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ドアマット悪役令嬢~ドン底まで落ちたらハピエンでした!~  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中


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5/8

5:お金の力

「ま、間に合ったわ……」


 舞踏会へ行く準備は何とか整った。つまり身支度は完了していた。だが宮殿へ向かう馬車は……。両親と兄、ルルシャを乗せた馬車は既に出発しており、私は……完全に置いてきぼりにされていたのだ。


 そこからはもうお金を使いまくりで馬車を手配し、慌てて公爵邸を出発することになる。


 すると不運は不運を招くのか。


 突然、馬車が急停車し、私の体は前方の席に投げ出されそうになった。


 咄嗟に手すりをしっかり掴めた自分を褒めたくなったが、何が起きたのかと思ったら……。


「野良猫をひいたのか、最初からそこでくたばっていたのか。ともかく突然、死骸が現れたので……」


 乱暴な御者の言葉に仰天し、私は馬車から降り、馬の前方に横たわる黒い塊へと近づく。


 間もなく日没で、猫の毛は黒い。それでもあちこちが血まみれで怪我をしているらしい様子はわかった。グローブを外し、猫に触れ、様子を確認すると……。


「い、生きているわ! 生きている! 死んでなんかいないわ!」


 私は叫び、御者に猫を助けたいと伝えると……。


「!? 野良猫ですよ? そんなもの助けて、どうするのですか?」

「怪我人が道に倒れていたら、助けようとするでしょう? それと同じです」

「……貴族が考えることは理解できねぇ。助けたところで、何も得るものはないのに」


 御者の言わんとすることは、わからないでもない。

 でも怪我をしている人間であろうと動物であろうと、見かけたら助ける……それが私には当たり前だった。それに私は、前世でもこの世界でも、猫が好き!


(絶対に助けるわ!)


 こういう時、人を動かすにはお金しかない。

 御者には金を握らせ、宮殿に私を送った後、怪我の手当てをするように頼んだ。


「きちんと手当てができていたら、追加報酬も渡します」

「毎度ありがとうございます! 喜んでお引き受けいたしますよ!」


 すべてはお金。お金で話はついたが……。


「ち、遅刻はダメ! 宮殿へ、宮殿へ急いでください」

「急ぐ……。そうなると馬を酷使するからなぁ。馬だけに旨いものを食べさせないといけないしし……」

「特急代金です!」

「毎度あり~!」


 懐はかなり寒くなったが、お金の力で、なんとか宮殿に到着することができた。


 ◇


「遅いよ、マアマレット!」


 舞踏会の会場となる『栄光の間』の王族専用の出入り口には、とても怖い顔をしたレイールが待ち受けていた。


「申し訳ありませんでした、殿下」

「いいから、早く! 入場するよ」

「はい!」


 呼吸を整える余裕もなく、レイールの早足のエスコートで会場入りすると、盛大な拍手で迎えられる。既に国王陛下夫妻、王太子とその婚約者が入場していることに肝を冷やす。


「では今宵の舞踏会を始めよう。最初のダンスは――」


 背中に汗が伝うのを感じながら、刺さるような視線に気づく。

 兄にエスコートされているルルシャが、冷え冷えとした目で私を見ていた。


 その瞳は「公爵邸では使用人のくせに。第二王子殿下の隣に図々しく立つ、アマレットお姉様は許せないわ」と言っているように感じる。


「アマレット、僕たちもダンスだ!」

「あ、はいっ!」


 もうそこからは、第二王子の婚約者として与えられた役目を、機械人形のように果たすことになる。嬉しくもないのに笑顔になり、同意していないのに相槌を打ち、したくもない拍手を行う。


(……むなしくなるわね)


