僕と傘と 後編
カップラーメンが三つ並んだテーブル。インスタント食品を奇怪な目で見つめるぬえと、すっかり好物として定着した小傘が並んでいるのは見ててほっこりとする。
が、まずは聞きたい事を言わせて頂きたい。
「……あの、どうやって現代に来たんでしょうか」
「河童の機械」
小傘と同じですか。
「それはまた……」
「それより、何でアンタは小傘と一緒なのよ」
「アンタじゃなくてリトです」
「それはどうでも良いから」
「どうでも良くないよ? リドの方が可愛いもん」
「うん、それが一番どうでもいいかな……」
保護者の目をしている……
「まぁ、今は腹ごしらえと行こう。腹が減ってはなんとやら」
「戦場にでも行くのか?」
「落ち着いて話がしたいだけだって」
「……あ、そ」
とりあえず穏便に進められているようなので助かった。
ぬえと言えば星蓮船のEXボス、そんな大妖怪に暴れられたりしたら生活領域がまとめておじゃんになりかねない。なるべく怒られないようにしたい。
先に一人で食べ始めた小傘は、ぬえが食べ終わるまで待ってると言うので、テレビを付けて見させてみた。意図せず流れ始めたアニメに目を輝かせていたり。この時間帯にアニメとかあったのか……
「なぁ人間……リドだっけ?」
「リトです」
「どっちでもいいや。単刀直入に言うけどさ」
明日からリドって名乗ろうかな……
「いや、先に聞かせて欲しい件が」
「あによ」
「幻想郷に帰る方法はありますか?」
間。
「……あ」
「また同じパターンだったとは……」
「あ、ははは、はははは……」
「……で、単刀直入の件とは?」
「……何でも無い」
ああ、大方「小傘を連れて帰る」みたいな発言だったんだろうな……
「さて、どうしようかな。ぬえまで来ちゃったとなると……」
「こっ小傘に何かするって言うなら吹き飛ばすからね!?」
「しないから安心して」
これは小傘に惚れてる予感?
「とりあえず、八雲の沙汰が無ければ二人を帰すが出来ないんだけども。それが来るまでは、こっちは適当に生活するだけになるかな」
「……そ。なら良いや」
「それはさておき、これからどうするんですか?」
「八雲紫が来ないと話が進まないんでしょ、連れてくるよ」
「……方法は?」
「……頑張る」
あ、無理かも。 まぁ、もし居候が一人増えても特に困らないだろう。
「頑張る、じゃ多分どうにもなりませんよ。期間の目処が立つまで、ここでゆっくりして下さい」
「……へ」
「ん?」
「変な事したら消し飛ばすわよ!」
しないって。結局行く宛も無いので僕の家に、小傘と同じように居着く事になった。小傘はしばらくぶりに会ったぬえに話したい事が沢山あったようで、僕との会話が終わったぬえをすぐさま捕まえて会話に発展した。
長くなりそうなので、僕はもう暗くなってきた外の風にあたりに行く。あの二人の間に部外者は要らないだろう。
(幕間)
月は既に出ていた。まだ冷たい風が僕の頬を撫で、気持ち良いのか冷たくて仕方無いのか。そんな風が僕の思考を巡らせる要因となり得たのか、二人の事を考える事にする。
少しメタ的思考を巡らせるとしよう。東方キャラが現代に、何らかの要因で現れ生活をする。
これはいわゆる『現代入り』というジャンルだ。こちらに来る要因はスキマだったり魔法だったり。今回は河童、河城にとりの機械という線で間違いは無いと思う。
今は小傘、ぬえの二人が来ている状態だけど、ぬえがやってきた事によって少し気になる事が一つ。
それはぬえが『大妖怪』に分類される事。流石に一人や二人で幻想郷全体が揺らぐなんてのは八雲紫位しか居ないだろうけど、周辺の妖怪達がぬえが居ない事を良い事に増長したりはしないのか。
まぁ、有象無象の集まりなら聖白蓮に南無三されるだろうが、それでもパワーバランスに影響しない事は無いと思う。
この疑問の答えを聞きたいのだが、僕にその術が無いのが悔やまれる。あったらあったで困るのだが。
