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9:双子の姉は提案する

街まで出たところで、さてどこに向かったものかと馬の歩みを緩める。

アランにとって、若い女性など未知の生物だ。

アランの周りに居るのは、大半が第三騎士団の騎士達。

たまにディアナの父であるガザード公爵ウェズリーと飲み交わすくらい。


若い女性が好む物や、若い女性が多く出入りする店など、まるで心当たりがない。

こんなことなら、どれだけ揶揄われようとも、もっと騎士達の話を真面目に聞いておくべきだった。

彼等ならなんだかんだとアランを揶揄いはしても、若い女性が喜ぶであろうデートスポットを的確に教えてくれただろう。


(馬の戦場なら迷わぬが、若い女性との街歩きは、まるで敵地に丸腰で放り込まれたような気分だ)


内心、アランは汗をかきそうなほどに焦っていた。


「すまない、若い女性が好むような店には、あいにくと心当たりがなくてな……」


結局、正直に言うしかない。

そんなアランを笑うことなく、ディアナがアランを見上げる。


「もし良ければ、一つ相談に乗ってはいただけませんか?」

「相談? 俺で良ければ……」

「馬の鞍を新調したいのです。今まではずっとガザード公爵家の騎士団で採用している鞍を使っていたのですが、私が氷魔法を発動した際には、どうも金具が凍てついてしまって、馬が痛がるようなので……」

「ああ、なるほど」


ディアナの氷魔法の腕前は、先日の遠征で目にしたばかりだ。

氷魔法が発動すれば、周囲の気温は下がる。

術者当人と接している馬であれば、より影響は出てくるだろう。


「金具を使わない鞍なら、特注の方が良いか。知り合いの革職人が居るから、紹介しよう」

「ありがとうございます!」


声を弾ませるディアナに微笑みかけ、アランが馬の腹を蹴る。

流行の服飾店やカフェなどまるで見当も付かないが、馬の鞍を選ぶなら、無骨なアランにもアドバイスは出来る。


(きっと、ディアナ殿が気を使ってくれたのだろうな……)


何が凍てついた月か。

何が男を立てることを知らぬ女か。

彼女ほど心優しく気遣いの出来る女性を、アランは他に知らない。


新たな魅力に気付けば気付くほど、ディアナから目が離せなくなってしまう。

そんな自分に気付いては、意識して視線を逸らしてばかりだった。




「ありがとうございます、アラン様。おかげで良い物が仕上がりそうです」


革職人の店で鞍を発注し、ディアナが表情を綻ばせる。

仕上がるのはまだ先になるが、満足のいく物が出来上がりそうな手応えがあった。


「どうか、相談に乗っていただいた御礼をさせてください」

「ここは俺に花を持たせてほしいと言いたいところだが……あいにく、良い店を知らぬのだよなぁ」


頬を掻くアランに、ディアナが微笑みかける。


「でしたら、一度行ってみたかったお店に案内します」

「ああ、頼む」


ディアナ自身、王都の流行には疎い方だ。

ただ、彼女には前世の記憶がある。

後に話題になる物、人気の出る店などは、いまだ記憶に残っている。




ディアナが案内したのは、商業地区の外れにある一軒のカフェだった。

新作デザートが評判となり、前世では爆発的な人気を誇った店だが、今はまだそこまで名前が知られていない。

店内の客はまばらで、二階のテラス席を貸し切りたいと申し出れば、快く応じられた。


「これは……良い店だな」


庭園に面したテラス席。

爽やかな風が吹いて、ふわりと、銀色に光るディアナの髪をなびかせる。

その光景に思わず目を奪われ、一瞬の後に、慌てて視線を逸らした。


意識してはいけないと思うのに、どうしても意識してしまう。

ディアナは友人の娘で、アランよりも十七も年下だ。

彼女にとって、自分は父親と同年代のおじさんに過ぎない。

何度もそう自分に言い聞かせているのに、ディアナから感じる率直な好意に、心を揺さぶられてしまう。


運ばれてきた紅茶に口を付け、気持ちを落ち着かせようと試みる。

だが、視線を前に向ければ、美しいディアナが居る。

自然と鼓動が弾み、体温が上がっていく。

ここが風吹くテラス席であることに、アランは内心感謝していた。


柔らかな沈黙の後、ディアナが静かに口を開く。


「アラン様……王城での暮らしは、お辛くはありませんか?」


ディアナから投げかけられた問いは、唐突なものだった。

王宮での自分の立場を考えて、熱に浮かされていた身体がゆっくりと冷えていくのを感じる。


「俺にとっては、今も昔も変わらぬよ。それに、騎士団の連中は皆付き合いやすい奴等ばかりだしな」


アランが笑顔を作り、ディアナに微笑みかける。

その微笑みを、ディアナはどこか辛そうに見つめ返した。


アランにとって、王宮は決して安全な場所ではない。

そのことは、近衛騎士から命を狙われたことが証明している。

ならば、彼の為に出来ることは──何度も考えたはずが、唇から零れる声は、酷く震えていた。


「……アラン様は、私がお嫌いですか?」

「は?」


予期せぬ言葉に、飲みかけの紅茶が危うく喉に詰まりかける。

咳き込むアランを見つめるディアナの瞳は、切実さを帯びていた。


「俺がディアナ殿を嫌うなど……有り得ないぞ、そんなこと」

「でしたら!」


ディアナが、膝の上で震える拳を握りしめた。


(ここで怯んではいけない。この言葉を飲み込めば、きっと永遠に伝える機会を失ってしまう──)


「でしたら、どうか私を利用してください」

「ディアナ殿を、利用……?」


戸惑うアランを見つめるディアナの瞳は、真剣そのものだった。


「私の夫となれば、アラン様は王城を出ることが出来ます」


告げた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

鼓動が全身を震わせ、手のひらにじっとりと汗が滲む。


自然と視線が下を向き、俯いてしまう。

アランが今どんな顔をしているか──それを確認する勇気は、今のディアナにはなかった。

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