3:完璧なるドアマット悪役令嬢
「ルルシャ……なぜ髪にインクが付いているんだい?」
「! お、お父様、これは私が……」
「違うだろう、ルルシャ。お前は何も悪くない。悪いのはアマレットだ。そうやってアマレットのことを、これまでも庇っていたのだろう?」
「そんな! 庇うわけでは……。アマレットお姉様は手が滑っただけです。お姉様は責めないでください。お父様! お願いします!」
「ルルシャ、なぜ」
「ルルシャはアマレットお姉様が、大好きなんです!」
「ルルシャ……!」
私がシナリオに沿いつつも、苦慮して起こした反逆は、ルルシャにより潰される。ルルシャがまたも私を庇い、父親から罰を受ける事態は、回避されてしまったのだ。
(もう、どうして邪魔ばかりするの!?)
父親がダメなら、母親か兄が私の悪事に気づき、早めに罰を与えてもらうしかない――!
ということで、父親だけではなく、母親、兄にも私がルルシャに嫌がらせをしていること。それがバレるようにした。しかしそのすべてはルルシャにより、潰されてしまうのだ! それはこんなセリフと共に。
「お母様、ごめんなさい。私が悪いのです。私がのろのろしてしまったから、アマレットお姉様は、つい手が出てしまっただけ。アマレットお姉様を責めないであげてください。悪いのは私ですから!」
これを聞いた母親は「まあ、ルルシャはなんて心優しいの!」と、涙をハンカチで拭う。
「お兄様、誤解です。アマレットお姉様は、私にそのケーキをとってくださろうとしたのです。それなのに私が勝手に動いたから……。事故なんです、お兄様。これは事故です!」
兄は「ルルシャはこんな悪女を庇うなんて……!」と感動しながら妹を抱きしめた。
(ダメだわ。悪事はバレているのに。両親も兄も私を罰してくれない……!)
「修道院送り」「田舎の領地送り」という罰を受け、私は今すぐ表舞台から消えることを目論んだ。だがそれはルルシャにより阻止されたが、その代わりなのか。
前世のゲームプレイ記憶にはない出来事が起きる。
「アマレット。お前は屋敷で留守番をしていなさい。今日はルルシャのドレスや宝飾品を買いに行く。お前の物を買う予定はない」
父親にそう言われたと思えば。
「今日はルルシャと演劇を観に行くから、アマレットは留守番をしておいて。夕食は外でお父さんと待ち合わせて食べて帰るから、あなたは食事をして、寝る準備を進めなさい」
母親からもそんなふうに言われてしまう。
「アマレット。お前は呼んでいない。僕はルルシャとお茶をするんだ。お前は部屋へ戻れ」
兄にまでそんなふうに言われる。そしてこの時、ルルシャは――。
薄い笑みを浮かべて私を見るが、何も言わない。
私が家族の誰かから断罪されそうなら、全力で庇う。断罪されるのは今ではないと。断罪する相手は、家族ではないと。
ところが、私が家族から疎まれている状況に対しては……静観しているだけだった。
両親も兄も本当は私を罰したいと思っている。修道院に送るか、田舎の領地へ向かわせるかと考えているが、それはルルシャにより止められている。その一方で家族が私を排斥する行動をとっても、ルルシャは何も言わない。断罪されなければ、私が家族から疎まれようが、嫌われようが、ルルシャには関係ないようだ。
その一方で、本当は罰したいのに、罰せないこともあり、両親や兄の言動は、次第にエスカレートしていく。
「アマレット。お前はこの家のことを覚えた方がいい。公爵令嬢が行儀見習いに出るわけには行かない。何より第二王子の婚約者でもあるからな。だからこの屋敷で、少し勉強をするといい」
父親にそう言われ、十六歳になった私は教養を身に着ける一環という名目で、ルルシャの侍女まがいなことをさせられるようになる。
「侍女は主と一緒に食事はしないわ。アマレット。あなたは明日から、使用人専用の食堂で食事をしなさい」
母親からは、信じられない言葉を言われる。しかしこの発言に対し、父親が異を唱えることはない。そして私は翌日から、三度の食事を家族とは別々でとることになったのだ。
それだけでは終わらない。
「週に三回の妃教育を受けるため、王宮に行く際は、きちんとドレスアップする必要がありますよね。でもそうではない場合は、侍女として動きやすい衣装がいいのでは? 我が家の侍女が着ているような、シンプルな紺色のワンピースを着用していればいいのではないですか?」
兄のその言葉により、我が家での私へ当てられるお金の割合が一気に減らされ、浮いた分は全てルルシャに費やされる。
気づけば私は……週に三回の第二王子の婚約者として受ける妃教育の日以外は、使用人のような日々を送ることになっていた。
「アマレットお姉様、この紅茶、ぬるいわ。入れ直してくださる?」
両親が私を修道院へ送ろうとすれば全力で庇うが、私が虐げられる状況を良しとするルルシャ。彼女は……乙女ゲームのヒロインとは思えない冷たさで、私に淡々と使用人としての態度をとる。
「……申し訳ございません。ルルシャ様」
「違うでしょう、アマレットお姉様。『申し訳ございませんでした、ルルシャお嬢様』でしょう?」
冷え冷えとした笑いを浮かべるルルシャを見て思う。
(彼女は……私のことを舞台装置としか思っていない。断罪はシナリオ通りが絶対。でもシナリオに影響しないことには無頓着。家族からアマレットが嫌われようと、本当にお構いなしなんだ……)
気づけば断罪回避どころではない。私は……完璧なるドアマット悪役令嬢になっていた。
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