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妖精の花  作者: ぼんべい
2/6

如月澪は憧れていた先輩と放課後親密な時間を過ごす。

 春から夏にかけて種をまき、秋の中頃から花をさかせるらしい。といってもお母さんの言っていた通り気候には比較的強く、年中種まきや開花が可能との事、そのおそろしいまでの手間暇さえ惜しまなければ。

 「多分、早咲きの花の種を贈ったのね。向こうじゃ春の中旬から開花でしょうから。」

 と、お母さんは言った。アルフレッドさんの事だ。南米という事はこっちとは夏冬が逆転してる。だから開花のサイクルも逆転してるはずだった。向こうで早咲きが終わる頃にちょうどこっちで種まきのシーズンに入る。理屈はわかっていてもいつもなんとなく不思議な気分になる。

 洗礼は発芽してすぐに来た。順調に発芽した十数個の芽のうち半分がすぐに枯れてしまったのだ。

 「えー、どうしてぇ?」

 「あらあら。」

 まだ無事な芽の合間に点々と広がるしおれた芽は学校での勝ち組と負け組とを思い出させる。

 「おかしい。私、何も失敗してないのに。」

 もちろん、幼稚園の頃からお花を育ててきた私が何か失敗するはずがない。土も手引きどおり尿素を多めに整えたし、水の量も調整したしさぼった覚えも無い。

 「じゃぁきっと数が多すぎたのね。良かったじゃない、でもまだ半分は残ってるわ。危うく全滅だったわね。」

 「ぷぅ。」

 解決、とばかりにお母さんは振り向いて行ってしまって、私はそのしおれた芽を摘んで引き抜く。小さい頃からしてきたはずのその処分に、何故か私は赤点の生徒をクラスから追い出す先生のような気分になった。もちろん、そんな事は少なくとも私の学校では無かったけれど。どこかの厳しい学校の厳しいクラスではそういった事もあるのかもしれない。

 それと、私に洗礼はもう一つ来た。文化祭の準備で垂れ幕を作るのにたまたま先輩と二人きりになったのだ。門に飾るもので実行委員をしていた私たちの仕事で、日は暮れ出していて教室内はほのかに赤く染まっていてもう少しで仕上がりそうな作業によし、もう一踏ん張り、と、私たちは集中していた。

 筆を動かす度に埋まっていく文字、花を付ける度に飾られていく淵、あれとって、と言われ、はい、と差し出す腕。一緒になって一つの作業に取り組む一体感が私達を繋げてくれる。

 「よし。」

 最後の一筆を入れ終わると先輩は立ち上がって宣言する。

 「完成だ。」

 ぱちぱちぱち、と、私は手を叩いた。先輩も満足そうに笑顔を見せる。それからどう、と座り込んで壁に背中を預けた。私もさりげなく近寄ると隣、と言うよりはちょっとだけ離れた所で同じように壁に背を凭れかけさせて足を伸ばす。

 「やりましたね。」

 「ふぅ、がんばった。誰だよ、垂れ幕の仕事忘れてた奴。」

 「委員長ですよね、後で何か奢ってもわらないと。」

 「そうだな。」

 床に置いた右手は少し伸ばせば先輩に届きそうだった。そう意識した途端心臓が高鳴る。あぁ、私恋してるんだなぁ、と、その時に何故か私は実感した。

 まだ夕暮れで日は落ちなかった。日が落ちる前に片付けをしてここを出なくちゃいけない。でも、それは先輩と離れ離れになってしまう事を意味していて、私は少しでも長く、この一緒にいる空気を感じていたかった。

 「文化祭、成功するといいですね。」

 何か話さなきゃ、時間持たせなきゃ、と思って適当な事が口を突く。

 「ああ、こんだけがんばってるんだからな。盛り上がるといいな。如月のクラスは何やるんだ。」

 私の名字の発音が先輩の口から発せられると、私は嬉しくて胸の辺りがじぃーんとしてしまう。

 「焼きそばやるみたいです。私は売り子ですね。先輩のクラスは何するんですか。」

 「俺?俺んトコはお好み焼き。まぁベタだよな。」

 「はい、ベタですね。」

 そこで会話が途切れた。いや、多分二秒ぐらいちょっと間があっただけなのに、私にはそこで会話が途切れてしまって先輩はすぐにでもじゃぁ片付けようかと言い出すんじゃないかと不安になってしまった。なにか言わなきゃ、なんとか会話繋げなきゃ。一緒にいたい、こうして二人でいたい。焦りが私に突然間抜けな事を言わせた。

