表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/53

第十六話 家の前の小さな影と、鍋いっぱいのシチュー

 引きこもり生活七日目。


 その日の夕方、俺はひとりで家の前にしゃがみ込んでいた。


 昼のうちに植え終えたばかりの種芋を、なんとなくもう一度見たくなったのだ。


 土はきれいに盛られ、畝はまっすぐ伸びている。


 朝の時点ではただの“作業”だったのに、夕暮れの色の中で見ると、もう畑は完全に畑だった。


 何も生えていないくせに、ちゃんと未来っぽい。


「……すごいな」


 思わず独り言が出る。


 いや、本当にすごいのはほとんどロエンなんだけど。


 俺はその横で灰をまぶして、箱を運んで、ついでに余計な心配をしていただけだ。


 だが、それでも“ここに何かを植えた”という事実は妙に気分が違った。


 食べるものを買うだけじゃない。


 これからは、育てるものもある。


 引きこもり生活の方向性が、またひとつ変なほうへ進んだ気がする。


 まあ、悪くないけど。


 ロエンは昼過ぎに一度森へ戻った。


 「水はやりすぎるな」「畝を踏むな」「芽が出るまでは特に見る」と、最後まで畑の注意を残していったので、たぶん明日も普通に来るのだろう。


 シルフィも「今朝の気配を少し見てくる」と言って森の奥へ消えたきりだ。


 なので今、家のまわりはひさしぶりに静かだった。


 静かで、少しだけ物足りない。


 いやいや、何を思っているんだ俺は。


 静かな家こそ理想だろ。


 そう自分に言い聞かせた、その時だった。


 がさっ。


 家の横、ちょうど薪を積んであるあたりから、小さな音がした。


 俺はぴたりと動きを止める。


 風じゃない。


 今のはもっとこう、“うっかり何かに当たった”感じの音だった。


 動物か。


 それとも――今朝の“見ていたやつ”か。


 思った瞬間、背中がひやりとした。


 とりあえず立ち上がる。


 けれど、ロエンみたいに堂々と踏み込めるわけでも、シルフィみたいに気配を読むことができるわけでもない。


 俺にできるのは、家の中へ飛び込むことと、そこそこ硬いフライパンを握ることくらいである。


 すごく心細いな。


 俺はそっと扉のほうへ下がりながら、薪の陰を睨んだ。


「だ、誰だ」


 沈黙。


 返事はない。


 代わりに、かすかな息づかいのような音だけがした。


 いる。


 絶対にいる。


「出てこい。いや、やっぱり出てこなくていい。何もしないなら帰ってくれ」


 なんだその弱気な交渉は。


 自分で言っていて情けなくなったが、仕方がない。


 俺は戦うタイプではないのだ。


 できれば平和的に終わってほしい。


 すると、薪の陰で何かがもぞりと動いた。


 次の瞬間、ひょい、と小さな頭が覗く。


「……ちっさ」


 思わず口をついて出た。


 そこにいたのは、子どもみたいに小柄な影だった。


 ぼさぼさの茶色い髪。


 顔の横でぴこぴこ動く、獣じみた三角の耳。


 くりっとした大きな目は、こっちを睨んでいるくせに、驚いた鹿みたいに落ち着かない。


 そして何より、小さい。


 十歳前後の女の子に見える。


 ただし、人間ではなさそうだ。


 手足は細いが、爪は少し尖っていて、腰の後ろからはふさふさした尻尾が一本、警戒した猫みたいに膨らんでいた。


 獣人……の、女の子?


