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第二十二話 太陽を喰らう板と、真夏の絶対零度

 翌朝。

 俺の家の前には、ちょっとした「肉屋の開店前」みたいな光景が広がっていた。


 昨日、Aランク女戦士のガランが「手土産だ!」と笑いながら置いていった巨大猪の魔物。

 それをロエンが早朝から黙々と解体した結果、部位ごとに切り分けられた肉の塊が、清潔な布の上にずらりと並んでいたのである。


 量が多い。

 多いなんてもんじゃない。

 もう「今日は肉だな」じゃなくて、「今後しばらく人生が肉寄りになるな」という量だった。


「すごいな、これ……」


 寝起きの頭をがしがし掻きながら俺が呟く。


「スーパーの精肉コーナーでも、こんな圧のある肉の並び方はしてないぞ」


 ロエンは血のついたナイフを布で拭い、いつもの無愛想な顔でこちらを見た。


「感心している場合じゃない。コウタ」

「ん?」

「このままだと腐る」


 ど直球の現実だった。


「春先でも日中は気温が上がる。今日中に塩漬け、燻製、干し肉のどれかに回さないと半分以上は駄目になる」

「えっ」

「塩はあるか」

「あるけど、待て待て待て。そんな冷静に保存食ルートへ確定させるな」


 俺は思わず肉の山を見た。

 赤身の美しい部分。

 ほどよく脂の入った分厚い部分。

 どう見ても“いま焼いたら優勝です”みたいな顔をしているステーキ候補たち。


「……あのへんの、いかにも今すぐ焼いてくれって見た目の肉も?」

「腐ればただの危険物だ」

「正論が強い」


 ロエンの言っていることは一切間違っていない。

 間違っていないのだが、現代日本育ちのインドア高校生としては、この見事な肉を全部干し肉コースへ送るのは情緒が耐えない。


「……冷蔵庫」


 俺はぽつりと呟いた。


「いや、冷凍庫も欲しいな。でかいやつ」

「レイトウコ?」

「冬を箱に閉じ込めて、食べ物を腐らせない文明の神器だ」

「そんなものがあるのか」

「ある。俺の世界にはあった。そして、たぶん今からこの世界にも生える」


 ロエンの眉がわずかに動く。

 生えるってなんだ、という顔だ。

 俺もそう思う。


 だが、俺の『通販スキル』はそういう理不尽を平然と実行する。


 俺はすぐに家へ戻り、空中に『通販ウィンドウ』を呼び出した。


『大型冷蔵庫 ファミリー向け』


 検索結果は一瞬で出た。

 両開きの立派な冷蔵庫。

 冷凍室も広い。

 野菜室もある。

 いや今ほしいのはほぼ肉室だけど。


「よし。ある。さすが文明」


 MPも問題ない。

 今の俺は快適睡眠と安全圏生活の積み重ねで、ほぼ最大値近くまで回復している。

 冷蔵庫一台くらいなら余裕だ。


 ――ただし。


「電気だよなあ……」


 冷蔵庫は置くだけで満足するタイプの家電ではない。

 常に動いて、初めて価値がある。

 今あるポータブル電源でも数日は回せるだろうが、そのたびに買い足していたら、さすがにMP効率が悪い。


 持続可能な引きこもり生活には、持続可能なインフラが必要だ。

 つまり。


「仕方ない。ついにやるか……文明の本丸を」


 俺は検索ワードを打ち直した。


『ソーラーパネル オフグリッド 蓄電池セット 大容量』


 表示された数字を見て、俺は思わず顔をしかめる。


【必要MP:6500】


「高っ」


 高い。

 かなり高い。

 ログハウス級の出費だ。


 だが、これは浪費ではない。

 これは投資だ。

 未来のキンキンに冷えた麦茶と、冷凍アイスと、腐らない肉と、夜でも使えるゲーム機のための、偉大なる文明投資である。


「……ぽちっとな」


 購入を念じた瞬間、ログハウス前の空き地に、これまで見たことのない規模の青白い魔法陣が浮かび上がった。


「なんだ!?」


 外のロエンが即座に身構える。


「ひゃっ!?」


 見張り台代わりの木の上にいたミリィが枝にしがみつく。


 さらに、なぜか当然のようにまた朝から来ていたガランが、大斧に手をかけて笑った。


「だっははは! 今度はなんだい坊や! ついに家よりでかい魔物でも呼んだのかい!?」

「違う! 俺の荷物だ! いちいち戦闘態勢に入るな!」


 ズズンッ、ドスンッ、と重い音が連続する。

 現れたのは、大人一人がすっぽり入る縦長の箱と、平べったい巨大な箱がいくつも、さらに黒くて重そうな四角い箱だった。


 うん。

 完全に家電量販店の配送トラックが異世界転移してきた図だな、これ。


