荒覇吐
眠りについてから数時間が経った。深い眠りについていたが時間が経つごとに徐々に浅くなっていく。
「――雅了」
誰かが笹島の名を呼んでいる。しかし眠気が勝っているのでその声に答えようとはしなかった。一体誰が自分の名を呼んでいるのだろうか?、気になるけど、今は寝ることに精を尽くすか。
「――おい、起きろ雅了」
もう一度誰かが笹島の名を呼ぶ。自分の体を擦っているようだが無視することにした。頼むから寝かせてくれ、ホントに疲れているから。
「……なかなか起きないなコイツは……ならば」
人らしきものが片足を振り上げた、そして笹島の腹目掛けて振りかざす。
「ふん!」
「……ガハッ!?」
みぞおちを思いっきり蹴られたが不思議と痛くは無く、笹島はその場から一メートルぐらい吹っ飛ばされる。
「な、何をしやがる!」
蹴られた怒りよりも驚きのほうが強かった。多分自分を蹴ったであろう人らしきものに目を向ける。
「それは起きないお前が悪いだろう? しかも腹までも見せて」
人らしきものは呆れた表情で冷静に答える。
「てか……お前は誰だ?」
その人らしきものの外見は男性に見える。黒髪で瞳の色は金色に輝き、服装は上下茶色のジャージ姿で上のファスナーを全開にし、白い無地のTシャツが見える、足には突っ掛けを履いているのがわかる。全体的にラフな格好だ。
「あん? 見て分からないのか?」
「見て……分かるかよ。道端で良く見るジョギングしている人ですかぁ?」
やっぱり蹴られた事が腹立ったのだろう、笹島はケンカを売るような態度で答える。
「ハァ……やっぱり分からないものか」
何か残念そうにその人らしきものはため息混じりに呟いた。軽く合間をとって一回息を軽く吸って答える。
「俺の名前は荒覇吐。お前の言っている神そのものだ」
「……は?」
その一言で場の空気が固まった。その凍った空気の中から最初に口にしたのは笹島だった。
「え……えぇ~……と……つまりあなたは自分が神様とでも言いたいんですか?」
「? あぁ、そうだよ」
顔を引きつりながら確認するように言う。その言葉にアラハバキと言う者は少し疑問を抱いたが素直に答えた。
神。たしかにこの人物はそう答えた。だが笹島の想像していた神とはかけ離れていた。上下茶色のジャージ姿の神様なんて想像したこともない。いや、普通の人なら想像すらできないだろう。最も神様らしくない神様が笹島の前に立っていた。しかし笹島は信用はしなかった。自称『神様』の痛い奴の類だろう、と思ったからだ。
「ハァ……あ~なるほど、そうですか~」
ため息混じりにそう告げると再び横になる。これは夢だ。こんな『神様』なんて絶対いない、寝ればこの変な夢も覚めるだろう、と現実逃避をする。
「じゃあ俺はもう寝ますね、何か変な夢を見ているみたいだから寝ればきっとベッドの上にいるから」
「たしかにココは夢の中に近い性質を持った空間だが……て、おい! 寝るな! 起きろ!」
横になっている笹島を無理やり起こし、胸倉を掴んで両頬に軽くビンタする。彼にしては軽くビンタしたつもりだが、その軽くは全然軽くはなかった。
「痛くないけど音からして痛そうだからやめて! ゴメン! 現実逃避しましたすみません! 起きるからビンタしないで!」
必死になって笹島が叫ぶ、アラハバキはビンタをするのを止める。両頬にはくっきりと真っ赤な手形がついている。落ち着いた笹島は両頬を両手で押さえながらアラハバキという自称神に聞いた。
「んでさ~その“神様”が俺に何のようですか~?」
「お前、全然信用していないな」
「当たり前だろ、最近『俺神だし、俺には秘めた力がある』とか恥ずかしい言葉を自信満々に子供が言う時代だぜ。そんな簡単に信用してたまるか」
キッパリと答える。自称神はその言葉を聞いてため息を吐いた。
「ハァ……意外とめんどくさい奴だな」
「じゃあ本当の“神様”なら誰にも出来ない事やってみろよ」
“神様”の部分を強調しながら嫌らしそうに言う。本当に笹島はなにも信用していないようだ。
「……何かこっちも段々腹が立ってきたぞ。ならやってやるよ」
怒りの混じった声で自称神は言った。すると深呼吸をしだして
「――我に使える者達よ、目標に絡みつけ」
自称神は右手の人差し指を笹島の方に指しながら言った。その言葉を聞いた笹島は首を傾げていたが、数秒たっても何も起こらなかった。
