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妖精の花  作者: ぼんべい
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そしてデートの後は。

 お母さんには女友達の所に泊まる、とメールした。三十分程して、そう、気を付けてね。ご家族によろしく伝えておいて。と返事が来た。返信はしなかった。

 先輩は料理も出来るらしく、簡単に夕食を作ってくれた。正直、緊張で余り味はわからなかったけれど、美味しいです、と答えた。先輩は喜んでくれた。

 それから、私は先輩に愛された。

 先輩は慣れているのか、優しかった。私はもちろんこんな事始めてでどうしていいかもわからなくて体もがちがちで、でも何か声は勝手にちょっと大きいのが出てしまった。先輩はそんな私を何度も可愛い、と言ってくれた。始めて感じる男の人の肌の温もりは、どの植物にも無い温かさと柔らかさがあった。痛みは、愛の証だと思う事にした。

 「あの、先輩。」

 「なんだい。」

 「あの、気持ちよかったですか。」

 「ああ、もちろん。」

 そして笑顔を見せながら私に抱き付いて、それからキスをしてくれて、私もそれを受け入れる。それから満ち足りた気持ちと先輩の温もりと匂いとに包まれながら私は眠りに付いた。

 植物園でお泊まりした時とも、もちろん家で寝てる時とも違う、全く違う世界に来ちゃったような感じ。まだお腹の下辺りに感じる何か入ってる感じに私の体も違っちゃったんだ、と思う。ぎゅ、っと、先輩の手を握る。大丈夫、私はこの人に任せる。幸せが私の胸から溢れてくるのがわかる。

 これが愛なんだ。植物には無い、ニンゲンの愛なんだ。

 まだどきどきは続いていたけれど、行為が終わって緊張が解けたのもあったし、行為そのものでぐったりと疲れても居たので気が付けば私は眠っていた。

 だから、その先輩の声で目が覚めたのはなんだかんだ言って興奮や緊張があったんだと思う。先輩は誰かに話してる感じで、でもそれは私じゃ無かった。握っていた手が無い。

 「ああ、如月。ほら、遠野に振られたヤツ。」

 でも、私の事を話してるらしい。薄目を開ける。先輩は上半を起こしていてその逞しい背中が見える。携帯で誰かと話しているみたいだった。

 「ん?まぁ柔らかで締め付け良しって感じ。まぁ処女だったし、締め付けはだからかも。」

 何かを理解するよりも早く、私の胸が締め付けられた。私の事を誰かに話してる?

 「あー、ほら、遠野に振られて傷心を優しく優しくケアってヤツで。でも、マジ真面目でまいったわ。なんかデートとか誘ってもあんま嬉しそうじゃないし、こりゃダメかなーって思って、そろそろ面倒になってきたしまぁイチかバチかで告白作戦したら、上手く行ったってワケ。でも、その日にウチきちゃうんだし真面目なのは振りで、案外ビッチになるかもしれないぞ。」

 さっきまで沸いていた幸せの分、それが重りに変わって私の心にのし掛かってくる。その湧き上がった幸せが大きければ大きい程、その重りは重く私の心を沈める。

 「わかんねー。三、四回、やって、後はいつものパターンで捨てよっかなって。びっちになったらやり友に出来るかもしんねーし、まぁそん時だな。それまでは頑張って恋人ごっこ続けるよ。」

 私は目を瞑った。耳も塞ぎたかったけれど、それじゃぁ話を聞いてる事が先輩にバレてしまう。太股を少しすりあわせる。この下腹部の異物感に無くなって欲しかった。付いてくるんじゃなかった。私が悪いんだ、簡単に先輩を信じてしまった。

 「あぁ、おっぱい、そんなおっきくねーし。でも柔らかくて感度よかったぜ。」

 やめてやめてやめて、話さないで、もう私の事を話さないで。広がる暗闇の向こうから聞こえてくる先輩の声がはっきりと私の耳を犯す。先輩はそんな私の気持ちを踏みにじるかの様に私の事を電話で話し続ける。

 深い、とても深い後悔が湧き上がって、私はくるんじゃなかったと何度も思った。少し気を抜けば涙が溢れそうな瞬間が何度か訪れた。子供の頃、お母さんに叱られた腹いせに踏み潰した花が枯れたのを見た時に感じたような気持ち。もう取り返しは付かない。やがて、その深い後悔はゆるやかな諦めに変わっていって、ぽっかりと開いてしまったような胸の中で心臓が無機質に脈打ち続ける。

 「んー?あぁ、こいつがそういうのに興味持ったら、な。それか、俺が捨てた後に拾えばいいじゃん。傷心ケアで落とせるってわかったしな。はは、まぁそんな感じ。ああ、それじゃ。」

 先輩が電話を切ったのを見計らって、私は目を開けると起き上がった。横に寝ている時には全く力が入らなかった体が何故か簡単に動いたけれど、私はどうしてそこで起き上がったのかはわからなかった。びくん、と先輩が驚きで体をふるわせる。

 「起きてたのか、いつから?」

 いつも通りの、優しい笑顔を向けてくれ、いつも通りの、つまりさっきまでの電話とは違う声音で話しかけてくれる。

 「ん、今。電話してたんですか?」

 私が携帯に目を落とすと、先輩はそれを向こうに置きながら、

 「ああ、友達から試験の事で、ね。」

 「そうだったんですか。」

 それから先輩は私に口付けしようとした。私は、咄嗟に両手でそれを押し止めた。先輩は半ば驚いて、半ば狼狽して、

 「どうしたんだ?」

 「あ、いえ、なんでもないんです、ごめんなさい。」

 私が手を放すと、先輩が私の唇を奪った。私はそれに任せた。任せながら、これが現実でさっきの電話は夢だったんだ、と、思う事にした。私の心がコレイジョウワタシヲウバワナイデと囁くのは聞こえなかった。

 翌日、昼前に家に帰るとお母さんは出かけたのか居なくて、静かで少し広く感じるリビングには窓から陽が差し込んでいてやわらかく温かそうで、そして窓辺に置かれていたプランターの中で妖精の花は全て枯れてしまっていた。

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