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妖精の花  作者: ぼんべい
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そしてその先輩と如月澪はデートする事になる。

 「あら、いいじゃない。年頃を満喫してるわね。」

 それが、女友達と男の先輩二人と私とで動物園に行く、と言った時のお母さんの反応だった。木曜日の朝で母は相変わらずテーブルでインスタントコーヒーを飲んでいて、私は相変わらず妖精の花にふいている白い粉を拭き取ったり、赤い斑点が出て来た葉を切ったりしていた。

 「でも安心だわ。」

 お母さんが続ける。

 「澪は、なんていうかすっごく男の子じゃない。心は女の子、それは認める。でも、考え方が男の子。いつも理論で考える。相手に触れてもまずは観察、自分の事もまずは観察。そしてそれから分析して理論を組み立てる。」

 「そうかしら。」

 正直そういう実感は無かった。お母さんはまるで私に心が無いみたいな言い方をしたけれど、私にだって心はあって喜怒哀楽は感じるし、何より、恋をするし失恋もする。

 「だから、お母さんはうれしいのよ、澪が友達とダブルデートだなんて。」

 「別にダブルデートなんかじゃないわ。」

 ちょきん。ハサミで枝を切り落とす。嘘は悪い事だとは思わない。本当の事を言ってこのチャンスがダメになってしまう事の方が悪い事だと思った。

 それからその日一日と次の日を、先輩は私の事が好きなんだろうか、と、考えながら過ごした。誘ってくれるんだ、嫌いじゃないだろう。じゃぁ好きなんだろうか。わからない。ずっと先輩が私に優しくしてくれるのは遠野先輩に振られて傷ついてる私をかわいそうに思ってるからだと思っていた。少なくともきっかけはそうだったはずだ。

 じゃぁ私は先輩の事が好きなんだろうか。

 わからない。

 これがその問いかけに対する私の答えだった。

 遠野先輩の事はもう好きじゃない。好きじゃないとかじゃなくて、あまりもう私と関係のある所に居ない。かと言って嫌いになったわけじゃない。あの時先輩は真剣な顔で何かを私に話してくれた。それがなんだったのかは私には上手く理解出来なかったけど、言ってしまえば住んでる世界が違うんだ、見ているものが違うんだ、という事はわかった。

 もう先輩と校門ではちあわせる事は無かった。

 土曜の夜、お母さんが聞いてきた、

 「明日は早いの?」

 「ううん、家出るの十時ぐらい。」

 夕飯はパスタで、いつもお母さんが作ってくれるように美味しくて、その後のコーヒーを楽しんでいる時だった。テレビは報道番組をやっていてお母さんも私もそんなに注意しては見ていない。

 「そう。まぁ今更念をおす事じゃないけど。あの花は、澪、あなた独りで面倒みなさいね。」

 「うん、わかってるよ。じゃないと、妖精は出てこないんでしょう。」

 「そう、そうじゃないと妖精は出てこないの。じゃないと、愛は運んでもらえないわよ?」

 愛、ね。妖精が運んでくれる愛、って、一体どんなんだろうか。きっと私はなんの迷いも無い幸せを掴めるに違いない。大丈夫、このままいけばその愛は私のものになる。

 日曜日、私は花の手入れを完璧にこなすとそれなりのおしゃれをして出かけた。動物園に向かいながらそんなにどきどきしない自分に、もしこれが相手が遠野先輩だったらどうだろう、と聞いてみる。

 そう思った途端、心臓が高鳴り出してあったかい気持ちになった。ほら、こんなにも薄情じゃない、私の心は。ちゃんと機能してる、全く論理的じゃ無い所で。

 動物園は学校の遠足で行ったきりで、その時は植物園との比較ばかりしていたので余り印象に残ってない。比較、と言っても子供心のいちゃもん付けで、動物園の事なんか良くも知らないのにちょっと目に入ったことを植物園だったらこうだ、って自慢していた。例えば排泄物だったり、木にかかってる札だったり。植物園はもっと衛生的で詳細な説明がしてあった。当然だ、運用環境もその目的も違うのだから。

 動物園は楽しかった。この間の話が気になったのか、不器用ながらも先輩はレディファーストを実践してくれたし、今冷静に植物園と動物園との違いを観察するのも興味深かった。先輩はよく、植物園と比べてどうだい、と聞いてくれ、私はその度にそうですね、と間を置いて考えをまとめてから、それを話した。先輩も頭はそんなに悪い方じゃない。私のちょっと専門的な意見にも真剣に耳を傾けてくれた。私にはそれも嬉しかった。子供の頃の皆に嫌がられた植物園自慢とはまた違うやり取り。気が付けば持っていた動物園に対する潜在的な拒絶感がどんどん薄らいでいくのがわかる。