 小さな影は俺を見たまま、ぴくりとも動かない。


 俺も動けない。


 しばらく無言の睨み合いが続いた。


 なんだこれ。


 すごく気まずい。


「……えっと」


 俺が口を開くと、相手はびくっと肩を震わせた。


「お前、誰だ?」

「…………」

「返事は?」

「…………」

「喋れない?」

「…………」


 すると、小さな影は唐突に、ぐるるる、と低く唸った。


「喋れるんじゃん!」


 違った。


 言葉ではなかった。


 だが、喉から鳴るその音は明らかに威嚇だった。


 犬とか猫が警戒する時のやつに近い。


 いや、めちゃくちゃ警戒されてるな、俺。


 俺の家の前なんだけど。


「いや、そんなに怖がらなくても」


 言いかけて、俺はふと気づいた。


 小さな影の視線が、俺じゃなくて、俺の後ろへ向いている。


 正確には、開けっぱなしの扉の向こう――家の中の鍋のほうだ。


 ああ。


 なるほど。


 俺は一瞬だけ天を仰ぎたくなった。


 夕飯の下ごしらえで、さっきから野菜と肉を煮込んでいたのだ。


 今日は畑記念みたいな気分で、少し贅沢にクリームシチューでも作るか、と思っていた。


 その匂いか。


 つまりこの小さいの、食い物に釣られてきたのか。


 なんか覚えがあるぞ、そのパターン。


 つい昨日、もっとでかい狼獣人でも見た気がする。


「……腹、減ってるのか?」


 小さな影の耳がぴくりと動いた。


 だが、相変わらず睨んだままだ。


 しかし睨みの質が、さっきとは少し違う。


 警戒百パーセントから、警戒九十パーセント・食欲十パーセントになった感じだ。


 つまり、かなり脈ありである。


「……食うか?」


 そう言った瞬間、小さな影の尻尾がぴんと揺れた。


 だが次の瞬間には、はっとしたみたいにまた逆立つ。


 警戒心と空腹が喧嘩している。


 ものすごく分かりやすい。


「別に取って食ったりしないぞ、俺は」


 小さな影は、じり、と半歩だけ後ずさった。


 そのくせ、視線は鍋から離れない。


 うん、もう完全に匂いに負けてるな、これ。


 俺はできるだけゆっくり動いて家の中へ戻り、木の皿とスプーンをひとつ持ってきた。


 それから鍋の中のシチューを少しだけよそい、扉の前の地面へ置く。


 湯気が、ほわりと立ちのぼった。


「ほら」

「…………」

「毒とか入ってない」

「…………」

「信用ないなあ……」


 まあ、知らない相手の家の前で出された食い物を警戒するのは正しい。


 むしろ、ちゃんと生き延びてきた証拠かもしれない。


 小さな影は薪の陰から皿をじっと見つめ、鼻をひくひくさせた。


 耳が忙しく動いている。


 迷っているのだろう。


 近づけば危ないかもしれない。


 でも腹は減っている。


 その葛藤が、見ているこっちにまで伝わってきた。


「冷めるぞ」


 その一言が決め手だったらしい。


 小さな影は、ぱっと薪の陰から飛び出した。


 速い。


 軽い。


 まるで小動物だ。


 俺が瞬きをした間に、そいつはもう皿の前にしゃがみ込んでいた。


 ただし、すぐには食べない。


 もう一度だけ俺を見上げて、唸るように喉を鳴らす。


 近づくな、という意味か。


「はいはい、見てるだけにしとく」


 俺が両手を上げると、小さな影はようやく皿へ顔を近づけた。


 最初は一口。


 慎重に、舌先で熱を確かめるみたいに舐める。


 次の瞬間、ぴたりと動きが止まった。


 あ、これうまいやつだ。


 耳が立つ。


 尻尾が膨らんだまま、ぶわっと大きく揺れる。


 そしてそこからは早かった。


 がつがつ、というほど品はない食べ方じゃない。


 けれど、止まれない感じで夢中になって口を動かしている。


 よほど腹が減っていたのだろう。


 頬が少し丸いせいか、食べるたびにもぐもぐ動くのが妙に小動物っぽい。


 ……なんだろうな。


