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野井琅世のコメディー短編置き場

婚約破棄の理由が酷すぎる!

作者: 野井琅世
掲載日:2026/02/21

シリーズでまとめておきますが、各短編につながりはありません。

それぞれ独立した短編になっています。



「もっとだ! もっと私を(さげす)め!」


 のっけから、とんでもない事を叫んでいる男がいる。

 周りの者達は、蔑むというか、完全に引いていた。

 そう、ドン引きだった。

 殆どの人物の表情が引き()っている。

 そんな中、一人の女性が、意を決した様な表情で前に進み出る。


「王太子殿下にお伺いします」

「なんだ?」


 女性の言葉に、王太子らしい男は何でもない風に言葉を返す。

 そんな王太子に、一瞬、気圧される様に表情を歪めながらも、女性が言葉を続ける。


「王太子殿下は、私共に蔑まれたいが為に婚約者である私に冤罪をかけ、婚約破棄を求めたのですか?」

「それ以外ないだろう?」


 女性の質問に王太子が当たり前の様に答える。

 その表情は、『何を当たり前の事を?』と、言わんばかりに不思議そうなものだった。

 ハッキリ言って、とんでもない男である。

 他人の趣味にどうこう言うつもりはないが、自分の性癖に他人を巻き込むのはどうかと思う。


「あっ。男の蔑んだ視線はいらん。男は消えろ」


 思い出した様に王太子が言う。

 自分の性癖に正直すぎる発言だった。

 あと、周りの視線は、今現在、蔑みというより若干の(おび)えを含んでいる事に気付いてほしい。


「私は、女性に蔑んだ視線を向けてもらいたいのだ。その後、罵声を浴びせてほしい。できれば踏みにじってほしい」


 いらん追加情報である。

 言われなくとも、お前がそういう願望を持っている事は伝わっているので黙っていろ。


「……殿下は、我が公爵家が後ろ盾となっている事を分かっておられるのですか?」

「無論だ。……ただ、私は、王位よりも自分に正直に生きる事を大事にしたい」


 自分に正直に生きるは良いが、自分の変態的性癖を他人に押し付けるのはどうかと思う。

 そして、立場的に迷惑をかける相手が多すぎるので、可能な限り自分を偽って生きていってほしいものである。

 だが、極めて残念な事に王太子の目は真剣そのものだった。

 自分の変態性の為に、未来の王位すら捨てる覚悟がガン決まった目をしている。

 そんな王太子に気圧された様に、女性……、公爵令嬢が一歩後退る。

 そして、公爵令嬢が何か言おうと口を開いた時だった。


「何の騒ぎだ!」


 騒ぎの輪の外から声が上がった。

 その声に反応した様に、人垣が割れる。

 そして、割れた人垣の外から壮年の男性が現れた。


「陛下⁉」


 公爵令嬢が声を上げる。

 どうやら、現れた男性は国王らしい。

 つまり、王太子の父親である。


「父上! 私は、王太子の立場を辞し、女性に蔑まれる人生を送る事にしました!」


 王太子が元気いっぱいに発言する。

 絶対に大声で言う事ではない。

 正直、話が(こじ)れるので、黙っていろという話である。


「何を訳の分からん事を言っている⁉」


 国王が驚愕に叫ぶ。

 それは、まあ、騒ぎを聞きつけてやって来たと思ったら、いきなり息子がこんな発言をぶちかましたら叫びもするだろう。

 親不孝にも程がある。


「お前が婚約破棄を叫んだと聞いて、慌てて来てみれば、何を言っているのだ⁉」


 それは、まあ、本当にそう。

 息子が婚約破棄を叫んだだけでも大事なのに、その息子が、衆人の中、自分の変態性をいかんなく叫んでいたら何を言っているのかと思うだろう。


「私は、自分に正直に生きる事にしました! 女性に蔑まれ、罵倒され、踏みにじられる事でしか得られない幸福があるのです!」

「ッ! お前っ! 変態だったのか⁉」

「そうです! 私は変態です!」


 国王の言葉に、王太子が元気よく言い切って見せる。

 思い切り方が半端ではない。

 もう少し躊躇(ためら)いがちに言っても良いと思う。


「王位はどうする⁉」

「知ったこっちゃないです! 我が師も、失う事を恐れては、何も得る事は出来ないと言っていました!」

「誰だ⁉ お前に、そんな事を吹き込んだのは⁉」

「我が師! 宰相です!」

「宰相ぉぉぉ!」


 王太子の言葉に、国王が全力で叫ぶ。

 その声を聞きつけたのか、また、一人の男性が現れる。


「呼びましたか?」


 そう、宰相の登場である。

 こんな事態だというのに、極めて呑気な口調だった。

 そんな様子の宰相に、国王が詰め寄る。


「息子に妙な事を吹き込んだのはお前か⁉」


 国王の言葉に、宰相が心外そうな表情を浮かべる。


「妙な事とは失礼な。……失う事を恐れては、新たなものを得られないのは正しいでしょう?」

「それは……、そうかもしれんが……!」


 国王が言葉を詰まらせる。

 確かに、王太子が言葉をおかしな風に捉えただけともとれた。


