9:そんな選択肢
前世のゲームのプレイ記憶では、第二王子であるレイールの婚約破棄からの断罪では「死罪」OR「国外追放」しかなかったはず。「魔王の生贄にする」なんて選択肢はなかった。
「百年に一度。魔王に生贄を捧げていますよね? 今年がちょうど、その生贄を捧げる年です。収穫祭に合わせて捧げるようですが、別に少し早まっても問題ないですよね? むしろ喜ばれそうです。そして百年の平和も手に入ります。万々歳ですね!」
これを聞いて私は気が付く。
乙女ゲームの本来の流れでは、聖女の力に目覚めたヒロインであるルルシャが、魔王への生贄とされる女性の存在を知り、そこで「生贄なんて、理不尽です。魔王は私が討伐します!」と立ち上がる流れだった。
決して生贄を捧げる=平和が百年維持される=めでたし、めでたし、ではない。
(もしかしてルルシャは、楽して魔王討伐ルートもクリアしたことにしようとしている!?)
国が平和であれば、魔王討伐のフラグは立たない。平和なまま、レイールとの結婚の流れとなり、十八禁ルートも自然解放される……。
(策士、策士だわ、ルルシャ! こんな奴がヒロインでいいわけがない!)
「なるほど。君にさんざん嫌がらせをしたアマレットだけど、国民の役に立つことができるわけか」
すでにレイールはルルシャの策に乗っている!
「生贄を差し出した平民には男爵位が授けられます。かつて貴族の家門が生贄を差し出した歴史はありませんが……。殿下、もし我が家がアマレットを生贄として差し出すと、どのような恩恵を受けられるのでしょうか?」
父親も満更ではない!
「それは父上とも相談ですが、リプトン公爵家にはルルシャのような聖女がいるのです。聖女というのは実際に聖なる力を持つ者が聖女になることもあれば、その行いや考えが主の教えに通じるということで、聖女とみなされることもあります。ルルシャは後者を条件に、聖女として認定されれば……。そしてアマレットを魔王の生贄にも差し出すのです。リプトン公爵を枢機卿に任命するよう、父上から働きかけることもできます」
「あなた! すでに公爵として貴族の頂点に立ち、もし枢機卿になれたら、王家と肩を並べる存在になれますわ!」
「父上、枢機卿になれば免税権を得ることができます! ルルシャを聖女に、アマレットを魔王の生贄にしましょう!」
母親も兄も私を魔王の生贄にする気満々だった。
(「魔王の生贄」なんて、シナリオに反すること。いくらヒロインでもこれはゲームの世界の抑止の力が働くのでは!?)
さすがにヒロインが策士過ぎるので、この世界が「待った!」をかけると私は信じた。
「アマレットは魔王の生贄にする。陛下に報告するから、部屋へ幽閉するように。そしてルルシャ、殿下。婚約、おめでとうございます!」
父親が高らかに宣言し、ルルシャがほくそ笑んだ。
◇
悪役令嬢が魔王の生贄になる――それはゲームのシナリオに反することだと思った。
だが冷静に考えると、「国外追放」と同じようなものであり、生贄となり命を落としてもそれは「死罪」と変わらない。しかも私が魔王の生贄となり、命を落としても手を下すのは、あくまで魔王。ヒロイン(ルルシャ)と攻略対象による死罪……ではないのだ。ゆえに改変とはみなされなかったようだ。
だからなのか。
幽閉された後、ルルシャの思惑通りで話が進む。
まず、ルルシャはレイールと婚約となり、聖女の力に目覚めた。つまり名実共に聖女になったのだ。さらに父親は私を魔王の生贄に捧げることを公にも宣言。リプトン公爵家は、聖女と魔王の生贄を輩出したということで、あっさり枢機卿になることを認められた。
その一方で私は――。
「生贄という尊い犠牲を払う、アマレット・ニキ・リプトンに祈りを捧げましょう」
大聖堂に連れて行かれ、朝から晩まで祈りを受けることになる。
真っ白なエンパイアドレスを着せられ、祭壇前の椅子に座る私は、聖女のように見えるだろう。だが実際は足枷をつけられ、勝手に動くことはできない。しかも聖騎士が監視されているので「助けてください」と言うことも許されなかった。
ただ、祈りを捧げる人々に微笑み、生贄として連行の準備が整うのを待つのみだったのだ。
(待つのみ……。そんなの冗談ではない!)
魔王の生贄にされ、魔族が暮らす魔の国に連れて行かれたら、どんな目に遭うかわからなかった。そこで私は逃亡を試みた。
一度目は、沐浴の時。
大聖堂に入るため、毎朝併設されている建物で、沐浴をさせられた。その際、入浴を手伝うのは女性の聖職者だった。しかも人数は三人だけ。そこで短剣を忍ばせ、一人を人質にして、聖職者の服を着て、逃走しようとしたが……。
慌てていたため、素足で逃げ出してしまった。すぐに聖騎士に気づかれ、取り押さえられる。その後、沐浴は聖騎士が監視する中で行われることになってしまう。
聖騎士は一応、こちらへは背を向けているが……。
実に屈辱的な状況だ。しかも私の逃走の可能性が強まったので、聖騎士による監視が強化されてしまう。すなわち沐浴以外、寝ている時さえ、監視が付く始末。
こうなると逃亡の可能性はぐんと難しくなる。崖っぷちに立たされた私は、聖騎士への色仕掛けも試みたが、そこは兵士や騎士でもなく、聖騎士。とても冷たく拒絶され、かつ上に報告され、生き恥を晒すことになる。
「アマレットお姉様、汚らわしいわ。もしかして殿下と婚約中も、気になった令息に色仕掛けをしていたのかしら?」
「こんな悪女と婚約していたのかと思うと、気分が悪くなる。ルルシャ、こんな汚らわしい女を見るのは目の毒だ。見た目だけは一級品だが、中身はゴミも同然。さあ、王宮へ戻ろう」
悪役令嬢嫌いのヒロイン・ルルシャは徹底的に私を嫌い、そのルルシャにぞっこんのレイールも、右に同じで私への対応は辛辣。
こうして逃亡はできず、二週間が経ち、ついに私は――魔王と魔族が暮らす魔の国へ連行されることになった。
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もう1話夜に公開します~