 警戒していたはずなのに、見ていたらだんだん心配のほうが勝ってきた。


「お前、ちゃんと食ってなかったのか?」


 問いかけても、小さな影は答えない。


 今は食べるのに忙しいらしい。


 皿はあっという間に空になった。


 けれど、小さな影はその場から動かない。


 空の皿と、俺の顔を、交互に見る。


 その目があまりにも分かりやすすぎて、俺は思わず吹き出しそうになった。


「……おかわり?」


 ぴこっ、と耳が跳ねた。


 はい、正解だった。


「お前ら獣人って、食い物に対して正直すぎない?」


 俺が呆れながら皿を持ち上げた、その時だった。


「何をしている」


 低い声が背後から落ちてきて、俺はびくっと肩を跳ねさせた。


「うおっ!?」


 振り返ると、そこにはロエンが立っていた。


 いつ戻ってきたのか、気配が全然しなかった。


 さすが獣人、でいいのかは知らないが、心臓に悪い。


 そしてロエンの視線は、俺ではなく、小さな影に向いていた。


 その瞬間だった。


 小さな影の全身の毛が、ぶわっと逆立つ。


 皿の前にいたそいつは、弾かれたように後ろへ跳び、低く身を沈めた。


 喉の奥から、さっきよりずっと鋭い威嚇音が漏れる。


「え、何、知り合い?」


 俺が聞くと、ロエンはわずかに眉をひそめた。


「……知らん」

「でも向こうはお前を見た瞬間めちゃくちゃ警戒したぞ」

「狼の匂いが嫌なんだろう」

「そんな雑な理由ある?」


 あるのかもしれない。


 実際、小さな影はロエンから目を離さないまま、じりじりと横へ動いていた。


 逃げ道を探しているのだろう。


 だが同時に、空の皿も気にしている。


 逃げたい。


 でもおかわりも欲しい。


 忙しいやつだな、と呆れたのは一瞬だった。


 次の瞬間、小さな影はさっと身を翻し、薪の陰へ逃げ込もうとした。


 だが、空腹と警戒で判断が鈍っていたのか、積んであった薪の端に足を引っかける。


「うわっ」


 短い悲鳴と一緒に、細い体がぐらりと傾いた。


 反射的に、俺は一歩踏み出していた。


「っと!」


 抱える、というより、とっさに支える。


 小さい。


 思った以上に軽い。


 そして細い。


 服越しでも分かるくらい、ひどく頼りない体つきだった。


 それに、俺はその時、はっきり気づいた。


 地面についた足跡の大きさ。


 少し前に果実の籠のそばで見つけた、あの小さな足跡と同じだ。


「あ……」


 思わず声が漏れる。


「お前だったのか。あの時、果実を食べてたの」


 小さな影はびくりと震えた。


 答えない。


 だが、耳がぺたりと伏せられる。


 それだけで十分だった。


 差し入れられた果実をかじっていた小さな足跡。


 あれは、獣の足跡ではなかった。


 この女の子の足跡だったのだ。


 しかし、次の瞬間にはその小さな体がびくりと震え、思いきり俺の腕を振り払った。


「いだっ」


 鋭い爪が、手の甲を浅く掠める。


 血がにじむほどではないが、結構痛い。


 小さな影は二、三歩飛び退き、耳も尻尾も逆立てたまま俺を睨んでいた。


 完全に「触るな」である。


「いや、ごめん。転びそうだったから」

「…………」

「助けただけ」

「…………」

「通じてないなあ」


 ロエンが小さく鼻を鳴らした。


「当然だ」

「お前はそっちの味方なの?」

「違う。知らない相手に触られたくないだけだ」

「それはまあ、そうか……」


 言われてみれば、その通りだった。


 俺だって、知らないでかい獣人に急に抱えられたら叫ぶ。


 いや、たぶん気絶する。


 小さな影は、俺とロエンを交互に見ていた。


 その大きな目の奥には、敵意というより、逃げるか残るか決めきれない焦りが滲んでいる。


 ここにいたい理由はある。


 でも、ここにいるのは怖い。


 そんな感じだ。


「……ロエン」