だが地面を良く見てみるとミミズの様な大量の細い糸が笹島に向かって行く。しかしその事に笹島は気づいていない。
「ハハ……何も起きねーじゃ――」
すると大量の細い糸が笹島の足元にたどり着くとみるみる大きくなり、大小異なる蛇となって一斉に笹島の下半身に絡みつく。しかしその程度では終わらず、蛇達はさらに這い上がり上半身までも締めつけていった。
「んな!? 何コレ!?」
「そのまま絞め殺しても良いが、特別にこいつ等の餌にしてやるよ」
突然の事に驚いている笹島に自称神が真顔で答えた。笹島を睨んでいる蛇達が一斉に口を開けじりじりと近づいてくる。それを見て笹島が青ざめた。
「え……? え!? ちょっと待って! 死んじゃうから止めて! ごめんなさい! すみませんでした! あなたは正真正銘の“神様”です! だからこの蛇たちを止めてー!!」
声を荒げて命乞いをした。さっきまでは全然信用していなかったが自分の命が危ないことを感じて簡単に信用してしまった。
「え~、そのままこいつ等の餌にしてあげようと思ったのに~」
本当に残念そうな表情をしてアラハバキが駄々こねる子供のように答えた。
「していりません! てか助けてくださいアラハバキ様!」
「…これぐらいで信用するぐらいなら神に喧嘩売らないことだな」
必死に命乞いする笹島を呆れた表情で見た後、蛇達に向かって指で何かの合図をした。すると蛇達はみるみると小さくなり笹島の体から落ちていく。再び細い糸状に戻った蛇達はアラハバキの所に帰っていった。
「し……死ぬかと思った」
「これで信じるようになったか?」
悪戯そうな笑みを浮かべてアラハバキは言う。
「し……信じさせてもらいます、こんな軽はずみな行為で死にたくありません」
額に汗を滲ませながら、怯えた表情で笹島が答える。どうやら笹島に新しいトラウマができたようだ。
「アハハ、からかいがいがあるな、お前は」
喜んだ子供みたいにアラハバキは笑いながら言った。その言葉にムッときたが言い返さなかった。言い返して殺されたら困るからだ。
「それでもう一回言わせてもらいますけど……俺に一体何のようですか?」
「ほう、意外と切り替えが速いなお前は」
意外そうな表情でアラハバキは答えた。アラハバキは再び口を開く。
「神社で言っていたお前の願いを叶えに来たって感じだな」
「はぁ、そうですか……て、え?」
笹島は驚いた表情をした。なぜ神社で言った願いをアラハバキが知っているのだと。疑問を抱きながら丁寧に話す。
「なぜそのことを知っているんですか?」
「俺はあそこの神社に祀られていたからな、お前の神社で行った行動は全部見ていたぞ」
アラハバキはニヤリとして嫌らしそうに答える。その態度にイラッときたが気にしないことにした。
「ということは……あなたはあの古びた神社の神様ってことですか?」
「そういうこと」
「なるほどね……ということは俺の身に奇跡が起きているのもあなたのおかげですか?」
「あぁ、からかいがいがあると思ってな。お前に姿を見せないように近づいて、いたずらしてあげたぞ」
やはりアラハバキは嫌らしそうに答える。その言葉に笹島が軽く笑う。これは別に怒って良いよね、と自分に言い聞かせる。そしてじりじりと内なる怒りが沸いてくる。そして大きく息を吸ってアラハバキに怒鳴った。
「『いたずらしてあげたぞ』じゃないでしょ! その奇跡のおかげでどれだけ俺に迷惑かけていると思っているの!? 大変だったんだよ!? ブレーカー落ちるは苦いカレー食わされるはドロボーと対面するはでかなり苦労したぞ!? しかも何でよりによってそんなマイナスな奇跡おこしたの!? もっと色々あるでしょ!? 女の子にモテるとか宝くじで大当たりするとか瞬く間に世界に俺の名を挙げるとかそんなベターなもので良いじゃない!? 返してくれ! 今日一日分の俺のピュアな心と体を返してくれー!」
今日の出来事をアラハバキに向かってぶちまけた。相当怒っているようだ。
「うるさいな、ちょっとからかっただけじゃないか」
「それなら謝ってくださいよ!」
「わかった落ち着けって……興味本位でいたずらしてすまなかった」
笹島を一旦落ち着かせた後にアラハバキは目を閉じて頭を下げた。その姿は心から謝罪したように見えた。
「う……何で素直に謝るかな。何か怒れなくなってきたじゃないか、俺も文句言って悪かったよ」