 外へ出ると、ちょうど森の奥からシルフィも顔を出していた。

 昨日のゲーム大会が悔しかったのか、やや寝不足っぽい顔で箱の山を見上げている。


「……朝から騒がしいな。今度は何を呼んだ」

「文明の夜明けだ」

「意味がわからない」

「太陽の光を食って、家に力を流し込む板だ」

「……太陽を喰う?」


 シルフィの目がすっと細くなった。

 やめろ。

 急に禁忌の神器みたいな扱いになる。


「喰うんじゃない。まあ、だいたいそんな感じだけど」

「どっちだ」

「ニュアンスで理解してくれ」


 ガランが腕をぶんぶん回しながら前へ出る。


「面白いじゃないか! で、アタシは何をすればいい?」

「助かる。ガランとロエン、この平べったい箱を屋根の上に運んでくれ。重いし、表面が割れやすいから丁寧に頼む」

「任せな!」

「……わかった」


 こうして始まったのが、異世界フィジカル最強クラス二名による太陽光発電設置工事である。


 俺は説明書を片手に、必死で指示を飛ばした。


「そこ、角持って! いやガラン、雑にひょいっとやるな、こっちは文明の心臓部なんだぞ!」

「だっははは! 大丈夫さ、このくらい!」

「その“このくらい”で家ごと壊される未来が見えるんだよ!」

「ロエン、右に少し寄せて! 南向き! 太陽が長く当たる向き!」

「細かいな」

「文明は細かさでできてるんだ!」


 屋根の上では、ガランが巨大パネルを軽々持ち上げ、ロエンが寸分違わず金具で固定していく。

 本来なら足場を組んで半日がかりでもおかしくない作業が、この二人にかかると異様に早い。


「おっきい板だー!」


 下でミリィが拍手している。


「すごい! 家がつの生えたみたい!」

「やめろ、不吉な感想を言うな」


 シルフィは腕を組んだまま、屋根の上の黒い板をじっと見ていた。


「……本当に魔力は感じない」

「電気だからな」

「でんき?」

「魔力じゃない便利な何かだ」

「雑だな」

「説明すると長い」


 配線を家の中に通し、黒い蓄電池へ接続する。

 コネクタが、かちりとはまる。


 数秒の沈黙。


『ピッ』


 液晶ディスプレイが光った。

 その瞬間、入力ワット数の数字がぐんぐん上がり始める。


「うおおおおっ!」


 俺は思わず両手を上げた。


「発電してる! 成功だ! 太陽が働いてる!」


「数字が増えたぞ!?」


 ガランが本気で驚いている。


「箱が生きてるのかい!?」

「生きてない! でも偉い!」

「意味はわからんがすごいことだけはわかる!」


 よし。

 これでこの家は、晴れている限り自力で電気を生む。

 つまり俺の引きこもり拠点は、また一歩、戻れないところまで進化した。


「次だ。冷蔵庫を入れるぞ!」


 最後に開けた縦長の箱から現れたのは、白くてピカピカの大型冷蔵庫だった。

 木のぬくもりに満ちた異世界ログハウスの中で、それだけが異様に近代的で、あまりにも浮いている。


 だが、だからいい。


「かっこいい……」


 俺は思わず呟いた。


「白物家電って、なんでこんな神々しいんだろうな」

「それに感動するのはお前だけだと思う」


 シルフィが冷静に言う。


「いや、わかるだろ。この頼もしさ」

「まったくわからん」


 俺はコンセントを差し込み、祈るような気持ちでスイッチを入れた。


 ブゥゥゥン……。


 低く、力強い駆動音が部屋に響く。


 異世界に、冷蔵庫が産声を上げた瞬間だった。


「唸ったぞ」


 ロエンの耳がぴくりと動く。


「威嚇か?」

「違う」

「斬るか?」

「だから斬るな! なんで家電の第一選択肢が討伐なんだよ!」


 俺は慌てて冷蔵庫の前に立つ。

 文明は守らねばならない。


「これは冷気を作る箱だ。中が冷えるまで少し待つ。ロエン、肉を運んでくれ」

「……わかった」


 数十分後。

 扉を開けると、中からひんやりした空気が流れ出した。


「おお……」


 思わず声が漏れる。

 この冷気。

 この安心感。

 やっぱり冷蔵庫って偉大だ。


 ロエンが切り分けた肉を、チルド室や棚に次々と詰め込んでいく。

 肉、肉、肉。

 見事なくらい肉で埋まる冷蔵庫。

 夢があるような、少し怖いような光景だった。


「……信じられん」


 シルフィが扉の前に立ち、漏れてくる冷気を手で受ける。


「箱の中だけ、冬の森だ」

「これで肉はしばらく腐らない」

「理を外れているな、お前の力は」

「だろ?」


 俺が得意げに胸を張ると、ガランが勢いよく振り向いた。