「宰相の家を訪ねた時に、私は、宰相を師と仰ぐ事になったのです」

「懐かしいですな」


 王太子と宰相が笑いあう。

 その横では、国王が宰相を糾弾(きゅうだん)する言葉を探していた。


「今も忘れません。宰相が、自宅の庭で裸で(たたず)んでいた姿を」

「ちょっと待てぇぇっ!」


 国王が再び叫ぶ。

 完全にツッコミ待ちとしか思えない情報があったのだから仕方ないだろう。


「変態ではないか! 宰相も、王太子とは別方向の変態ではないか!」

「そうですが?」


 叫ぶ国王に、宰相が何でもない風に答える。

 完全に自分が変態である事を認めている。


「お前! 自宅の敷地内とは言え、全裸で外に出ているのか⁉」


 国王の言葉に、宰相は、何処か心外そうに顔を(しか)める。

 そして、訂正の言葉を口にする。


「ネクタイは絞めておりましたよ」


 どうでもいい。

 心底どうでもいい。

 より変態性が増しただけである。


「宰相! どうしてくれるんだ! 息子が変態に覚醒してしまったではないか!」


 多分、それは宰相のせいではない。

 もとより変態だったはずである。

 だが、そんな事は知らぬとばかりに国王は宰相を責める。

 そんな状況に声を上げる者がいた。


「お言葉ですが!」


 王太子である。

 宰相を責める国王を非難する様な声音だった。


「私が変態に目覚めたのは宰相のせいではありません!」

「なら! 何が原因なのだ⁉」

「父上が、母上に罵倒されて喜んでいるのを目撃したせいです!」

「ばらすなぁぁぁぁっ!」


 国王が絶叫する。

 ここにきて、王太子の性癖が遺伝だった事を示す新情報である。

 そして、国王、お前も変態だったのか。


「もういい! お前達には罰を与える!」


 ヤケクソ気味の国王が言う。

 強引に事態の収拾を図るつもりの様だった。

 そして、その言葉に、王太子と宰相は何故か目を輝かせた。


「はい! 私は、国中の女性という女性にヒールの高い靴で踏まれる罰が良いと思います!」

「私は、公衆の面前で、全裸で(さら)される罰が良いと思いますね」

「お前達の願望は聞いていない!」


 王太子と宰相の言葉に、国王が怒りの声を上げる。

 国王は罰を与えようとしているのである。

 御褒美をリクエストされたら、それはキレるだろう。


「罰の意味を分かっているのか⁉」

「勿論です!」

「苦痛。そして、屈辱的でなければいけませんね」


 国王の言葉に、王太子も、宰相も、いけしゃあしゃあと言ってのける。

 此奴らの精神がどうなっているのか気になるが、知ってしまったら、こちらの精神が汚染されそうだった。


「ヒールの高い靴……! 想像しただけで身震いするほどの苦痛だ!」

「全裸で晒しもの……。くっ! なんて屈辱的なんだ!」

「白々しいわ!」


 何度目になるかも分からぬ怒鳴り声を国王が上げる。

 完全に変態共のペースだった。

 しかも、そのペースに巻き込まれている国王も変態なのだから始末に負えない。

 国の主要人物が変態だらけである。

 そんな変態共の大騒ぎに果敢に声を掛ける者がいた。


「……宜しいでしょうか?」


 公爵令嬢だった。

 すっかり忘れ去っていたが、婚約破棄の当事者である。


「公爵令嬢か。……今回の件は、すまなかった。今後については、公爵も交えて話そう」


 国王が、今更になって取り(つくろ)った様に言う。

 動機はどうあれ、王太子が婚約破棄を叫んでしまった以上、これまで通りとはいかない。

 彼女の親を含めて話し合う必要があるだろう。


「公爵令嬢……」


 王太子が、公爵令嬢に声を掛ける。

 どこか真剣な表情だった。


「君には、すまない事をした。……だが、君の蔑んだ目は最高だった!」


 真剣な表情で何を言っているのか。

 後、悪いと思っているなら、最初から自分の性癖に他人を巻き込むな。


「こんな事をしたのだ。私が、君と関わる事はもうないだろう」


 そう言って、王太子は公爵令嬢に背を向ける。

 その背は、どこか悲しげだった。


「! 待ってください……!」


 王太子の背に、公爵令嬢が(すが)る様に声を掛ける。

 その声には、焦りにも似た色があった。


「お別れだ。できるなら、最後まで私を蔑んでくれ」


 振り返る事なくそう言って、王太子は、公爵令嬢に背を向けたまま歩き始める。

 公爵令嬢が、その背を追う様に一歩踏み出した。

 (わず)かな逡巡(しゅんじゅん)。その後に、公爵令嬢が意を決した様に口を開く。

 そして、(つむ)ぎだされる公爵令嬢の言葉。



「私はSです」



 ……有名漫画を意識した感じで何を言い出すのか。

 これ以上、特殊性癖の登場人物はいらない。

 正直、興味もないので黙っていてほしい

 だが、公爵令嬢のその言葉に、衝撃を受けたかの様に王太子の歩みが止まる。

 その表情は、目を見開き、驚愕に染まったものだった。

 思わず、といった風に、王太子が公爵令嬢に向き直る。


「もし……、それが本当なら……」


