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6:双子の姉は闇夜に舞う

本陣の天幕にあって、魔獣討伐軍の総指揮を執るアランは奇妙な苛立ちを覚えていた。

ガザード騎士団を預かるディアナが、自分に何も告げることなく前線から撤退したという。

果たして、そのようなことが有り得るのだろうか。


負傷兵の護衛と輸送は、確かに大事な任務だ。

だが、そこに精鋭の騎士五百を割くのは、あまりに馬鹿馬鹿しい。

それが分からぬディアナではあるまい。


一体、何があった?

見えない網が、自分達を絡め取ろうとしているような……そんな奇妙な胸騒ぎがしていた。


怖じ気付いたのでしょうと副司令官は笑っていたが、ディアナがそんな性格ではないことは、アランが一番良く知っている。

今になって怖じ気付くなら、そもそも自分から前線に出ると希望していないだろう。

奇妙な違和感を覚えながらも、それを口にするのも憚られた。


自分が所属する第三騎士団の騎士達とは違い、副司令官であるジョーセフ伯爵ユリシーズが率いる近衛騎士団は、高位貴族だけが所属する部隊だ。

所属も命令系統も、何もかもが違う。

彼等のやることに口を挟む気はなかったが、唯一ディアナのことを悪く言われた時だけ、生真面目な王弟が侮蔑の表情を浮かべていた。




深夜、木の葉を踏む音にぱちりと目が覚めた。

いや、それだけではない。

風の音に混じる、奇妙な気配。

誰かが息を潜めている、そんな緊張感が漂ってくる。


アランは布団の脇に置いていた剣を、静かに手に取った。

耳をそばだてれば、金属が触れ合う音が聞こえてくる。


──囲まれている。

瞬時にそう察したアランは、音もなく天幕の入り口へと移動した。

天幕の外からは、隠しようのない緊張感が伝わってくる。


「──行け!」


低く押し殺した号令と共に、天幕の入り口を覆っていた幕がバサリと揺れた。


天幕へと押し入ってきたのは、五人の騎士達。

そのどれもが見覚えのない顔──つまりは、第三騎士団の所属ではない。

彼等の視線は、真っ直ぐ先ほどまでアランが寝ていた場所──布団に向けられている。


「居ないぞ!」

「どこへ行った!?」


声を上げ、周囲に視線を走らせるより先に、剣尖が空気を裂いた。


「──ぐわっっ」


バタリと、一人の騎士が倒れ伏す。

続けざまに、もう一人。


「気付かれたぞ!!」

「総員、行動に移れ! 元騎士団長とはいえ、数でかかれば恐るるに足らず!」


合図らしき角笛が、本陣に鳴り響く。

と同時に、前線基地のあちこちから剣戟の音が響いてきた。


状況把握に努める余裕もない。

アランの前には、もっとも多くの武装した騎士達が押し寄せてきたのだから。




闇夜を吹き払うような角笛の音は、本陣近くの茂みに身を隠していたディアナの元にまで聞こえてきた。

傍らのイアンが、小さく口笛を鳴らす。


「マジで何か起きやがった」

「そんなこと言っている場合ではないわ。すぐにアラン様の元に向かうわよ」

「了解」


ガザード公爵騎士団の本隊を移動させて、本陣近くに身を潜めていた二人──ディアナとイアンは、すぐさま行動を開始した。

本陣のあちこちで、第三騎士団に所属する騎士達が、近衛騎士団に斬りかかられている。

第三騎士団の団員は全員手練れだが、味方の突然の奇行に、応戦するよりも戸惑いが強いようだった。


「イアン、彼等を援護して!」

「お嬢は大丈夫なのか?」

「大丈夫、私はアラン様を探すわ」


近衛騎士達が誰の命令を受けて行動に及んだか、今はそんなことを考えている余裕もない。

アランの手足でもある第三騎士団の団員達、彼等は死なせるにはあまりに惜しい。


前世では、アランだけではない。

何人もの優秀な騎士達が犠牲になった。

その全てが彼等第三騎士団の騎士達だったのだと思えば、このような計画を企てた輩に沸々と怒りが湧いてくる。


彼等のことも大事だが、今は何より、守りたい人が居る。

近衛騎士達が最も多く押し寄せている場所。

鳴り響く剣戟の中央。

そこに、彼の姿はあった。


「──アラン様!!」


アランの姿を認めた瞬間、ディアナは両手を前方へと伸ばし、魔力を放った。


「なんだぁ!?」

「魔法か──!?」


近衛騎士達が手にした刃は、アランの肌を切り裂くより先に、突然現れた分厚い氷の壁に阻まれた。

自らを守るように出現した氷盾に、剣を構えたままでアランが瞳を瞬かせる。


「これは……」


ラトリッジ王国広しといえど、実戦で役立つほどに魔法を使いこなせる人間は、数えるほどしか居ない。

その魔法の腕を見込まれ、女でありながら討伐隊への参加を認められた人物──これだけの氷魔法を放てるのは、此度の遠征に参加している中では、ガザード公爵騎士団を率いるディアナだけだ。


