萌芽
仕事からの帰り道、車があまり通らないような小道で猫の轢死体を見つけた。多分白猫だろうけど、血でどす黒く濡れて、てかてかしているのを見るとまるで黒猫にも見える。
骨がグチャグチャになっているらしく、四肢は自分の道に向かって歩き出す若者達のように、てんでバラバラの方向を向いていて、口と腹の辺りからはてらてらとした内臓が、収まっていた容器を突き破って顔を出していた。
じっと見つめた。今にも呻きだしそうな、半壊した顔面をじっと。
人の気配がしてふと視線を上げると、二十歳くらいだろうか? 日傘をさして白いワンピースを着た綺麗な女性が、轢死した猫を恍惚の表情で眺めていた。
「今日は、一段と美しいわ」
喋り掛けられているのだろうか? よくわからないが、続いて俺もにあいまいに喋りかけた。
「綺麗だなぁ」
彼女は視線をこちらにやると、ニコッと微笑んだ。
「私の名前はカリン。あなたもこの美しさがおわかりになるの?」
思った通り、とても素敵な名前だ。
「ああ、一見動くことを止めた肉の塊に過ぎないが、見る者によっちゃ至高の芸術品だ」
カリンとは初めて会った気がしない。何故だろう? 母のようでいて、長年連れ添った妻のような、心の奥底に根付いた愛情を感じる。
「私も……」
「え?」
「私もこの猫の様に、素晴らしい芸術品になれるかしら?」
俺は驚いた。こんなに綺麗な人が、まさか自殺願望でもあるのだろうか? だけどそんな驚きとは裏腹に、湧き上がってくるもう一つの感情がある。
「カリンならこの肉の塊より、もっと美しく、気高い芸術品になれるよ」
「ふふふ」と笑った彼女は、懇願するような目で俺を見つめてきた。
鮮血に染まるカリンの姿を想像すると、悦楽の極みに達しそうな気がしてならない。
2010/1