さっきまで頂点に達していた怒りが徐々に引いていった。俺って何か素直なやつに弱いタイプだな、と実感していた。その言葉を言った後アラハバキがニヤリと笑っていた。全然反省してねぇ!、と心の中で叫んだ。
「あ、後カレーとやらの事に関しては俺と関係ないぞ、お前の母親の問題だな」
アラハバキは笹島の言っていた言葉の補足をした。その言葉を聞いたとき笹島は疑問に思ったので問いただした。
「え、なんでそんなことが分かるんだ。アラハバキがすり替えたとかじゃないの?」
「いや、さすがに俺でもアレは選べない」
キッパリと否定するアラハバキ。なぜそこまで自信満々に言えるんだよ、と疑問に思っていた笹島だが母親のことを考えたらそうかもしれないと納得してしまった。どうも母親はそのような事での前科があるようだ。
「……後で母さんに普通の物を買うようにハッキリ言っとかなきゃいけないな」
あんな爆弾みたいなものをまた食うのは何があっても回避したい笹島であった。
「それで、話を元に戻すがお前は俺に『この平凡な毎日が驚くように変わりますように』と願ったよな?」
「あ……あぁ、確かにそう言ったよ」
いきなり話を戻されたので少し戸惑うが、アラハバキは俺に何かしてくれるのか、とちょっとだけ期待する。
「それでな。お前を神の世界……『高天原』に連れて行ってやろうと思うんだ」
「へ……? 『タカマガハラ』ッテナンデスカ?」
あまりにも唐突だったので何を言っていいかわからず片言に質問してしまった。
「『高天原』は八百万の神々が住まう場所、天照大神が統治している国だ」
「天照大神ねぇ、ゲームとか漫画で良く聞くけどどんな神様ですか?」
「簡単に言えば太陽の神様だな、八百万の神の最高神だから位の低い神様は姿さえ見られないな。それと最高神からか見た目は最高の美少女だ」
「美少女だと!」
笹島は美少女と聞いて思いっきり食いついた。でもそこである疑問が浮かぶ。
「そういえば、なぜ少女? もっと大人の感じなイメージがあるけど」
「若い体だと力が衰えにくいと言われててな、力を衰えさせないために少女の姿をしているのだよ」
「なるほどね。凄く天照大神に会って見たいけど会えるの?」
「俺は天照を監視する仕事をしているから嫌と言うほど見れるが、どうなのだろうな」
「監視? その話すっごく聞きたいんだけど」
「話すと長くなるから駄目だ、諦めな」
「……そうですか」
天照の話が聞けると期待していた笹島だったが拒否されたので肩を落とす。
「仕事の話は聞かせないが、お前が思っている疑問を俺が出来る範囲で答えてやるよ」
「……今更ですけどこの空間は一体何ですか?」
笹島たちが居る空間はどこもかしこも全くの真っ白の空間であった。この空間の地面は水で覆われているのか水の波紋が目立つ。
「この空間は俺が作り上げた何もない空間だ」
「何もない空間? アラハバキはこんなこともできるの?」
「いや、これをできるのは神の中でもほんの一握りだ。それに“魂”しかこの空間に入れないからな。“肉体”も入れる空間を作れるのは上位の神々同士が力を合わせてやっと作れる程度だ。一人だけで作ることは絶対に無理。それ相応の力が必要だからな。」
きっぱりとアラハバキは答える。うん、何言っているかさっぱりわからない。多分アラハバキが断言するならそうだろうな、と笹島はあんまり理解せずに考える。
「そういえば今俺は魂同士の無の空間にいるわけですよね、肉体はどこにあるのですか?」
「ベットで安らかに眠っているな」
「じゃあさっきみたいに魂だけが死ん――」
「魂が抜けたら肉体も死ぬ、当たり前だろ」
言葉の途中でアラハバキに即答される。あまりにも返答が早かったのでちょっとショックだった。
「さっき言っていた『力』て何ですか?」
「俺たち神様が持つ力だな。神の世界では一般的に“霊力”と言われている。傷を癒したり自分を活性化させたりできる。まぁ他にも色々できるんだが短時間での説明は無理だな。汎用的に使える力と思ってくれれば良い」
「その“霊力”は無限に使えたりするの?」
「無限、ではないな。この世で言うガソリンみたいな感じで消費する力だからな。でも神によって自分の神体に貯められる“霊力”は個神差があるから長時間力を使えたり逆に短時間しか力を使えなかったりする」
何言っているかさっぱり理解できないけど『個神差』なんてうまいこと言ったな、と別のところで感心している笹島だった。
