いかん。
このままでは変質者で通報されかねない。
俺は形だけでも取り繕うように傘を差した。人と外れた行動をすることでいいことなんて何もありはしないのだ。突き刺さる様々なものを堂々と受け止めるだけの覚悟を持ち合わせていない人間は最後まで流れに逆らい続けることはできない。結局どこかで折り合いをつけて、同じように流される道を選ぶことになるのだ。それならば俺は初めから流されるほうを選ぶだろう。余計な力を使いたくはない。
「そんなこと言うと澤田にまた笑われそうだけど・・・いや、案外『それは至極利口な生き方だと思いますよ』とか言ってニッコリ無邪気を装ったように笑うかも。・・・かわいくないヤツ。」
一癖も二癖もある澤田ならそんなことを言いそうだと思いながら校門を通り抜ける。が、職員用玄関がずいぶんと騒がしいのは気のせいだろうか?
よくよく見れば見知った同僚にまじって、校長や学年主任が酷く焦った顔をしながら何かしら怒鳴っている様子が見て取れた。そのただならぬ気配に俺の中に言い知れない不安が首をもたげ
「あっ!?藤波先生、どこいってたんですか!!大変なんです!!澤田くんがッ!!」
告げられた言葉に手の中に持つ傘が滑り落ちた。
***
「それが俺と澤田との最後の会話です。」
そっと目を閉じた彰の口元が何かを耐えるようにキュッと引き結ばれる。藍那はその姿に胸が痛んだ。
「その後、澤田くんは死んじゃったわけッスねぇ・・・でも、先生の話を聞くかぎりだと彼が自殺したようには見えないんッスけど?」
「アホか、お前は!!」
パシッと高木が平手で渡辺の頭を叩く小気味いい音が辺りに響き渡る。
「イテッ!なにするんッスか!?先輩!!」
「お前がゆるいこといっているからだろ!!確かに今の話を聞く限りだと、澤田少年が自殺するようには思えない。だがな?それくらいの年頃の子どもは情緒不安定で、いつ突発的な行動をとるか分からないもんだろう?もし彼が普段クラスで浮いている存在だったことを本当は気に止めていて、知り合いのいない駅のホームでポツンと佇みながらふと猛烈な孤独を感じたとしたら、その勢いでふらふらっとホームに飛び込むくらいしてもおかしくないだろうが!!現に彼は普段から奇抜な行動をとるような子どもだったみたいだしな。」
「まぁ、そう言われればそれもありえない話ではないと思うッスけどぉ・・・」
体を縮めてもごもごと歯切れの悪い言葉を話す渡辺を見て、彰は弱弱しく笑った。
「みんなあなたと同じようなことを言っていました。上司も、同僚も、友人も、そして教師をしている両親でさえ。彼は自殺なんかしないという俺に向かって、似たような考えをぶつけてきたんです。澤田を死に追いやった責任から目をそらすなと言われて、教師としてもっと彼がクラスに馴染めるように取り計らわなければならなかったんだと諭されました。それが堪らなく悔しかった。彼の死が俺による責任であるとか、ないとかそんなことはどうでもいいんです。そんなものは俺が納得しようとしまいと、世間が勝手に判断することですからね?でも彼の死が自殺で片付けられてしまうことには納得できないんです!!そんな言葉で表せられるほど彼は単純ではなくて、俺は澤田の持っていた強さにも目を向けて欲しいんです!!傷つかない人間なんていない。孤独や不安や絶望を感じない人間なんていない。きっと彼だってどこかで傷ついていたと思います。でも、彼はそうしても立ち上がっていたし、踏ん張って未来に向かって歩いていた。それだけの強さを持っていたのに、弱さばかりを強調して庇護しようとすることは彼の持つひたむきな強さを否定することにはならないんですか!!」
「先生・・・」