「ごきげんよう」
…………困った。
「今晩は」
「良い月ですね」
「……何かご用でしょうか」
「疑問の解消を手伝わせて頂こうかと」
ホイホイ出て来て良いんですか、紫さん。
「良いのですよ。貴方は協力者なのですから、沖傘リトさん……いえ、リドさん?」
「リトです」
「ではリトさん。お答え致しますので、どうぞお聞き下さいな」
質問の内容分かってて言ってるのでは無かろうか。あとナチュラルに思考読まないで下さい。
まぁ、聞きたい事があるのに変わりは無いので遠慮無く。
「ではまず一つ」
「『今回の事態は予想外か』イエスとお答えしましょう」
言わせて下さいよ……
「幻想郷全体を見つめてはいますけど、流石に河童の作る機械や、それの暴走等は把握が難しいのです。結局、現代行きを止められませんでした」
……まぁ、万能ではあるが全能では無い。と言う事だろう。
「河童、河城にとりに機械を作動させる気はあの時無かったそうで、やはり事故で間違いは無いでしょう。私も気付く事が出来ませんでしたし」
しかしながら、巻き込まれたのは繋がりが少ない付喪神。事故であるのは間違い無いだろうけど、実害は大して無かった。だから、その付喪神を居候させた僕に任せたと。
ここで第二の疑問。
「あの」
「『封獣ぬえが小傘を追って現代に来た事は予想外か』これはノーとお答えします」
あなたは地霊殿の主ですか……
「繋がりが少ないとは言いますが、多々良小傘は封獣ぬえと親友の関係。事故の事を知れば、封獣ぬえが動くのは予想が出来ました。なので、ぬえには出来る限り情報を流さないように藍に頑張って貰いました。残念ながら、バレましたけど」
「……情報を流さないようにした理由は?」
「小傘の居候している部屋の主を、勘違いか何かで殺害しかねないのを防ぐ為でしょうか。幸いにも、貴方は運が良かった」
死ななきゃ安い。
さて、最後に一つ。
「ぬえが」
「『封獣ぬえが現れた事によって、パワーバランスに影響が出たか』イエスです」
「え」
何ですと?
「彼女は大妖怪、それ故に自分の欲望に忠実です。その辺りの有象無象に対して、自信の自由をぶつけていたようですね。それによって貯まった鬱憤を、彼女が居ないのを良い事に発散しています」
……なんと。
「ですから、ぬえを連れ戻して彼女自身に抑えてもらいます」
「……つまり、即座に連れ帰ると?」
「今すぐではありません。ただ封獣ぬえにこの事を伝え、本人の意思で戻って頂きましょう。伝えるのは貴方に任せます」
「……分かりました。じゃあ最後に一つ」
「『多々良小傘をどうするか』ひとまず、現状維持です」
やっぱりか。
「と言うか、貴方になら任せても問題無いので、そのまま此方に永住させても構いません」
「は」
「もう、よろしいでしょうか」
……はい、落ち着け。色々あるけど落ち着け。
「……ああ、おまけに一つ」
「何か?」
「貴女、どこから話しかけてきてるんですか?」
「貴方に見えない所。以上でよろしいでしょうか」
「……はい」
それっきり。声が聞こえなくなり、冷たい風の音だけが耳に入る。
……紫さん直々に爆弾発言を頂いた気はするが、ひとまず気にしない。
とにもかくにも、これはぬえにちゃんと知らせておかなければならないだろう。その後の行動は追々考える事にするけど、せっかく小傘に会えたぬえが、そう簡単に帰る気にはなるとは限らないし。
まぁ、このまま此処に棒立ちしてても仕方無い。家の中に戻る事にしよう。
「それでねそれでね!」
「わ~かった! 分かったから、そろそろ解放してよも~ぉ!」
「ヤダ!」
「頬を膨らませるな! ……可愛いじゃないかもう!」
「わきゃ~!?」
ガールズトークで賑わってるせいで恐ろしく居辛かった。
まぁ、なんだ。ぬえとは気が合いそうだなぁと思い、僕は財布を持って夜食を買いに外に出かけた……
(幕間)