「他に質問はないのか?」
「仮に俺がその高天原に行くとすると、現実世界の俺はどうなるの?」
「俺の使いの能力を利用してお前自信を複製する、そしてもう一人のお前を創り出す。元であるお前が高天原に行き、複製した方が元のお前がいた世界で暮らす」
アラハバキの袖から一匹の白蛇が顔を出す。白蛇の赤い目が笹島を冷たく睨みつける。白蛇と目が合ってしまったので目線を逸らした。
「そ、そんなこともできるのか!? アラハバキは?」
「ま……でももう一人のお前を作るにはお前の鮮血が必要だけどな」
真顔でアラハバキは答える。その顔は何かと末恐ろしかった。
「い、痛いのか?」
心配そうにアラハバキに問う。その言葉から痛いのは当たり前だが極力痛いのは避けたい。
「そうだな……どうせ気絶するし楽なんじゃないかな」
アラハバキは素っ気ない声で答える。もうちょっと俺のこと考えてくれよ!、と心の中で叫んでいた。
「……行くかどうか決めようと思うから時間をくれないか?」
戸惑った笹島はアラハバキに言った。アラハバキは無言でうなずいたので、考える時間をやる、という意味なのだろう。
それから数十分がたった。笹島はまだ行くかどうか難しい顔をしながら悩んでいる。笹島が悩んでいる姿をずっと見ていたアラハバキがため息混じりにこう言った。
「それで……高天原に行くのか? 行かないのか? ちなみに選択は一回のみだ。後から変えられると思ったら大間違いだぞ。平凡な毎日が変わる神の世界に行くか、それとも平凡を求めて元の世界に残るか選択は二択のみだ」
「…………」
「さぁ、お前はどちらを選ぶか、答えてもらおうか」
「…………」
笹島は真剣に悩んだ。これが一生に一度しかないくらいの究極の選択だった。確かに高天原や神の世界に興味はあるが、それのせいで自分がいた世界を捨てることなどできるのか。
家族や友達などの大切なものを捨ててまでも行く世界なのか、だがこれを逃したらもう二度とこのチャンスは来ないだろう。
天照という伝説上の神にも会ってみたいし、現在の神がどのような暮らしをしてどのような技術を持っているのかも知りたい。
「……すまない!」
アラハバキに向かって土下座をする。今の自分では神の世界に行くかどうかの決断はできなかった。曖昧な判断だとどうしても悔いが残ると考えたからだ。
「? どういう事だ?」
不思議そうにアラハバキは答えるが、表情は真剣な顔つきのままである。
「今決めるのは無理だ。だから俺に時間を与えてくれないか、一日だけで良い。俺に時間を与えてくれ!」
土下座したままでアラハバキに頼んだ。するとアラハバキが深くため息をついた。呆れたような表情でアラバキは言った。
「わかった。今から二十四時間考える時間をやるから自分が後悔しないような判断をしな」
「……え」
思いもしない言葉を聞いて笹島は鳩が豆鉄砲食らった様な表情をした。早く決断しない自分に選択を急がせたアラハバキが簡単に時間を与えたのだろう。
しかし、今はそんな考えはどうでも良かった。もの凄く短気な奴だと思っていたがそうでもなかったんだな、と笹島はアラハバキを見直した。さらに頭を下げて感謝の言葉を言った。
「……ありがとう」
「気にするな。これは俺の同情心で発言したことだからな」
「それでもうれしいよ、少しは気が楽になったから」
笹島はまだ少し信じられなかったが心に余裕ができた。緊張がほぐれ楽になったので、立ち上がって再び感謝の言葉を言った。
「本当にありがとう」
「う……気持ち悪いなお前は。感謝する時間があるのなら考えるための時間に使ったらどうだ?」
感謝の言葉に聞き飽きたのか、呆れた表情でアラハバキは言った。
「そ……そうだな」
納得した表情で笹島は言った。するとアラハバキがゆっくりと笹島の方に近づいてきた。
「もうこれ以上は用はないし、お前を元の肉体へと返すか」
ダルそうに言うとアラハバキは笹島の頭に手をのせて、ニヤリとした嫌らしい表情で告げた。
「この空間で起こった感覚がお前を襲うから覚悟しとけ」
「え? 何いっ――」
急に視界が暗くなった。そして意識が遠ざかっていった。
どうもトサカです
とりあえず言っておきたいことがあります
更新めっちゃくちゃ遅れました、本当に申し訳ないです
こんなに遅れるとは自分自身も思いませんでした
次の話はできるだけ早く書きますので次回も読んでくれるとうれしいですね
ではノシ