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8:双子の姉は登城する

王都のガザード公爵邸に戻ったディアナが父であるガザード公爵ウェズリーにあらましを報告すると、ウェズリーは眉間に皺を寄せて深いため息を吐いた。

何者かが旧友のアランを謀殺しようとしていることは、疑いようがない。

彼の出自を思えば、敵は予想が付く。

旧友を死なせたくはないし、正当性を欠いた行動に憤るだけの正義感は持ち合わせてはいるものの、敵を思えば迂闊に動いてはこちらが命取りになりかねない。


果たして、どのように動くべきか。

どうすればアランを助けられるのか。

愛娘の前ではあるが、自然と鬱屈した気持ちが息となって零れていた。


「どう対処するべきでしょうか、お父様」

「いや、この件は私に任せなさい」

「しかし、お父様……」


ディアナはディアナで、アランの為に何かしたいのだろう。

だが、その意思をぴしゃりとはねつける。


「お前は関わるんじゃない」


鋭い父の言葉に、ディアナは続く言葉を飲み込んだ。


父は意地悪でこんなことを言うような人ではない。

父が言うからには、危険を伴うのだろう。

それはつまり、アランが今正に危険の真っ只中にあるということなのではないか。


「……お前を危険に晒すわけにはいかないのだ」


微かに苦渋を帯びた父の呟きに、ディアナは胸が締め付けられる思いだった。


未だ爵位を持たぬ自分には、政治的な力はない。

父に任せておくのが一番というのは、ディアナにも分かる。

そうは思いながらも、何かしたい、動きたいと考えてしまう。


こみ上げる不安と焦燥感を、必死に押し殺すしかなかった。




翌週、魔獣討伐の勲功を称えて報酬が与えられることになり、ディアナはガザード公爵騎士団を代表して登城し、褒美を受け取った。

終始無表情でどこまでも無関心な国王とは異なり、王太子のローレンスはディアナに揶揄うような視線を投げかけてくる。


「女だてらに武勲を上げるとは、流石はアカデミーきっての才女殿だ」


皮肉げな声音は、女の身でよくもまぁ……とでも言いたげだ。

そんな王太子に対し、ディアナは深々と頭を垂れた。


「父の名代として騎士団を預かったのみなれば、変わらぬ忠誠を皆様にお見せ出来ましたこと、光栄に存じます」


あくまで自分は現ガザード公爵の代理に過ぎず、武勲を上げたのはガザード公爵家騎士団である。

一歩下がって主張を展開すれば、流石にそれ以上は何も言われない。

ただ一言、


「登城していたのがコーデリアであれば、茶の席にでも誘ったのだが」


と呟くのみ。

独り言のようでありながら、ディアナに聞かせるのが狙いなのであろう。

お前は妹のコーデリアとは違う、コーデリアほどの可愛げはないと、王太子の態度が語っていた。




王太子の不遜な態度など、分かりきっていたことだ。

どうしてコーデリアはあんな男を好いているのか、ディアナにはさっぱり分からない。


何でも自分の思い通りに行くと考えている男。

女は男の言うことを大人しく聞いていれば良いと考えている男。

女でありながら目立つディアナをあからさまに見下し、人前で辱めようとする男。


彼にとって、大人しく自分を立てるコーデリアは、理想の女性なのだろう。

とはいえ、王太子には幼い頃に婚約を結んだ相手が居る。

既に結婚式の日取りも決まり、お相手のケイリー・エルドレッド公爵令嬢は長年に渡って将来の王妃となるべく教育を受けてきた。

そんな身でありながらコーデリアに気のある素振りを見せるのは、彼女に利用価値があるからに他ならない。


哀れなコーデリア。

そう思いはすれど、妹の恋心を否定する気にだけはなれない。

ディアナもまた、長年憧れ続けている相手が居る身。

胸の奥が締め付けられるように痛んだ。




「ディアナ殿、やはり来ていたか」

「アラン様!」


王宮騎士の詰所に思い人を訪ねれば、アランが笑顔で出迎えてくれた。


王族から褒美を授かるとなれば、アランもあの場に同席しているものだとばかり思っていた。

だが、アランは謁見の間には呼ばれていなかった。

王族でありながら、王族として扱われていない。

王弟とは名ばかりで、重要な場面からは意図的に外されているようだった。

その事実に胸が痛むが、一方であんな不快な話をアランの耳に入れずに済んだことに、ディアナはほっと胸を撫で下ろす。


第三騎士団の詰所、居並ぶ騎士達は皆ディアナには好意的だ。

それもそのはず、彼等は皆先日の遠征でのディアナの活躍を良く知っているのだ。


「アラン様、デートの約束を覚えていらっしゃいますか?」

「そ、それは勿論……」


一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らすアランを、周囲の騎士達が笑みを押し殺しながら見守る。


「こういう時は、自分から誘うべきですよ」

「そうそう、女性に言わせるなんてもってのほか」

「それでも元騎士団長か?」

「うるさいぞ、お前達!」


苦笑いを浮かべるアランの耳は赤く染まっている。

コホンと一つ咳払いをして、改めてディアナに向き直った。


今日のディアナは、遠征中のような女性騎士の服装とは異なる。

群青色を基調としたふわりと裾の広がるドレスに、薄水色のレースで出来たショールを羽織っている。

女性らしい細いウエストが浮き彫りになるシルエットに、思わずアランが息を呑む。


「がんばれ、王弟殿下!」

「こら、茶化すな」


騎士達も、じっとアランの動向を見守っている。

そんな彼等に一瞬だけ疎ましげな視線を向けた後、アランがディアナに対し、大きな手を差し伸べた。


「ここではゆっくり話も出来まい。ディアナ殿、貴女さえ良ければどうだろう、どこか街に出てお茶でも……」

「はい、喜んで」


花が咲くような笑顔を浮かべて、ディアナがアランの手を取る。

その様子に周囲の騎士達がガッツポーズしているのを見ない振りをして、アランはディアナを伴い詰所を出た。


「っと、馬車を用立てた方が良いか?」


厩舎に向かう途中で、ディアナがドレス姿なことに思い当たり、アランが足を止める。

ドレス姿で、馬に跨がることは出来ない。

どうしたものかと、ディアナの顔色を窺う。


ドレス姿で馬に乗るとなれば、アランの操る馬に横乗りするしかない。

その想像だけでディアナの胸が高鳴り、頬が熱くなる。


「私はどちらでも構いませんが」


平静を装って答えるも、アランにじっと見つめられると、胸の鼓動はますます加速した。


「そ、そうか。それなら……」


アランが自ら世話をしている、逞しい軍馬。

その背にひらりと跨がった後、ディアナの細い腰を抱えるようにして、馬上へと抱き上げる。


馬上で寄り添うような格好になり、ディアナは自分の顔が真っ赤になっていることに気付く。


「……馬には慣れているはずなのに、こうしているのはなんだか落ち着きませんね」

「それは、俺も同じだ」


背後から聞こえる低い声に、ディアナの心臓がさらに激しく鳴った。


「しっかり掴まっていてくれよ」

「はいっ」


馬がゆっくりと歩き出す。

二人の鼓動がまるで一つになったように響き合い、優しい風がその熱を冷ましていった。

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