押し殺したような慟哭は彰の抱えている激情を表しているようだった。彼が今に至るまで感じてきた思いは悲しみだけではなく、猛烈な怒りや絶望、不安、焦燥感など様々な感情が入り混じったものだったのだろう。人の感情は綺麗に言葉に表すことはできない。喜びの中に微かな嫉妬が含まれているように、悲しみの中にわずかな愉悦が眠っているように、彼の悲しみにも言葉では表現しつくせない複雑な何かが紛れ込んでいる。きっと、そういうことなのだ。
「先生のお気持ちはよく分かりました。けれど、それはあなたから見た澤田くんの印象なのでしょう?あくまでもあなたを主観とした話で、本当に彼がそう思っていたとは限らない。あなたはあたなの考えが正しいことを世間に証明したい、もしくは受け入れて欲しいだけなのでは?あなたの考えは世間に受け入れられないもので、それはあなた自身が世間から孤立しているということです。それに耐えられないからこそ、自分の意見を主張し続けているだけに俺には見えますけどね。」
「なっ!?」
淡々と告げられた高木の言葉に彰の瞳が吊りあがった。ギュッと握られた拳はぶるぶると震え、色を失った蒼白の顔に朱が差し込んでいる。搾り出された声は普段の彼からは想像できないほど低いものだった。
「それを言うのなら、あなた方の考えこそどうなんです?それすら彼の主観を欠いているものではないのですか?あなたたちの言葉もあくまで想像の域をでない話だ。」
「確かに・・・だが、状況証拠はそろっている。彼が普段取っていた行動は澤田少年の心が酷く不安定だったことの証明にはなるはずだ!!」
「はっ!!それこそそんなものは、あなたたちが勝手に付けた解釈に過ぎないじゃないですか!!状況証拠ですらない。」
「なんだと!!だいたいあんたは――」
「あぁ、先輩も落ち着いて!!先生もあおるようなこといわないで欲しいッス!!この人短気なんだからぁ。」
今にも彰の胸倉を掴んで殴りかかっていきそうな高木を必死に渡辺が押さえつける。両者はまるで親の敵を見るようににらみ合っていた。が、
「あんたたち・・・バカじゃない。」
「「「――ッ!?」」」
という言葉に男たちの動きが硬直する。高くも低くもないその声は嘲笑に溢れていた。
「あ、藍那さん?」
恐る恐る声をかけた彰に視線を向ければ、それが睨みつけられていると勘違いしたのか彼の頬が引きつった。実際、藍那の視線は普段にもましてきついものだったのだ。彼女は苛立っていた。
「そんな理由探してどうしようっていうのよ。あんたたちが議論している問題は、ただ生きている人間が納得したいがための理由を探しているようなことでしょう?納得して、彼の死を過去にして、日常に埋没させていくために探しているものなんじゃないの?違う?自分たちのために理由を探しているくせに、それを澤田君のためだと思っているところがバカらしいっていってるの!!彼は死んでしまったのよ!!亡くなった人がどうしたかったのかなんて今更聞くことなんてできない。だったらそんな答えの出ないようなことに時間を割いてないで、彼を失って残された人のために何ができるか考えなさいよ!!自分が一番納得できる理由があるなら、それを真実として過去にしてしまえばいい。その上で、生きている人たちに向かって何ができるのか、何をしなくちゃいけないのか、それを考えるべきだわ。結局生きている人が死んでいる人にしてあげられることよりも、生きている人が生きている人にしてあげられることのほうがたくさんあるんだから!!」
藍那はそう言いきってビシッと男たちに指を突きつけた。
「彰、あなたは澤田くんのご両親と何を話したの?彼らはどうして欲しいって言っていたの?」
「・・・・・・」
「そこの記者二人も!!あなたたちは息子の死を悼むご両親に何をしてあげるの?正しいことをあるがまま世間に伝えることが彼らのためになるの?」
「・・・・・・」
「なんで誰も答えられないよ!!あなたたちみんな誰と話してきたっていうの!!天国にでもいる澤田君?それとも好奇な目を向ける社会?もしくは自分の中にある信念?ふざけんじゃないわよ!!一番肝心な人たちの、あなたたちが何かしてあげられる唯一の人たちのためにできることが誰一人分かっちゃいないじゃない!!」