 「私、実は動物園ってあまり好きじゃなかったんですよ。」

 一通り回って満喫して、夕方、ゲートの近くのテラスで紅茶を飲みながら私は切り出した。案の定先輩は驚いて、

 「え!?そうなのか、なら早く言ってくれよ。」

 「でも、今日で好きになれました。小学校の頃、遠足でここ来たんですけど、私ったら植物園の自慢ばっかりして、皆に嫌がられちゃったんですよね。それから、なんか友達関係も悪くなっちゃって。」

 「ひどいやつらだな、親が植物園に勤務してるならそういうの、当然じゃないか。」

 「いいんです、私が悪いんですから。」

 「そんな事ないよ。如月は真面目だろ。だからそういう所で真剣になっちゃっただけじゃないか。」

 「はは、そんないいものじゃありませんよ。」

 「今日だって、生態がどうのこうのとかそういう感想ばっかりだったろ。アライグマ見てかわいいとか叫んでた僕の方が女の子みたいじゃないか。」

 「すみません。」

 「いや、謝るなって、それだけ如月は頭が良くて真面目だって事だよ。でも、アライグマはかわいかったろ?」

 「はい!」

 「よかった。」

 先輩は本当に安心したような優しい笑顔を見せた。それからこう続けた、

 「遠野の事、ずっとひきずるんじゃないかって心配してたから。どうやら大丈夫そうだね。」

 「ええ、先輩のおかげです。」

 言いながら私自身が少し緊張するのがわかる。大事な話、核心の話になりそうな予感が私をこわばらせる。

 「僕は何もしてないよ、如月が自分で乗り越えたんだ。そうだろ。」

 「でも、どうして私にこんなに優しくしてくれるんですか。」

 「好きだから、だよ。」

 不意に真顔に戻って放った先輩の言葉は、かなり大きく私の心を撃ち抜いた。言われた事の無いその言葉は実際に聞くと耳を真っ赤にさせ心臓を高鳴らせ、言葉をしどろもどろにさせる。

 先輩が続けた、

 「如月の事が好きだから。だから、早く立ち直って欲しかった。失恋の隙に付け入るような事はしたくなかったし、正々堂々と、僕の気持ちを伝えたかったんだ。」

 もちろん予想していた事だけれども、予想しているうちはまだ予想でしかなくてそうじゃなければとかもしとかいった事が色々浮かんできて私の心をうやむやにしてくれていたけれど、こうやってはっきりと言われて予想が現実になると、もう、逃げ道も無くて余所見も出来ない。

 頭は上手く回って無かった。ただ、高鳴る心臓に合わせて踊るような感じで気持ちを形にした言葉が浮かんでは繋がっていくだけだった。

 先輩はまっすぐに私を見つめている。私はその真剣な眼差しに、この人に私を任せるのもいいかな、と、思った。当たり前だけど先輩は人間で、人間って事は植物よりも人間らしく私を見つめてくれて、余り他の人間と親密な関係にならなかった私にはそれがとても嬉しく思える。

 それに、遠野先輩には振られてしまっている。

 「私も、先輩の事、好きです。好きになれそうです。」

 ぱぁ、っと、先輩の顔が明るくなる。私もその笑顔に胸からぬくもりが湧き上がってきて、自然と笑みがこぼれる。

 そうやって少し、私達は笑顔を見せあった。それは二人の気持ちが同じだって事をわかちあう、今まで感じた事の無い幸せな時間だった。

 その後、先輩が静かに言った、

 「なぁ、今夜、親家に居ないんだ。いきなり、こんな事誘うの礼儀知らずだってわかってるんだけど、こういうチャンス、あんまなくて。だから、無理強いはしないし、例え断られてもそれで僕の気が変わる事は無いんだけど。」

 その言葉の意味を理解して、顔が真っ赤になったのが自分でもわかる。でも、さっきから胸はいっぱいで、幸せでいっぱいで、それに私はもうこの人に任せようと決めていた。

 「あの、はい。行きます、先輩の家。」

 「無理しなくていいんだよ?」

 「いえ、行きたいです。先輩と二人で過ごしたいです、その、」

 私はびっくりするほど、はっきりとこう呟いていた。

 「好きですから。」

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