「つまり、氷も毎日作れるのかい!?」

「作れる」

「冷たい麦茶も!?」

「できる」

「肉も生のまま残せる!?」

「いける」

「だっははは! 最高じゃないか!!」


 ガランが心の底から嬉しそうに笑う。

 わかる。

 わかるよその気持ち。

 文明はテンションが上がる。


「ただの引きこもりじゃないよ、坊や。アンタ、だいぶ危険な文明使いだね」

「褒め言葉として受け取っておく」


 さて。

 インフラ整備が終わったなら、次は当然、ご褒美である。


 俺はさっき冷凍室にこっそり入れておいたものを取り出した。

 カップ入りのアイスクリーム。

 バニラとチョコ。

 文明の冷たくて甘いやつだ。


「なんだい、その小さい壺みたいなのは」

「食えばわかる。今日の勝利記念だ」


 木のスプーンを配り、みんなにひとつずつ渡す。


 最初に食べたのはミリィだった。

 バニラを大きくすくって、勢いよく口へ入れる。


 ぴたり、と止まる。


 次の瞬間、両手で頭を押さえた。


「いぃぃぃぃぃ!?」

「あー、急にいくと頭がキーンってなるぞ」

「つめたい! あたまいたい! でもあまい! おいしい! なんで!?」

「文明だからだ」

「文明ひどい!」


 涙目になりながら、ミリィはそれでも次のひとすくいへ向かっていた。

 すでに負けている。


 シルフィはチョコを少量だけ口に含み、静かに目を閉じる。


「……雪のように溶ける」

「だろ」

「だが、濃い。甘いだけじゃない。少し苦い。森の蜜よりずっと強い」

「チョコって偉いよな」

「危険な食べ物だ」

「そう言いながら食べる手は止まってないぞ」

「うるさい」


 ガランはひと口目から大騒ぎだった。


「だっははは! なんだいこれ! 冷たいのに甘い! 甘いのに消える! 真夏に雪を食ってるみたいじゃないか!」

「アイスだからな」

「これを食いながらゲームをしたら、もう家から出られないだろ!」

「お前は元から帰る気が怪しいんだよ」


 ロエンは無言でバニラアイスを食べていた。

 だが。


 その尻尾だけが、今まで見たことがないくらい気持ちよさそうに左右へ揺れている。


 ふわ。

 ふわふわ。

 めちゃくちゃ機嫌がいい。


「……ロエン」

「なんだ」

「甘いもの好きだったのか」

「別に」

「尻尾がすごいぞ」

「気のせいだ」

「いや、今日は隠せてないって」

「うまい?」


 ミリィがきらきらした目で覗き込む。


「……悪くない」

「今、かなり好き寄りの“悪くない”だったな」

「うるさい」


 でも尻尾は止まらない。

 正直すぎる。


 俺も自分のアイスをひと口食べて、深く息を吐いた。


 屋根ではソーラーパネルが静かに光を受けている。

 部屋の隅では冷蔵庫が頼もしい音を立てている。

 中には大量の肉。

 冷凍室にはアイス。

 ジャグには冷えた麦茶。

 そして部屋の真ん中には、アイスを食べながら次は何のゲームをするかで揉めている異世界住人たち。


「……完璧な引きこもり環境が、また一歩完成してしまった」


 俺はキャンプチェアに深く腰を沈めた。


 電気がある。

 冷たいものがある。

 食料が保存できる。

 もうかなり強い。


 ただ一つ誤算があるとすれば、俺の家がもはや「森の静かな隠れ家」ではなく、遠目にもわかる謎のハイテク拠点へ進化しつつあることくらいだ。


 屋根には黒い板。

 中には唸る白い箱。

 集まるのはエルフ、獣人、Aランク冒険者。


「……客観的に見ると、だいぶ怪しいな」

「今さらだろう」


 シルフィが即答する。


「最初から怪しい」

「反論できない」


 まあ、いい。

 快適さの前では些細な問題だ。


 俺はうとうとしながら、次に冷蔵庫を何で埋めるか考えた。

 肉はある。

 アイスもある。

 となると次は冷凍餃子か、冷食チャーハンか、それとも氷菓子系を充実させるべきか。


 そんなことを考えているうちに、ガランの「次はあの車のやつだ!」という大声と、ミリィの「アタシもやる!」という元気な声が、心地よいBGMみたいに遠くなっていく。


 異世界の森の奥深く。

 俺の理想の引きこもり生活は、たぶんもう取り返しがつかないくらい方向を間違えている。


 でも――。


 冷えた空気と、うるさい笑い声のある家ってのも。

 案外、悪くないのかもしれなかった。

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