10:私は理解した。
魔王がいて魔族が暮らす魔の国があるが、だからと言って魔法が日常的かというと、そんなことはない。魔法使いやエルフもいる世界らしいが、彼らは種族として数が少なく、人がいる場所とは一線を画す場所に暮していた。ゆえに日常生活を送る中で、魔法使いやエルフとの接点はゼロだった。
さらに魔法の恩恵などないわけで、魔の国へ向かうのも、昔ながらの方法しかない。
つまり馬車での移動。
ついに生贄にされる――と覚悟してから一カ月以上の移動時間がかかるのだ。悲壮な覚悟はそんなに長時間維持できない。
「魔の国にはまだ着かないの……?」という状態だったが、その日は唐突にやってくる。
気づけば季節は進み、春になっていた。
夜明け前に起こされ、馬車は移動を開始する。
まだ完全に覚醒しておらず、揺れる馬車の中でもうつらうつらしている状態。
そこでガタンと馬車が止まり、私はハッとする。
「朝食です」
馬車の扉がノックされ、スープとパン、ストロベリーがのったトレイを渡された。
そこでもそもそとパンをスープに浸しながら、食事となる。
窓につけられたカーテンを開けると、外は霧が広がっていた。
夜は明けているようだが、この霧では陽射しが届かない。
そんな状況の中、朝食を終え、水袋の水を飲む。
(今日もまた、日没まで移動なの?)
いつになったら魔の国に着くのか――それは誰も教えてくれない。おそらく逃亡を阻止するためだ。ただ、聖騎士の監視が厳しいので、逃亡はとてもではないが無理だと思う。それに馬車の中では靴を取り上げられている。裸足では遠くまで逃げるのがまず無理だった。
馬車の中にいても、ざわついた気配を感じる。間もなく出発となるだろう。
生贄という立場なのに、緊張感がないかもしれないが、欠伸が出て、私は背もたれに身を預ける。決して美味しいわけではないが、胃袋は満たされ、私はウトウトと眠りに落ちていく。
ガクッと自分の首が大きく動き、目が覚めた。
そこでいつも通りで馬車の揺れを感じるのかと思ったが……。
馬車は揺れていない。
(あれ、まだ出発していない……?)
そこで耳を澄ますと、外がやけに静かであることに気が付く。
窓から外を見ると、さっきまでの霧は晴れている。
「うん……?」
馬車の窓から外を見る。馬車がとまっている時は、たいがい聖騎士の姿が見えていた。でも、今、外に見えるのは、枯れ木とところどころに草が生えている地面だけ。
焚火や煮炊きの痕はある。
でも聖騎士はもちろん、従者や馬の姿も見えない。
その事実に何とも不安になり、私は馬車から降りることになる。
「あ、靴……」
靴は御者席にあるはず。
仕方ないので扉を開け、しゃがんでステップを出し、ひとまず馬車から降りた。
素足に触れる地面は、春とはいえ、ヒンヤリしている。
霧が出ていたせいもあり、湿度もあるのだろう。
そこで御者席の方へ向かい「えっ」と声をあげることになった。
なぜなら御者席に御者がいなければ、つながれているはずの馬の姿もない。
そこで辺りを見渡し、他の馬車、馬と聖騎士の姿が一切ないことに気づく。
「! こ、これは……」
少し離れた場所に、五階建ての建物相当の高さがある石造りの壁が左右に広がっている。その端を目で捉えることはできない。そして太い格子で閉じられているが、城門らしきものも見えている。
(ぶ厚い。壁のあの厚さは……。しかも城門から先に延びる通路、その奥にはまた強固そうな門がある)
レーガン王国の宮殿に出入りしていた私でも、この荘厳さには圧倒されてしまう。
(こ、これは誰の城なの!? こんな城を作ることを許されている貴族なんて……いるの!?)
衝撃を受けていると、いきなりファンファーレが聞こえてくる。
おそらく城壁の上の通路で鳴らしているのだろうが、吹き鳴らしている人物の姿は見えない。
ズン……と地面が揺れるような感覚があり、太鼓を叩くような音がして、掛け声のような音も聞こえてくる。同時に、城門のあの重そうな格子が少しずつ動き始めた。
「あれは……!」
先に奥の門が開き、甲冑姿で騎乗の騎士が、どんどん通路を走ってくる。
(黒鹿毛の馬に黒甲冑。とんでもない威圧感があるわ……)
そうこうしているうちに手前の城門の格子もどんどん上がっていく。そして騎乗の騎士たちが次々と城門から出てきて、城壁の前に整列している。
(な、な、な……!)
土埃が舞い、地響きで大地が揺れ、私は腰が抜けそうになっている。
左右にズラリと騎士が並び、最後に一騎登場したのは……。
美しいグレーの毛並みの馬に騎乗している人物は、背筋がピンと伸び、実に凛々しい。しかも着用している甲冑は蒼みを帯びており、大変美しかった。銀糸があしらわれた濃紺のマントといい、洗練された雰囲気で、こんな騎士が王都から遥か離れた場所にいたのかと、驚くしかなかった。
(間違いなく、この人が指揮官……。もしかすると辺境伯、かしら?)
そう思ったが、城壁に国旗が掲げられていない。しかも馬具などを見る限り、知った紋章は皆無だった。
その時だった。
太陽の陽射しが遮られ、頭上に沢山の鳥が飛んできた。
(すごい数の鳥……。鳥?)
目を凝らし、驚愕することになる。
(ち、違う。大聖堂の屋根で見たことがある。あ、あれは……ガーゴイル!)
ガーゴイルが城壁にズラリと並ぶように止まっている。まるで止まり木に並んでいるカラスのように見えるが、間違いなく、ガーゴイルだった。そしてその様子を見て驚愕しているのは私だけで、目の前の騎士たちは微動だにしていない。
その瞬間。
私は理解した。
一緒に旅をしていたはずの聖騎士たちが、突然姿を消した理由を。御者や馬までいなくなっていた理由を。
間違いない。目の前に見えているのは――魔の国だ!
驚愕して、ついに膝から力が抜け、ガクンと地面に座り込んでしまう。すると影が背後から私に覆いかぶさる。
(な、何……?)
振り返ろうとすると、指揮官らしき騎士が、騎乗のまま猛烈な勢いでこちらへ駆けて来る。しかも手には大剣を持っているのだ。
(生贄であるとバレたんだ! こ、殺されるーっ!)
ズサッという音と共に鮮血が飛び散った。
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