↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生き神様は籠の鳥  作者: 安達夷三郎
第一章、生き神の少女
PR
2/3

一話

翌日。


カタクリの言った通り、太陽が空の真上に差し掛かる頃、神職の人達に連れられて旅人が社を訪れた。


神託を授けるため、冷ややかに澄んだ空気が満ちる拝殿に向かうと、神職達の前に一人の男性がぽつんと座っている。


あまり見たことのない、使い込まれた頑丈そうな布地の旅装束。

見たことのない革の金具がついた大きな荷物。

そして、私が今まで見たことのないような遠い場所を知っている目。

ああ、この人は外から来たのだ。私の知らない風をまとって、ここへ辿り着いたのだ。


彼が、カタクリの言う『マレビト』なのだろう。


「彼はマレビトです。今晩は山に留まってください」


事前にカタクリから教えられていた言葉を、私は神託としてそのまま反復する。

神職達は「承知いたしました」と深く平伏し、何が起きたのか分からず困惑している旅人を、社の奥へと連れて行った。


✳✳✳


「……旅人さんは大丈夫なの?」


自分の部屋に戻り、文机(ふづくえ)の横に腰を下ろすと、お供え物を物色しているカタクリに尋ねた。


私が部屋に戻る直前、彼は「ちょっと様子を見てくる」と言って旅人のところへ向かっていたのだ。


「無理に下山しようとして神社から出られなくなっていた。……多分、大丈夫だろう」


カタクリはお供え物の干し柿をもぐもぐと頬張りながら、いつものように素っ気なく答える。


……それって、本当に大丈夫と言えるのだろうか?


微妙に噛み合わない彼の答えに、私は苦笑いするしかなかった。


「お前も食うか?多少腹は膨れる」


「私は大丈夫」


「そうか」


カタクリは差し出していた干し柿を巾着の中に入れた。巾着には銀色の糸でヤマイヌの刺繍(ししゅう)が施されている。


私はさっき夕餉(ゆうげ)を食べたばかりだし、何より緊張で胸がいっぱいで、お腹なんて空いていない。


「さて……お前も分かっている通り、お前が外を出歩くことを歓迎する奴はいないよ」


「うん……」


「まずは明日の用意でまだ残っている神職達を帰すんだ。そうしないと社から出ることもできないだろう。……余計なこと言うなよ」


「うん、気をつけるよ」


(余計なことを言わないように気をつけないと)


胸の鼓動が早くなるのをごまかすように、自分の身なりに視線を落とす。


真っ白な白衣(はくえ)から覗く椿の花のような深紅色の掛衿(かけえり)。下は同じ色の緋袴(ひばかま)、上には千早(ちはや)と呼ばれる羽織を被っている。


そのままでは可愛くないからと、千早にはところどころ髪飾りと同じ花の装飾が施されているが、白と赤を基調(きちょう)としたこれは巫女装束と呼ばれる服装だと、昔カタクリが言っていた。


肩まで伸びた黒髪は、軽く結っている。

そこに飾っているのは、夕焼け色の花の髪飾り。七歳の誕生日に、カタクリが贈ってくれたものだ。

何の花かは分からないけれど、可憐(かれん)で温かみがあって私の一番の宝物だった。

もし逃げ出すと決めた時でも、これだけは絶対に持って行こうと心に決めている。


深く呼吸を整え、文机の上に置いてあった赤い紐が付いている鈴を手に取った。


チリンチリンと澄んだ音を響かせて、一人の若い巫女を呼び寄せる。


「生き神様、いかがされましたか」


「あの、明日の準備が済んだのなら今日はもう、みんな村にお帰りください」


「はい。わたくしめ、明日の確認を済ませてから帰らせて頂きます」


巫女は深く深く頭を下げると、祈りを捧げるように両手を胸の前で固く重ね合わせた。


「生き神様、どうか末永くこの村をお守り下さい」


「……はい」


胸の奥が痛みにきしむ。

偽りの返事が、喉の奥につっかえて上手く声にならない。


巫女はもう一度一礼し、静かに部屋を後にした。

足音が廊下の奥へと消えていく。

その音が完全に聞こえなくなるまで、私は息をひそめてじっと待っていた。


「本当に……いいのかな」


思わず口をついて出た言葉に、カタクリは小さく息を吐いた。


「ここに残るか?お前の意志で決めたのなら、オレは構わない」


「……」


「よく考えるんだ。時間はまだある、急いで決めるものでもないよ」


その言葉に、私はぎゅっと着物の袖を握りしめた。


「私、私は……ここに残るべきだって思う。そのために生まれて、そのために育てられてきたから。でも……外の世界を見てみたい気持ちはやっぱり変わらないよ」


「そうか。……念のため、神職達が本当に全員帰ったか見てくる。お前はここで待っていろ」


カタクリの足音が静かに遠ざかり、広々とした部屋には私ひとりが残された。


ひんやりとした文机におでこを押しつけるようにして突っ伏し、目を瞑(つむ)って思考の海に沈む。


『生き神様、どうか末永くこの村をお守り下さい』


さっきの巫女の言葉が、頭の中で何度も響く。


村人達の顔が浮かぶ。

豊作を喜んで涙を流していたおじいさん。無事に子供が生まれたと嬉しそうに報告に来た若いお母さん。私を神様だと信じて、疑うことなく手を合わせていた幼い子供達。

あの期待と安堵に満ちた笑顔を思い浮かべるたび、胸がギューッと握りつぶされるように締めつけられた。


もしも私がこの山を去ったら、どうなるのだろう?


明日からの神託は絶え、村人達は道標(みちしるべ)を失う。長年当たり前に存在していた守り神が消え去ったとき、村を包むのは激しい混乱と絶望に違いない。


自分達を裏切り、捨て去った私に対して、彼らは深い呪詛(じゅそ)の言葉を吐くだろのだろうか。あるいは、生き神を失った村に災いが降りかかることを恐れて、震え上がることになるのだろうか。


そう思うと、差し出された自由への鍵が、ひどく重いものに思えた。


(私は……みんなを裏切ってまで外に行きたいなんて、本当に、自分勝手なのかな)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。