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ドアマット悪役令嬢~ドン底まで落ちたらハピエンでした!~  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中


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6/8

6:宣戦布告

 十八歳のあの冬の日の舞踏会で、レイールの私に対する態度は一気に変わる。


 妃教育のため、王宮で会うことがあっても、よそよそしい挨拶しかない。これまで婚約者として届けられていた手紙やギフトもなくなる。週に一度の定期的なレイールとのお茶会の席には、なぜかルルシャが同席するようになった。


(でも、どれもこれもゲームのシナリオ通り。レイールは私と距離をとり、ルルシャと親密になっている。そして間違いなく、ルルシャはレイールをロックオンしたんだ。宰相の息子や騎士団長の令息も攻略対象だが、この二人ではなく、第二王子のレイールをルルシャは攻略すると決めたのだわ……)


 こうなると、私には恐怖しかない。


 相変わらずドアマット悪役令嬢として、こき使われているし、待遇は悪化の一途をたどっている。もうこれ以上落ちることはないと思っていると。


「まあ、ひどいですわ! 大変です! アマレットがルルシャお嬢様にバケツの水をかけました!」


 私はそんなことをしていない。だがモップで床掃除をしている場に現れたルルシャは自らバケツの水をかぶり「アマレットお姉様、おやめください!」と叫んだのだ。


「大変! すぐにお湯を用意して! 間もなく春だけど、まだ寒いのよ! ルルシャの部屋の暖炉の火を強くしてちょうだい!」


 母親が大声で指示を出し、駆け付けた兄は――。


「アマレット! お前、ルルシャがレイール第二王子殿下と手紙を交換していると知り、さんざん文句を言っていたそうだな。ルルシャから聞いているぞ! ルルシャの羽根ペンとインクを処分しただけでは飽き足らず、水をかけるなんて! なんてことをするんだ!」

「何を騒いでいると思ったら……アマレット、貴様は実の妹にそんな意地悪をしていたのか!? 許せん! 今日からお前は一日一食だ!」


 父親が怒鳴り、公爵邸では「レイール第二王子殿下の婚約者には、ルルシャが相応しい」という空気が助成されていく。いくら私が何もしていないと言っても「嘘つき女」「ほら吹き女」と相手にされない。


 愕然とする私にルルシャはこんなことを言う。


「アマレットお姉様はこの世界で、脇役なんです。主人公はこの私。お姉様は舞台装置として、ご自身の役目を全うしてください」


 そこからは独り言なのか、それとも私が聞いても理解できないと思っているのか。こんなことまで言い出す。


「最近、多いのよ。自分の立場を忘れ、ヒロインを押しのけて幸せを手に入れる悪役令嬢が。そんなの、許すわけにはいかないわ。悪は悪として滅びていただかないと!」


 さらには不敵な笑みを浮かべ、宣言する。


「私、正しいヒロインとして、悪役令嬢には負けませんから。絶対に、幸せになってみせます!」


 これはヒロインによる悪役令嬢への宣戦布告だった。


(確かに前世では悪役令嬢がブームとなり、ヒロインを押しのけ、ハッピーエンドとなる物語がブームだったわ。そして今、ヒロインであるルルシャに転生した人は……正統派ヒロイン推し、王道ストーリーこそが正義と考える人なんだ。悪役令嬢が断罪を回避することを、絶対に許すつもりはない……)


 ヒロインのこの姿勢に反対する者はいなかった。そもそもこの世界は、ヒロインの幸せのために存在している。ヒロインが幸せになろうと全力で頑張っているのなら、それを後押しするだけなのだ。


(どうあがいても私は……この世界でハッピーエンドにはなれないのだわ……!)


 それでも私は軌道修正を試みて、それはことごとく失敗する。


 ルルシャとの仲直り名目で焼いたクッキーは「毒入りだ!」と騒ぎになり、「やはり修道院へ送ろう!」となってしまう。実際のところ、毒入りなんかではないのに、ルルシャが「お姉様は間違っただけです。たまたま厨房に清掃用の薬剤があり、それを間違って入れただけ。事故ですわ!」と、いつものごとくで私は無罪なのに庇うのだ。


