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7:王弟は想いを募らせる

近衛騎士団の兵力は多く、第三騎士団だけで制圧は難しかったが、負傷兵を送り届けたガザード公爵家の騎士団が前線基地に戻ったことで、反乱は無事に鎮圧された。

首謀者とみられるジョーセフ伯爵も取り押さえたが、彼は今も沈黙を貫いている。

相手も王国貴族とあって、如何な王族の一員とはいえ、アランの一存で裁くわけにはいかない。

このまま王都へと護送することが決定しているが、アランの表情は冴えなかった。


近衛騎士団とも、副団長のジョーセフとも、個人的な付き合いはほとんどない。

であれば、彼等は私怨ではなく命令されて動いていると考えるべきだろう。


近衛騎士団に命令を下せるのは、王宮のさらに上層部──王太子やその周囲しかいない。

それを考えると、身を震わせるような焦りと、どす黒い怒りが込み上げてきた。

さらには、自分を助ける為にディアナが動いたことも、またアランを苛立たせていた。


反乱を鎮圧した後の天幕。

ディアナと二人きりになり、つい語気が強くなってしまう。


「助けに来ていただいたことには、感謝しています。ですが、どうしてあのような危険な真似をしたのですか」


ディアナのことを思えば思うほど、アランの胸が痛む。

自分を蹴落とそうとする政治的な動きに、ディアナを巻き込んでしまうのではないか。

それが一番怖かった。


「アラン様はこう仰ったではないですか。“俺から離れぬように”と」

「あ、ああ」

「そのアラン様があんな命令を下すとは、とても思えませんでしたもの。何が起きているか、確認するのは当然でしょう」


アランを見上げるディアナの視線は、どこまでも真っ直ぐで、澄んでいた。

彼女が自分を大切に思ってくれているのだと実感すればするほどに、もどかしさが募る。


「貴女には、自分の安全を第一に考えてほしかった」

「私にとっては、アラン様のことが一番です」


二人のやりとりは、どこまでも平行線だ。

互いを思うからこそ、決して交わることはない。


「分かってくれ……君に何かあっては、俺は君のお父上に申し訳が立たない」


父の名を出されれば、ディアナが唇を尖らせる。

大人びた美貌から繰り出されるそんな子供じみた仕草に、アランの胸が掻き乱される。

彼女が自分のことをこれほど大事に想ってくれていることが、何よりも嬉しい。

嬉しいからこそ、彼女にはきつく言い含めなくてはならない。


「私だって……」


返ってきたディアナの声は、僅かに震えていた。


「私だって、アラン様に何かあっては、後悔してもしきれません!」


ディアナの胸に思い浮かぶのは、一度目の人生。

初恋の人が亡くなったと、人伝に聞いて一人涙した。

涙することしか出来なかった。


アカデミーで剣を習い、魔法を覚え、アカデミー首席の座を手にし、天才の名をほしいままにした。

それが、どうだ。

助けたい相手一人、助けられなかった。


自分は何の為に強くなったのか。

ただ優秀な成績を収めただけか。

大事なところで何も役に立たない自分を責める日々。


そんな前世と決別する為に、行動を起こしたのだ。


「私は……貴方に生きていてほしいのです……」


一度目の人生で感じた、あの無力感。

もう二度とあんな思いはしたくないからこそ、ディアナは前世の運命を覆そうと必死だった。


ぼろぼろと、ディアナの瞳から涙が溢れる。

アメジストのような瞳から零れる大粒の雫に、歴戦の勇士が珍しく動揺を見せた。


「すまない、怒るつもりはなかったんだ。ただ……」


目に涙を溜めたままでじっと自分を見上げるディアナの姿に、アランが言葉を詰まらせる。

濡れた頬を、無骨な指先がそっと撫でる。

触れたら、壊してしまうのではないか。

繊細なガラス細工に触れるかのように、アランの手は微かに震えていた。


「俺だって、君に傷付いてほしくない……君のことを大事に想っているんだ、ディアナ」

「アラン様……」


ディアナが目を閉じ、うっとりとアランの掌に頬を寄せる。

どくりと、アランの鼓動が跳ねた。


「ご無事で良かったです、本当に……」


ディアナの涙混じりの言葉が、アランの心に染みていく。

組織ぐるみの陰謀で殺されかけ、殺気立っていた心に、温かな感情が広がる。


「そうだな……今は怒るより、こう言うべきだった」


心の奥底から湧き上がる衝動のままに、アランの腕が、ディアナの身体をかき抱く。

逞しい腕に抱かれて、ディアナは濡れた瞳を瞬かせた。


「ありがとう」

「アラン様……」


アランの声が耳に響いた瞬間、感情が奔流となってこみ上げてきた。

彼の言葉が、温もりが、胸を揺さぶり、心を焦がす。

冷静沈着を謳われた才女は、まるで幼子のように、男の胸で声を上げて泣いた。




魔獣を討伐し、反乱分子の鎮圧を終えた討伐軍は、無事に王都へと帰還した。

反乱を首謀したとされるジョーセフ伯爵は王宮の地下牢に幽閉され、これから取り調べが行われるという。

果たしてどの程度真実が明るみに出るのか。

王宮主体の捜査に、アランは微塵の期待も抱いてはいない。


それよりも、今後どのように動くべきか。

自身の身の振り方を思案するばかりだった。




「アラン様、わざわざ見送ってくださらなくても良いですのに」

「そういう訳にはいかない」


ガザード公爵家の騎士団の大半は、ガザード公爵領へと帰還した。

王都のガザード公爵邸に戻るのはディアナを始めとするごく少数の騎士のみとあって、アラン自らディアナを守るかのように、王城からガザード公爵邸まで共に馬を走らせた。

公爵邸に到着して、馬を降りてなお、アランの視線は心配そうな様子を湛えてディアナへと向けられている。


「私よりも、今はアラン様の身を案じてくださいませ」

「ああ……」


ディアナもまた、今回の近衛騎士団の反乱について、思うところがあるのだろう。

自分よりも遙かに年下の少女に心配され、くすぐったそうにアランが苦笑を浮かべる。


「そうだ! アラン様……デートの約束、忘れないでくださいね」

「……本当に良いのか?」


ディアナに釘を刺され、アランが戸惑いの声を上げる。

若く美しいディアナとのデートなど、アランにとっては褒美でしかない。

真っ直ぐに向けられた誘いの言葉に、十七も年上の男が情けなく翻弄されてしまう。


(ああ、本当に勝てないな、ディアナ殿には──)


悪戯っぽく微笑む少女の姿に、目を細める。

友人の子供であり、自身もまた、庇護する子供のように思っていた──はずだった。

それがいつしか美しい女性に成長して、己を助けるほどに頼もしい存在となった。


目を背けようにも、背けられない事実。

自分は、ディアナを一人の女性として意識している。


この感情に、名前を付けてはいけない。

それと知れば、戻れなくなるから。

奥底に芽生えた想いにそっと蓋をして、アランは公爵邸へと入って行く後ろ姿をいつまでも見つめていた。

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