 一通りの社交を終え、私は休憩室で飲み物を得たいと考えた。


「殿下、飲み物を……」

「……仕方ないな」


 レイールが乱暴に私をエスコートし、休憩室へ向かう。

 遅刻ではなかったが、到着がギリギリになったこと、それがまだ頭に来ているのかと思ったら……。


「アマレット。君は公爵令嬢で、僕の婚約者だ。王族の婚約者なんだぞ? そのドレス、昨年も着ていただろう? ワンシーズンで何度か着るのはいい。だが昨年のお古なんて着て、僕の横に立つな。恥を知れ!」


 これには「うっ、覚えていたの!?」と思うのと、確かに公爵令嬢であり、王族の婚約者として相応しくないとわかるので、「申し訳ございませんでした」と頭を下げる。


「……というか、手だって荒れている。君は一体、普段、何をしているんだ!?」

「それは……その……」


 公爵令嬢が屋敷で使用人をやっている……なんて家門の恥になるので、口にはできない。


「アマレットお姉様、レイール第二王子殿下!」


 甘ったるいこの声はルルシャ!

 言葉に詰まっていたまさにこの瞬間に、兄にエスコートされ登場したルルシャ。天敵なのに、この時ばかりは助け舟に感じてしまう。


「やあ、ルルシャ嬢。こんばんは、グレイ殿」


 そこでレイールの瞳がルルシャの胸元へ向かう。


「……そのネックレスは」


 私は「!」と息を呑み、ルルシャは全力の笑顔になる。


「実はこれ、お姉様が質屋に売ろうとされていたのですが、とても素敵なものだったので、私が買い取ったのです! お姉様は最近、公営カジノに行かれる日が多くて……。睡眠不足で、肌もがさがさで。殿下からも言ってください。カジノはほどほどにって!」


 無邪気な笑顔と冗談まじりの言葉。兄のグレイも「まったく。アマレットは誰に似たのか奔放で。それに比べルルシャは、僕のためにハンカチに刺繍をしてくれたり、焼き菓子を作ってくれたり。とてもおしとやかなんですよ、殿下」と、話を合わせている。


 私はレイールからプレゼントされたネックレスを、質屋へ入れようなんてしていない。公営カジノ? そんなところに行く暇なんてない。公爵邸で使用人をしているか、妃教育に追われる日々なのだ。


(どうしてそんな嘘を……)


 キッとルルシャを見ると、その顔には薄い笑いが浮かんでいた。「反論があるなら、どうぞお姉様。でも誰もお姉様の言葉を信じないと思いますわ」とその瞳が語りかけている。そしてルルシャが言うことは……正しい。


 公爵邸で私が使用人も同然の日々を送っていることを、両親も兄もルルシャも否定するだろう。そして屋敷で働く使用人も口を揃え「そんな事実はございません」と言うはず。公営カジノ通いも同じだろう。ちょっと金を渡せば、従業員は「ええ、アマレット公爵令嬢は我々の上客です」といとも簡単に口にすると思うのだ。


「……アマレット。君は……僕の贈り物をそんなふうに扱う女性だったのか」

「殿下、違います」「まあ、アマレットお姉様!」


 ルルシャがワンオクターブ高い声で私の言葉を制する。


「アマレットお姉様。いくら公営カジノ通いでお金が足りないからと言って、ドレスを新調しなかったり、婚約者からのプレゼントを質屋に売ったりするのはダメなことです。このネックレスはお返ししますが、絶対に大切にしてくださいね!」


 そこでルルシャがネックレスに手を伸ばすと、レイールが動く。


「ルルシャ嬢、ありがとうございます。君は……なんて心優しいのでしょうか。そのネックレスはそのまま君が持っていてください。いつ、質屋に入れられるかわからないので」


 レイールが冷たい目で私を一瞥すると、ルルシャをダンスに誘う。

 ルルシャは「喜んで!」と笑顔でレイールにエスコートされ、休憩室を後にした。


お読みいただき、ありがとうございます!

馬だけに旨いもの……w

続きは明日、また3話更新(昼&夜)がんばりますっ!

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