 そこでルルシャに近づかないよう、屋敷内で彼女を避けると「これみよがしに避けている」と使用人が騒ぎ、「アマレットはおかしいわ。精神病院に入院させた方がいいと思うの」と母親が言い出す。するとすかさず「お母様、そんなことする必要はありませんわ。アマレットお姉様はちょっと疲れているだけです」とこれまたルルシャが庇う。


 ルルシャは悪役令嬢が、婚約破棄からの断罪で、「死罪」もしくは「国外追放」になることを望んでいる――。


 こうしてルルシャの強い意志により、私はドアマット悪役令嬢として遂にその日を迎えてしまう。


 そう、私が婚約破棄と断罪をつきつけられる、公爵邸での誕生日パーティーの日を。


 ルルシャの十九歳を祝うこのパーティーには、レイールも招待されている。ゲームのシナリオでは、この場で悪役令嬢アマレットのルルシャへの嫌がらせが暴露され、婚約破棄と断罪が突きつけられるのだ。


(もうこうなったら、いちかばちかで逃走するしかないわ……!)


 最後の悪あがきで逃げ出すことも考えた。だがそれはこの一言で断念することになる。


「アマレットお姉様。明日は私の十九歳の誕生日なんです。お祝いのパーティーにはレイール第二王子殿下も参席くださる。お姉様の婚約者なんですよ、レイール様は。必ず、お姉様も出席されますよね? 両足首を骨折して、車椅子で参加する……なんてことにはならないですよね?」


 それは警告だった。逃げるなら手段を選ばないと。どうしたって悪役令嬢であるアマレットはこの世界で与えられている役目を果たさない限り、許すつもりはないと、ヒロインであるルルシャに言われてしまったのだ。


(もう、無理ね。絶対に、婚約破棄からの断罪は免れない。あとは「死罪」になるのか「国外追放」になるかのどちらかだわ)


 悪役令嬢でもハッピーエンドになれる――そう信じていたが、この世界のヒロインは容赦なかった。私はすっかりドアマット悪役令嬢なのに、ヒロインの見事な情報操作により、「ヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢」の役割もしっかり果たしていた。


 こうなるといよいよ私も腹を括ることになる。唯一の慰めだった黒猫ともお別れだった。


「怪我も治ったわ。これから温かい季節にもなる。頑張って自分で餌を見つけ、生きて行くの。お前とはもうお別れよ」


 運命の分岐点となった宮殿の舞踏会。私の乗る馬車の前で倒れていた怪我負いの黒猫は、その後、すっかり元気になっていた。私はその黒猫に「ブラックローズ」と名付け、実はこっそり部屋で飼っていたのだ。私の部屋を掃除するメイドもいないので、ブラックローズを飼っていることは、誰にもバレなかった。そしてこのブラックローズは、ドアマット悪役令嬢な私の、唯一の慰めだったのだ。


「くれぐれも馬車には気を付けるのよ。カラスや犬にも注意。外の世界は……敵が多いかもしれない。気を抜いちゃダメ。最近、魔獣を見かけた、なんて話もあるから、本当に気を付けてね」

「みゃぁ~」


 早朝の誰もいない裏門へ向かい、ブラックローズを逃すため、地面に下ろす。すると何も知らないブラックローズは、くりっとした金色の瞳を私に向けた。そしてここから動きたくないと言うように、私の手にその細く小さな腕を絡める。


「普通は外の世界が危険よ。でも私の場合、この場所が敵だらけなの。だから……ブラックローズがうらやましい。外へ行けるのだから。お前はどこにでも行けるのよ……」

「みやぁ……?」

「ごめんなさい。忘れてちょうだい。それよりも早く、ここから逃げて。私は……もうこの屋敷からいなくなる。ここに戻っても私には会えないから」

「みゃー、みやー」

「静かに。バイバイ、ブラックローズ」


 前世でゲームをプレイしていた時。悪役令嬢アマレットが猫を飼っていたなんて情報は出てきていなかった。よってブラックローズの存在はイレギュラー。ルルシャにも気づかれず、ここまで来ることが出来た。


 だからと言ってこの先、「死罪」「国外追放」の私と一緒にいて、ブラックローズが幸せになれるかというと……難しいと思う。


(私と一緒では、この先、ブラックローズは不幸になるだけ)


 婚約破棄からの断罪が行われる日。私はこの世界の唯一の友だったブラックローズともお別れすることになった。


お読みいただき、ありがとうございます!

本日も3話更新(昼&夜)頑張りますっ!!

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