出かける僕は、まるで逃げるように見えたかもしれない。それはともかくコンビニに足を運び、おでんを購入して帰宅する。その頃には話し疲れたのか、僕のベッドを占拠して眠る小傘と、その隣で寝顔を見てにへらとしているぬえが居た。
「ただいま」
「ふぎゅっ!?」
その声はどっから出た。とにかく、ぬえは此方に気付いてくれた。
「少し話、良いかな」
「……好きにしなよ」
「じゃ、こっちに来てくれないかな。ここは小傘が居るし」
割と素直に聞いてくれた。リビングに移動し、テレビを付けておでんを取り出す。
「ナニコレ」
「おでん。食べてみる?」
「そんな正体の分からない物体食べれないよ」
「それを君が言うのか」
正体不明の代名詞だろうに。
取り敢えず、妙な緊張をほぐす為に大根をつつく。ぬえも、僕の様子を見て興味を持ったのか、初めての餅巾着を食べていた。中の餅が熱かったのか、水を要求してきたが。
「美味しい?」
「……嫌いじゃない」
良かった。
「で、話って?」
「うん、実は八雲紫が……」
先程紫と話した事を伝えてみる。
「……つまり、あたしが居ないから馬鹿が暴れてるから、戻ってきて落とし前つけてこいとね」
「うん、そうだと思う」
間違っては居ないからね。
「帰りたくないけどさ」
「……理由聞いても?」
「二回は言わないから」
さっきから素直じゃないというか。
「そもそも、あたしが来た理由が『小傘を連れて帰る』事だよ。現状私の力で帰れないからココに居るだけであって、結局小傘が帰らないならあたしは帰らないよ」
「まあ、小傘も帰りたくないわけじゃないし。連れて帰れば良いんじゃないかな?」
「そーもいかないのよ」
「ん」
何かあるのか?
「小傘はアンタと離れたくないってさー」
あ、明らかに不機嫌になってる。
「アンタが居ない間にちゃんと話したんだよ。そしたらこう言いやがったよ」
『幻想郷には帰りたいけど、こっちの方が居心地が良い。リドは優しいし、不自由は無い!』
「リトですけどね」
「そーこーじゃーなーいーッ!」
御免なさい。
「つまり、この数日でアンタに愛着が湧いちゃったわけなのよ。そんな気持ちな小傘を無理やり引きはがす程、私は鬼や悪魔じゃないからね?」
「少なくとも、勇儀と幻月とは違うだろうね」
「……幻月って誰? 勇儀は分かるけどさ」
「聞かなかった事に」
「へいよ」
案外言うことは聞いてくれるらしい。ちなみに、前者が鬼で後者が悪魔である。
しかし、僕に良い感情を向けてくれるのは嬉しいのだが……これでは問題である。
封獣ぬえは出来るだけ早く帰した方が良い。しかしぬえの目的は小傘で、一緒に連れて帰る以外は嫌なよう。その小傘は僕と一緒に居る事を望んでいるわけで……
「……何か案出た?」
「駄目だ。悪いけど、一緒に考えて」
「こういう時、八雲は何もしないんだよね」
そうですね。
そうして悶々考える事数分。
「ねぇリド」
「リトで……はい、何ですか?」
もう諦めた。
「多分小傘も、この世界に未練が無くなったら帰ると思うんだよね」
「小傘が留まる理由は僕ですよね?」
「だから、アンタと何らかの方法で『思い出』を作れば良いんじゃないかな?」
ほう。
「外の世界に何か面白い事って無いか?」
「漠然としすぎて何とも言えないです。まあ、思い出を作るなら色んなところがあるかな」
「例えば?」
「口頭で表すのは難しいです」
普通に説明しても多分分からないし。
「まあ、アテがあるのは確かだよ」
「そっかそっか。んじゃぁそれを小傘に見せるか何かして、満足させて一緒に帰らせよう」
「上手く行くのかな」
「あたしが適当に言いくるめるから安心しなって」
「まあ、頼りにしてるよ」
そういう事になったので、僕とぬえは早い所寝る事にした。
ただ、その前に聞きたかった事が一つ。
「ぬえ」
「何さ」
「もしかしてさ、小傘の事好き? 愛情的な意味合いで」
「ノ、ノーコメント!」
大慌てで小傘が寝てる部屋に逃げ込んだけど、真っ赤な耳は隠せなかったようだ。
え、次で最後なの?