「何だ」

「お前、ちょっと下がってくれない?」

「なぜだ」

「たぶん、お前いると余計に警戒してる」


 ロエンは露骨に不服そうな顔をした。


「私が何をした」

「存在が圧なんだよ」

「意味が分からん」

「俺も言いながらちょっと失礼だと思ったけど、今は頼む」


 しばらく黙っていたロエンだったが、やがて小さく息を吐き、家の壁際まで下がった。


 完全に離れたわけではない。


 だが、真正面から睨まれる距離ではなくなった。


 すると小さな影の逆立っていた毛が、ほんの少しだけ落ち着く。


 やっぱりお前が怖かったんじゃん。


 ロエンはそれを見て、ますます面白くなさそうな顔になった。


 でも何も言わないあたり、ちゃんと状況は見ているらしい。


 俺はもう一度しゃがみ込み、空の皿を持ち上げた。


「……もう少し食うか?」


 小さな影の耳がぴくりと動く。


 返事はない。


 だが、今度は逃げない。


 十分だ。


 俺はゆっくり立ち上がり、家の中へ戻った。


 鍋のふたを開けると、白い湯気がふわりと立ちのぼる。


 クリームの匂いに、肉と玉ねぎの甘い匂いが混じる。


 正直、俺だってもう一杯ほしい。


 でも、あの小さいのの腹の鳴りそうな顔を見たあとだと、先に食わせるほうが気分がいい気がした。


 皿に多めによそって外へ戻る。


 今度は少しだけ距離を置いて、地面ではなく木箱の上へ皿を置いた。


「ほら。さっきより熱いから気をつけろよ」


 小さな影はすぐには来ない。


 俺が二歩、三歩と下がるのを見てから、ようやく近づいた。


 警戒心の塊みたいなやつだな。


 でも、その慎重さは嫌いじゃなかった。


 今度は一口目から少し大きい。


 そして、やっぱり止まる。


 耳が立つ。


 尻尾が揺れる。


 この反応、見覚えがありすぎる。


「……やっぱりお前ら似てるな」

「誰とだ」


 壁際からロエンの声が飛んでくる。


「匂いで釣られて、食うとだいたい落ちるところ」

「一緒にするな」

「でも最初、お前もカップ麺でそんな感じだったろ」

「違う」

「違わないだろ」


 小さな影は会話の意味までは分からないらしいが、食べながらちらちらロエンを見ていた。


 警戒は残っている。


 けれど、さっきほど剥き出しではない。


 少なくとも今は、目の前のシチューのほうが優先らしい。


 やがて二杯目もきれいに空になった。


 皿を舐めそうな勢いだったので、さすがに途中で止まったが、危なかった。


「……食べすぎると腹壊すぞ」


 そう言うと、小さな影は初めてはっきりと顔をしかめた。


 不満そうである。


 喋らないくせに、表情は分かりやすい。


「お前、本当に言葉分かるのか?」


 問いかけると、小さな影はしばらく黙っていた。


 それから、ものすごく小さな声でぼそっと言った。


「……わかる」

「喋った!」


 俺は目を丸くした。


 ロエンもわずかに目を細める。


 小さな影は、しまった、という顔をした。


 耳がぺたりと伏せられる。


 完全に“うっかり出た”やつだ。


「じゃあ最初から喋れよ!」

「……しらないやつに、しゃべらない」


 今度は少しだけはっきりした声だった。


 高くて、幼い女の子の声。


 見た目通り、本当に子どもなのかもしれない。


「それはまあ、筋は通ってるな」


 俺が頷くと、小さな影は少しだけ顎を上げた。


 褒められたと思ったのかもしれない。


 ちょろい……いや、素直だな。


「名前は?」


 聞くと、小さな影は口をつぐんだ。


 さっきよりは落ち着いたが、そこはまだ簡単には答えないらしい。


 代わりに、俺の後ろ――家のほうを見る。


「……あそこ、おまえの巣?」

「巣って言うな。家だ」

「いえ」

「言い直したな」


 小さな影は少し考えてから、ぼそっと続けた。


「へんなにおいする」

「すごい既視感あるな、その感想」