 言葉に詰まりながらも、王太子が公爵令嬢に言葉を返す。

 そして、自分を落ち着かせる様に一度黙り、息を整えて続きを話す。


「それが本当なら、貴女は、私が最も求めていた女性です」


 そう言って、王太子は公爵令嬢の手を握る。


 そして、すぐさま振り払われた。


「気安く触れないでいただけますか?」

「グハァッ!」


 公爵令嬢の言葉に、王太子は自らの胸を押さえて(うずくま)る。

 そして、絞り出す様に言う。


「これは……、これは、(まさ)しくSッ!」


 王太子は、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべていた。

 そして、そんな王太子を見つめて、公爵令嬢も楽し気に口元を歪ませている。

 需要と供給が完成してしまった瞬間だった。

 破れ鍋に()(ぶた)としか言いようがない。

 出会うべくして出会ったと言うべきか、出会ってはいけない二人が出会ってしまったと言うべきか悩むところだった。


「……婚約はどうなるのだ?」


 国王が呟く。

 婚約の見直しが必要だったはずが、当人同士が妙なプレイを始めてしまったのである。

 正直、困るだろう。


「婚約は継続で構いません」


 公爵令嬢が国王に向かって言う。

 その言葉に、国王は、何処か安堵した様な表情を浮かべる。


「ただし、条件があります」


 続けての公爵令嬢の言葉に、国王が表情を引き締める。

 どんな条件を突きつけられてもおかしくない状況なのだ。

 内容次第では相当揉めるだろう。


「……殿下には、Sを演じてほしいのです」

「……は?」


 国王が、間の抜けた声を上げる。

 どんな条件を突きつけられるかと思ったら、こんな訳の分からない条件を突きつけられたら困惑するだろう。


「私はSです」


 それは、もう聞いた。

 だからどうしたという話だ。


「私は、自分より弱い人間に興味はありません。自分より強い立場の人間を踏みにじりたいのです」


 ……何を言っている?


「相手にSっ気があれば、なお良し!」


 公爵令嬢が力強く言う。

 とりあえず、立場の強いSを(しいた)げたいという願望がある事だけは分かった。

 そして、それ以上は分かりたくもなかった。

 なので、できれば、もう黙っていてほしかった。


「……とりあえず、王太子がSを演じれば解決するのだな?」


 国王が言う。

 だが、待ってほしい。

 そんな形で解決しないでほしい。


「任せてくれ!」


 王太子が叫ぶ。

 理想の相手を見つけて、完全にテンションンが上がっている。

 意気揚々と公爵令嬢の前に立つ。


「フッ。君は、黙って私の言う事を聞いていれば良いのだ」


 早速、Sを演じ始めた。

 ふんぞり返って、公爵令嬢に傲慢な台詞を掛ける。

 そんな王太子に、公爵令嬢は満足気に頷いて見せた。

 そして、王太子の横っ面を勢い良く引っ叩く。

 為す術もなく床に倒れ伏した王太子が、思わずといった風に声を上げる。


「ご、ごっつぁんです!」


 一瞬で化けの皮が剥がれた王太子は恍惚とした表情だった。

 変態である。

 そして、多数の人間が見つめる中で再びプレイを始めるな。

 周囲の人間は、皆、引いている。


「素が出ていますよ」


 公爵令嬢が言う。

 そして、倒れている王太子の背をヒールで踏みにじった。


「何という……! 何という幸福! ……違った! 何という屈辱!」


 喜びを口にした王太子が、とってつけた様に言いなおす。

 流石に今更感が酷かった。

 それでも乗って来た二人は止まらない。


「よくできました! 御褒美よ!」

「ああ! ありがとうございます!」


 プレイは続く。

 それを見て、他の貴族達は引いていた。

 そんな中、宰相は笑顔で祝福の拍手を送っており、使用人達は必死に見ていないふりをしている。

 そして、少し離れた場所で国王は無言で頭を抱えていた。


「今度、私に鞭をプレゼントしなさい!」

「喜んで!」


 狂った叫びが響く。

 誰も止められない。

 止めてくれない。

 と、言うか、誰も関わり合いになりたがらなかった。

 王族はMであり、公爵令嬢はSであり、宰相は露出癖。

 とんでもない国だった。

 こんな国に言える事は一つしかない。




 そう、変態に支配されるこの国の先行きは不安しかないという事である。


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― 新着の感想 ―
もしこの国に宣戦布告しようとする国が出てきたとしたら…… 謁見の間、鞭を携える王妃、椅子になる国王、そして全裸ネクタイで控える宰相、更には彼等の下で逃げ出さず鍛えられた、或いは更なる特殊性癖持ちの兵…
まあ~~今でも存続してるから此の国は多分大丈夫。
案外なんとかなるはずです……と思いたい
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