死んだ人間にできることなど限られている。いや、むしろゼロに等しいのではないだろうか。
生前その人がこうして欲しいという要望を紙にでもしたためておいてくれていない限り、死者が望んでいることを実行してあげる術が生者にはない。だからこそ、何かしてあげようと必死になるのだろう。何もしてあげられないことを分かっているからこそ、何かせずにはいられないのだ。後悔だけが残らないように。
「俺は人に進められるまま謝ってばかりで・・・二人は俺にどうしてとか、なぜ、なんて一言も言わなかった。ただ、先生が悪いわけじゃないと、あやまらないでくださいと、そんなことを言ってくださいました。でも、なぜ俺に謝らなくてもいいといったのか聞いたことなんてなかった。今、どんな思いで、何をしたいのかなんて何も・・・俺は本当にバカだ。澤田が探していた答えをまだ見つけていないから彼に会いにいけないんだって、そんなことを思って、答えを探して雨の中をさ迷って。俺が本当に会いに行かなくちゃいけない人は、澤田本人じゃなくて、彼のご両親だったんですね・・・俺は彼らを放り出して1人で何をしようとしていたんだろう?もっとできることはたくさんあったのに・・・」
肩を震わせて泣く彰を藍那はそっと抱きしめた。
それは誰の目から見ても酷く優しい抱擁だった。
「あなたが澤田くんのために抵抗し続けたことも、彼が探していた答えを見つけようとしたことも間違っているわけじゃない。あなたのいうように彼が強さを持っていた人であるならば、突然の死は澤田君にとっても不本意なもので、悔しかったんじゃないかなってことくらいは想像できるから・・・それを誰かに知ってもらいたいと思うのはあなたが本当に彼のことを大好きだったんだってことだと思うから、だから間違っているだなんて思わない。絶対に・・・」
「藍那さん・・・」
「でもそれは今すぐしなくちゃいけないことじゃない。いつかもっと時間がたって、みんなの中で彼が過去の人になってから、それからでも遅くないと思う。そうなったときに話をしましょうよ。澤田君がどんな人だったかって、どれだけ強い人だったのかって、あなたが知っている全てのことを懐かしみながら、彼を知らない人にも彼を知っている人にも話をしましょう。今はまだ悲しみや怒りや不信が強すぎて、澤田君の姿がきちんと相手に届く前に歪められてしまいそうだから。だから、もう少し人々の気持ちに整理がついたら、あなたが伝えていけばいい。きっとそれが死んでしまった彼にできる唯一のことだと思うから。」
どこまでも自分の心の素直だった少年の話を伝えていけばいい。
彼を忘れないために。
彼を懐かしむために。
語り続けることが生者にできる最大限の手向け。
「俺はまだ・・・間に合うでしょうか?ずいぶん出遅れてしまったけれど、死んでいったあいつのためだけじゃなくて、もっと他の誰かのために何かが・・・」
彰はギュッと強く藍那を抱き返した。
「それを決めるのは私じゃない。だから会いに行って見ましょう。あなたが本当に会わなくちゃいけない、話さなければ人たちのもとへ・・・」
藍那がそう言って彼の頭を撫でると、彰は何度も深く頷いた。
「あなたたちはどうするの?」
「俺たちは・・・」
柔らかな眼差しを向けられて高木と渡辺は顔を見合わせてから俯いた。
「・・・先輩。できることなら、俺、もう一度澤田くんのご両親にあいにいってみたいッス。あの時は何も話を聞けなかったけど、話を聞くとか、そういう前に彼の仏前に手を合わせてなかったなって思って・・・」
「・・・そう、だな。もう一度話を聞いてみる必要はあるかもしれない。それに・・・お前の言うように仏前で手を合わさせてもらおう。」
そう言った男たちの言葉に藍那はふっと微笑んだ。