 壁際でロエンが腕を組んだまま言う。


「私はもっとましな言い方をした」

「どこがだよ」


 小さな影はロエンの声にまた少しだけ身を固くした。


 やっぱりこいつ、狼系が苦手なのかもしれない。


 あるいは逆に、同じ獣人だからこそ警戒が強いのか。


 そのへんはまだよく分からない。


「で」


 俺は空になった皿を持ち上げながら聞いた。


「お前、何しに来たんだ?」


 小さな影はすぐには答えなかった。


 代わりに、夕方の畑へ視線を向ける。


 土の匂いの残る、できたばかりの畝。


 そして、ついさっき植えたばかりの種芋の場所。


 その視線の意味に気づくまで、一秒かかった。


「……まさか」


 俺が呟くと、小さな影は言いにくそうに口を開いた。


「……いも、うえてたから」

「それで?」

「たべもの、あるかもって」


 ものすごく正直だった。


 つまりこいつ、今日植えたばかりの畑を見て、“これから食い物になる場所”だと察して寄ってきたわけか。


 先見の明があるのか、ただ腹ぺこなのか、判断に迷うな。


 ロエンが低く言う。


「掘る気だったのか」


 小さな影はびくっと肩を震わせた。


 図星らしい。


「おい!」


 俺は思わず声を上げた。


「植えたばっかだぞ!?」

「……まだ、ほってない」

「ほる気はあったんだな!?」


 小さな影は視線を逸らした。


 耳がぺたんと寝て、尻尾もしゅんと下がる。


 あ、今ちょっとしょんぼりした。


 怒るべきなのに、なんか怒りきれない。


 だって、腹が減って畑を見つめていたやつにシチューを二杯食わせたのは俺だし。


 それに、少し前に果実の籠をかじっていた小さな足跡の主がこいつなら、たぶんずっと前から腹を空かせて、ここを見ていたのだろう。


 ロエンは小さく息を吐くと、壁から離れて数歩だけ近づいた。


 小さな影は反射的に身構えたが、ロエンはそこで止まる。


「盗るなら敵だ」


 低く、短い声だった。


「だが、腹が減っているだけなら話は別だ」


 小さな影は目を瞬かせた。


 俺も少し驚いた。


 ロエン、お前そういう言い方できるんだな。


「働くなら食える」

「え?」


 今度は俺が声を上げた。


 ロエンはちらりと畑を見る。


「畑はこれから手がかかる」

「まあ、そうだけど」

「こいつが芋を盗らないよう見張るより、働かせたほうが早い」


 合理的すぎる。


 でも、すごくロエンらしい。


 小さな影はぽかんとしていた。


 たぶん予想外だったのだろう。


 怒鳴られるか、追い払われるか、そのどちらかだと思っていた顔だ。


 そこへ“働くなら食える”が飛んできたのだから、そりゃ止まる。


 俺は少し考えてから、小さな影に向き直った。


「……まあ、畑を掘り返されるのは困る」

「…………」

「でも、勝手に盗らないって約束して、ちゃんと手伝うなら、飯くらいは出す」


 小さな影の目が、みるみるうちに大きくなる。


 耳も立った。


 尻尾も揺れた。


 ほんと、感情が全部そこに出るな。


「ほんと?」

「ほんと」

「まいにち?」

「そこは要相談だ」


 即答すると、今度は露骨にしょんぼりした。


 忙しいやつだな、本当に。


 でも、その反応を見て、俺は少しだけ笑ってしまった。


 どうやら俺のログハウスは、またひとり、腹ぺこな来訪者を拾いそうだった。


 しかも今度のは、畑を見て寄ってくるくらいには生活臭が強い。


 これはたぶん、面倒ごとだ。


 でも同時に、少しだけ賑やかになる予感もした。


「……で、名前は?」


 もう一度聞くと、小さな影は少しためらい、それからようやく答えた。


「……ミリィ」


 夕暮れの畑の前で、最初に手に入れた収穫は芋ではなく、新しい居候候補の名前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