始まり
「アマレットお姉様は、子どもの頃から性悪でした。でもいつかは心を入れ替えてくれるかもしれない。そう信じて来ました。でもアマレットお姉様の心は……変わらないのだわ! さすがに私でも限界です。これまで、お父様やお母様、お兄様、そしてレイール様に、どれだけアマレットお姉様を切り捨てるよう言われても、庇ってきました。……それがよくなかったのですね。今回はもう、ルルシャはアマレットお姉様を庇うことは、致しません!」
ツインテールのストロベリーブロンドをぶんぶん揺らしながら、ローズクォーツのような瞳をうるうるさせる。ピンク色のドレスを着たルルシャは、愛らしさ全開。
その姿を見た家族は、わかりやすい反応を見せる。
家族……両親と兄、これからルルシャと婚約するレイールは、ゴミでも見るような目で、私を見ていた。
父親は、髭がトレードマークで、茶色の髪にヘーゼル色の瞳をしており、ルルシャを溺愛している。母親は、ブロンドにグリーンの瞳で、ルルシャを甘やかしている。兄はプラチナブロンドにグリーンの瞳で、ルルシャを猫可愛がり。そしてルルシャが奪った、私の元婚約者の金髪碧眼のレイール。
四人は「「「「ルルシャの言う通りだ!」」」」と声を揃えた。
この様子を見た、モーブシルバーの髪にアメシスト色の瞳、年齢より大人びて見え、容姿に欠点がないことからドールみたいと言われる私は、「ああ、終わった」と固まっている。
「では以前より言っていた通り、ビーティア修道院に入れてしまおう」
「いいえ、お父様。修道院ごときでアマレットお姉様の根性が治るとは思えませんわ!」
「そうよね。あの子の性格なら修道院ごときでは治らない。それは同意するわ。ではリーンハルト精神病院へ収容してもらう?」
「お母様、それではアマレットお姉様は毎日毎日ただ寝ているだけですわ!」
「なるほど。では娼館へ売ってしまおう。腐っても元公爵令嬢だ。高値で売れるだろう」
「お兄様! もしそれで太客でもついて、アマレットお姉様に復讐でもされたら?」
「大丈夫だ、ルルシャ。父上に頼み、アマレットのことを国外追放にしてもらおう」
「レイール様! それは名案ですが、甘ぬるいと思いますわ! 隣国で力をつけ、返り咲く可能性があります。ここは徹底的に潰したいですが、さすがに死罪は……」
そこで視線を伏せるルルシャを見て両親、兄、レイールは「「「「ルルシャは優しい! 聖女のようだ!」」」」と声を揃えるが、実際のところ、ルルシャは聖女である。攻略対象の男子を一人クリアできたら、聖女の力が目覚めるのだ。
『聖女ルルシャの恋物語』は乙女ゲームであるが、攻略対象のメンズをクリアした後、バトルゲームとしても楽しめる仕様になっていた。乙女ゲームとして次々に増やされるメンズを攻略するもよし。そこに飽きたらバトルゲームとして、魔王討伐の旅を始めることも出来たのだ。
そう、ここはスマホゲームの世界で、気づいたら私はここに転生していた。転生前の最後の記憶では、スマホの画面を見ていたということは。いわゆる歩きスマホをして前方不注意となり、車にひかれ、スマホゲームの『聖女ルルシャの恋物語』の世界へ転生したようだ。
それなり遊んでいたスマホゲーム、しかも乙女ゲームへの転生。推しだっていたわけで、最初は「異世界転生万歳!」だった。だが自分の名前がアマレット・ニキ・リプトンであるとわかった時、「な~に~ぃ!?」だ。
アマレット・ニキ・リプトンは『聖女ルルシャの恋物語』の悪役令嬢! このゲームの主人公であるルルシャ・リリー・リプトンの恋路をことごとく邪魔する。
なぜ邪魔をするのか? それはここが乙女ゲームの世界だからだ。ヒロインを輝かせるための存在が悪役令嬢。悪役令嬢が性悪であればあるほど、ヒロインの良さが際立つ。ようはヒロインが攻略対象の好感度上げるための舞台装置、それすなわち悪役令嬢というわけだ。
(まさか悪役令嬢に転生するなんて!)
ヒロインへねちねちと嫌がらせをして、最後はお決まりの断罪コースが待っている。
(冗談ではないわ! その断罪には『死刑』という穏やかではない選択肢も含まれているのだから!)
だからこそ、転生した悪役令嬢は死亡フラグから逃れるために大奮闘するしかない。そして御多分に漏れず、私も来る断罪回避するべく、動くことになったのだが……。
アマレットが悪役令嬢として初めて動くのは、わずか八歳の時。
この国の第二王子であるレイール・ジョージ・レーガンは、自身と年齢の近い令嬢と令息を招いてお茶会を開く。レイールはヒロインの攻略対象であり、ルルシャは彼に話し掛けようとする。だがそれを邪魔するのがアマレットだ。それどころかそのままアマレットがレイールの婚約者におさまる。
だがこうなることで、後々ルルシャが攻略相手にレイールをロックオンした時、ドラマが生まれるのだ。
「本当は僕、ルルシャが好きだった。ルルシャがアマレットに虐められているとわかったら、もう我慢できなくなった。アマレットとの婚約は破棄する! ルルシャ、僕の婚約者になって!」
これにつながっていく。
ヒロインにとっては攻略完了の合図であるが、悪役令嬢にとっては悪夢のスタート。なぜならここで婚約破棄からの死刑の流れパターンもあるからだ。悪役令嬢の末路で死刑が選ばれると、ヒロインは攻略対象との十八禁ルートへ突入することになる。もし魔王討伐のバトルルートへ向かうなら、ここは国外追放を選択する必要があった。
(でもその選択をするのはヒロインであるルルシャ! 悪役令嬢はヒロインの選択で、生きるか死ぬかが決まる。ということは……)
悪役令嬢の断罪回避行動として、第二王子の婚約者にはならない方がいいのだ!
前世ゲームプレイの記憶がある転生者の私は、レイール主催のこのお茶会で、ルルシャの邪魔をしないと決めた。
だが――。
「クソガキが! てめぇの役目を果たすんだよ! お前が邪魔しないと、シナリオが変わるだろうが!」
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