「大丈夫ですか、アラン様!」

「ディアナ殿……」


襲い来る騎士達を氷の刃で足止めして、ディアナがアランの元へと走る。

いくつか傷は負ったものの、血色良く二本の足で大地を踏みしめるアランの姿を見て、ディアナの顔に安堵の笑みが浮かんだ。


「良かった……」

「ディアナ殿は、どうしてここに……?」


ディアナが魔力を纏った両手を頭上高く掲げれば、アランとディアナの周囲に氷の槍が降り注ぐ。

キラキラと、氷の破片が闇夜に瞬く。

その中央に佇むディアナの姿は、正に月の女神を思わせた。


「言ったじゃないですか、私がアラン様をお守りするって!」


悪戯っぽく笑うディアナは、幼さと美しさを併せ持つ、正に成人したての若い女性の魅力に溢れていた。

王弟として美しい貴族女性は見慣れているはずのアランが、堪らず息を呑む。


「命令がおかしいと思ったんです。アラン様は、一方的な命令を部下に伝達させるような方ではありませんから」

「命令……そうか」


どうしてガザード騎士団が前線を離れたか。

その答えを得て、アランが手にした剣を握りしめる。


「大きな借りが出来てしまったな、ディアナ殿」

「アラン様の為ならば、こんなもの貸しでも何でもないですわ」


二人の周囲は、ディアナの魔法を警戒しながらも、なおも近衛騎士達が取り囲んでいる。


「お返ししてくださるというのなら、今度デートにでも誘ってくださいませ」

「それは、お返しとは言えないだろう」

「あら、そうでしょうか」


多勢に無勢の戦いから、二人で背中を合わせて互いの背後を守る戦いへ。

死角さえ封じてしまえば、歴戦の勇士たるアランに恐れるものは何もない。


「ああ、こちらからお願いしたいくらいだからな!」

「……その言葉、本気にしてしまいますわよ?」


まるで茶の席であるかのように軽やかな会話を繰り広げながら、二人の周囲に血飛沫が舞い、近衛騎士達が折り重なるように倒れていく。


「本気にしてくれて、構わない」


戦いの中、一瞬だけ交差した視線──その一瞬だけでも、アランの瞳は真っ直ぐにディアナを見つめていた。


ディアナの胸が熱く高鳴る。

なにも、戦いの高揚感からだけではない。

アランの言葉を聞いた瞬間、体温が一気に上がり、心臓が大きくがなり立てている。


何より、アランの窮地に駆けつけることが出来た。

誰よりも勇ましい騎士である彼を、邪な策謀で失わずに済んだ。

その喜びが、じわじわとこみ上げてくる。


「……そのお話は、無事に帰ってからにしましょう。今はどうか、気を抜かずに」


その言葉は、自らに言い聞かせるものでもあった。

囃し立てる心臓を落ち着かせるように息を整え、目の前の敵に集中する。


「心得た」


アランもまた、剣を手に目の前の敵を見据える。


──もっとも。

寝込みを襲われるような卑怯な手を出されなければ、後れを取るようなアランではないのだ。

近衛騎士による反乱が鎮圧されるまで、そう時間は掛からなかった。




「──くそ、くそ、くそ!!」


戦塵が舞う前線基地から逃れるように、一対の人馬が闇夜を駆ける。

馬上には、討伐隊副司令官であり近衛騎士団副団長のジョーセフ伯爵の姿があった。


「どうしてガザードの小娘が現れた! 騎士団は退かせたはずなのに!!」

「すまないねぇ、うちのお嬢はお転婆なものでね」


不意に響いた声に身構えるより先に、ジョーセフ伯爵の身体に衝撃が走る。

何者かに斬りかかられた馬が嘶きを上げ、バランスを崩す。

哀れ馬上のジョーセフ伯爵は宙に放り出され、大地を転がった。


「ぐぁ……」


痛みに顔を顰める余裕もない。

ひたりと、ジョーセフ伯爵の首元に刃が押し当てられる。


「さぁて、全て白状してもらうとしようか」


楽しげなイアンの笑い声が、夜の闇に響いた。

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