 「あの、先輩、突然で悪いんですけど、先輩はどんな人が好きなんですか。」

 あーあ、聞いちゃった。でも、聞いたからにはもう戻れない。それが言ってしまった時に私が思った事だった。並んで座っているっていうのは顔を直視出来なくて、時々見るぐらいしか出来ない。

 「そうだな。」

 先輩は突然、真面目に話し出した。何かを予想していたわけじゃないけれど、私にはそれが少し意外に思えた。

 「少なくとも、こんな高校に来るような奴は好きになれないな。如月、英語と理科は得意なんだろ。」

 「え、は、はい、理科っていうか植物学ですけど」

 淡い期待を握りつぶされたような気分に瞬時にさせられて、戸惑っている私の頭は聞かれた事に素直に答えながらその意味を理解しようとする。

 「親、あの国立の植物園の園長なんだろ。」

 「ええ、はい。」

 「なのに、娘はそんなに賢く無いんだな。」

 「あ、はい、すみません。」

 本当にすみません、と私は思って、そしてそう口にした。それから少し項垂れて、弱々しく、

 「ごめんなさい。」

 と、つぶやいた。

 「別に謝らなくていいよ。」

 力なく先輩も呟く。

 「先輩は賢い人が好きなんですか。」

 「いや、そうじゃない。そういう訳じゃないんだ。」

 覇気も無く、かといって囁くとも違う、説得するかのような言い方に私は無意識に先輩を見る。先輩は膝を組んでそこに顔を埋めていて、まっすぐ前をぼんやりと見ていた。私も前を向いた。先輩の目に私は写っていないのは明らかで、それだけで私は絶望するのに充分だった。それから呼吸する度に締め付けられる胸の感覚に任せながら、私はただ先輩の説明を聞いていた。

 「俺、中学校ん頃はけっこ勉強出来たんだ。でも頭いい連中ってなんか努力しないんだよね。頭良く生まれれば授業受けたり塾行ってるだけで勉強出来るようになっちゃうからね。かといって部活とか運動に必死になるってタイプでも無かったし、なんか違うなぁって思ってたんだ。それで、ちょっと志望校落として、そこの連中なら、言っちゃ悪いけど、頭の悪い連中なら必死に生きてるんじゃないか、って思ったんだ。でも、違った。ここの連中だって同じだ。愚痴言ったり文句言ったりしながら、頭が悪いなりに適当に生きてる。生きるって事の意味が俺にはわかんない。」

 私だって好きでここに入った訳じゃない。そう思ったけれどそれは言わなかった。それに先輩が何を言ってるのか良くわからなかった。ただ、私のわからない私とは無関係な事に付いて真剣に悩んでる事はわかった。なんだ、先輩だって必死に生きてるじゃないの。そんな事を思いながら私はつぶやいた、

 「そうですか。」

 「悪かったな、話に付き合わせちゃって。さて、片付けよっか。」

 打って変わっていつもの話し方になった先輩が立ち上がりながら言う。それから振り向いて私に手を差し伸べてくれる。

 それはいつも見る私の憧れた素敵な笑顔だった。

 手を伸ばして掴むと、ぐい、と先輩は私を起こしてくれて、それからこう言った、

 「だから、すまんな。如月とは付き合えない。」

 「うん、わかりました。いいんです。」

 私も笑顔で素直に頷いた。

 翌朝、少しぼぉっとした頭でした水やりは少しやりすぎてしまって、二本程妖精の花の茎は枯れてしまった。

 お母さんにどうしたの、と聞かれたけれど、私は少しぼうっとしちゃって、とだけ答えた。お母さんはそれ以上は何も聞いてこなかった。

 枯れた茎を引き抜きながら、私は仕方ない、と思った。枯れてしまった時はそんなでも無かったのにこうやってそれを引き抜く時になって後悔が生々しく私に湧き上がる。もし、あの時あんなバカな事聞かなければこうならなかったのだろうか。でも、それはそれで叶うはずの無い恋心を少し引き伸ばすだけのような気もする。

 もし、私がこの花を育てる事が出来て、妖精さんが出てきてくれたら、先輩は私を振り向いてくれるんだろうか。

 素晴らしい愛をくれるんだっけ。はは、バカな話。

 何かが私の中で覚めていくのがわかった。でもそれはこの花に対してじゃない。そうじゃない、恋心とか、願いとか、そういう類いの事。

 これで半分以上私はこの妖精の花を殺している。私だってお花を育てるのには自信がある。多分、学校の誰よりも上手。この事実が私を本気にさせた。失敗する訳にはいかない。

 それに、この花さえ咲かせられれば妖精さんが私にすばらしい愛を運んできてくれる。そうすれば、全て解決する。

 諦めるのはまだ早い。

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