2:ヒロインが……
当時六歳のルルシャは、見た目は天使のような愛らしさ。だがその中身は……。
「クソガキが! てめぇの役目を果たすんだよ! お前が邪魔しないと、シナリオが変わるだろうが!」
(ヒロインが……めっちゃ怖いんですけど!)
異世界からの転生者で、ある日目覚めたら見知らぬ世界の貴族令嬢だった……というのが乙女ゲーム『聖女ルルシャの恋物語』のヒロインの設定。そしてどうやらこの世界のルルシャは、自分が転生者であり、かつヒロインであると自覚している。しかも私が悪役令嬢であると、気づいていたのだ!
それだけではない。ルルシャは、ゲームの運営が憑依しているのかと思うぐらい、シナリオの正しい進行を重視していた。悪役令嬢である私、アマレットが断罪回避のために、ちょっとでも違う行動をすると――。
「おーねーえーさーまー! ダメじゃないですか。ここで私のスープに石をいれるんですよね? なんで石、持っていないんですかぁ? そういうこともあると思ったから~、はい。これ!」
ルルシャが石を持参していて、それを私に渡したのだ……!
「おーねーえーさーまー! 早く、石をいれてください。メイドが戻って来るでしょう?」
「! そんな……できな」
「やれよ、クソガキ!」
ルルシャの剣幕に、八歳の私の体は動かくなり、それを見ると――。「チッ」とした舌打ちをしたルルシャは、自らの手で自身のスープに石をいれる。
同時に。
扉がノックされ、メイドが「失礼します」と部屋に入ってくる。
「ルルシャお嬢様、うさぎのぬいぐるみは、遊戯室にはございませんでした」
「そうよね。ごめんなさい! 私の勘違いでした。確認してくれて、ありがとうございます!」
ルルシャの激変ぶりに、私はますます体が固まるが、メイドは「まあ、ルルシャお嬢様!」とほっこり笑顔になっている。だが次の瞬間。
「な、どうしてスープに石が!?」
「アマレットお姉様が、この石は食べられるって。美味しいよって、入れてくれたの!」
ルルシャの言葉を聞いたメイドはゴミでも見る目で私を見る。
まだ幼い私は大人からの容赦ないキツイ視線に心身共に凍り付き、口を開くことすらできない。
「……ルルシャお嬢様、これは……召し上がらないでください。新しいスープをご用意します」
メイドはルルシャの頭を優しく撫でた後、私の耳元に顔を近づけ、氷のような冷たい声で告げる。
「……見た目はいくら綺麗でも、心が悪魔みたいない子どもね。幼いのにこんな意地悪ができるなんて!」
こうしてアマレットは、屋敷の中で悪役令嬢認定される。
(私は何もしていないのに! ルルシャの自作自演なのに!)
だがルルシャにアマレットが意地悪をしていると思い込むのは、使用人だけだった。
(大丈夫。まだ挽回できる。ルルシャへの嫌がらせをしないようにすれば、私は断罪されないで済む)
そう自分を励まし、ルルシャへの嫌がらせをしないようにしていたが……。
それは十二歳の時のことだ。
「ルルシャ……そのドレスの汚れは?」
「! お、お父様、違うのです!」
「違う……。どういうことだ?」
「違うんです、お父様! アマレットお姉様はわざと汚したわけではないと思うのです。だからお姉様は責めないでください。今回は許してあげてください、お父様! お願いします!」
「ルルシャ、お前は……なんて優しい子なんだ……! アマレット、気をつけなさい!」
父親のこの姿を見た私は「やはりダメなんだ……」と唇を噛み締めることになる。
断罪回避のため、シナリオに反し、ルルシャへの嫌がらせをしない――それは無理だった。
ゲームの世界の抑止の力やシナリオの強制力が働いたわけではない。ヒロインであるルルシャが、私が動かなければ、自ら動き、シナリオ通りの悪役令嬢の嫌がらせが実行されてしまうのだ!
しかもルルシャは自作自演をした上で、私の仕業にする。しかしルルシャはこの世界で、心優しい妹という設定。そこで私の仕業にしながらも、今度は全力で私を庇うのだ……!
そうなるとルルシャはシナリオ通り、嫌がらせを我慢していることになる。一方の私は何もしていないのに、悪役令嬢として機能していることになるのだ。
(どうあがいても、ヒロインであるルルシャにより、私は悪役令嬢へ仕立てられてしまう……)
そのとんでもない事実に気づいた私は……。
ちゃんとシナリオ通りに悪事を行うことにした。
でも私は断罪回避を諦めていない。だからシナリオ通りでルルシャへの嫌がらせをするようになるが、それは……敢えて過剰にするようにしたのだ。
たとえばこんなふうに。
「……本当に! そうやっていい子ぶって! ルルシャのそういうところが、大嫌いなの!」
悪役令嬢アマレットらしいセリフであり、実際、彼女がゲームで吐いていた言葉だ。シナリオに反していない。
そこでチラリと周囲に目をやると、父親の姿が見える。これを見た私は「やった!」と心の中で大喜び。
というのも悪役令嬢アマレットがヒロインであり、実の妹であるルルシャに嫌がらせをしている――それは本来のシナリオだと、断罪されるその時までバレないのだ。そして断罪の場で攻略対象のいずれかにより、悪事が暴かれると、痛い目に遭うことになる。
痛い目――それは最悪「死罪」であるし、死を免れても、娼館に売られたり、国外追放になったりで、悪役令嬢にとっては不幸であることに変わりない。
だがもし、断罪の場ではなく、しかも攻略対象ではない人物が、悪役令嬢アマレットを罪に問うことになったら?
それはかなりイレギュラーである。だが彼ら……攻略対象以外……であれば「死罪」「国外追放」にすることはない。この二つができるのは、第二王子だけだからだ。この世界のこの時代、令嬢が罰を受けるなら、「修道院送り」「田舎の領地送り」がセオリー。
つまり、私はあえて悪事を両親に気づかせ、断罪の場を待たずに罰を受けることを思いついたのだ。
「死罪」はもう完全に詰みだし、「国外追放」は死に直結も同然。なぜならゲームウィンドウでさりげなく『ルルシャに嫌がらせを繰り返し、国外追放になった悪役令嬢アマレットは、追放された土地で暴漢に襲われ、あっけなく死亡した』と表示されていたのだ。つまり「国外追放」されたら、それは実質「死刑」宣告とは変わらない。
だったら今のうちに「修道院送り」「田舎の領地送り」されればいい――そう考え、ルルシャへの嫌がらせの言葉を、あえて大声で言うようにしたのだ。
(父親でも母親でもいい。兄でもいいから、私のルルシャへの嫌がらせに気づいて! 気付いて、罰して欲しい。「修道院送り」「田舎の領地送り」にしてください!)
ついに、父親に気づかせることに成功したわ……!
父親は最初驚き、半信半疑だった。だが過去にルルシャがドレスを汚し、私を庇うようなことをしたことがある。そのことを思い出し、「もしや――」となり、ルルシャにも内緒で私を監視するようになった。
その結果。
父親が見守る中、まさかすぐ近くに父親がいると気づいていないルルシャの前で、私はシナリオ通りの嫌がらせを敢行できた。ルルシャの髪は私の嫌がらせにより、インクで汚れている。そこで父親が私たちの前に登場した。
「ルルシャ……なぜ髪にインクが付いているんだい?」――そう尋ねたのだ。
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