55:双子の姉は真実を知る
「失礼します」
ノックの後、静かに扉を開く。
ディアナにとっては見慣れたはずの父の執務室が、今はなぜか薄暗く感じられた。
「……座りなさい」
父の声に頷き、ソファーに腰を下ろす。
ディアナの向かいには、父ウェズリーが腰を下ろした。
端正な唇から、ため息が零れる。
「お前にも、いつかは話さなければならないことだ……」
ウェズリーが指を組んで、目を閉じる。
「お前が、公爵の座に就く時に……話そうと思っていた」
「私が……?」
ディアナが、唇を噛む。
次期ガザード公爵として、幼い頃から教育を受けてきた。
既に次期公爵としての準備は整ったものだとばかり思っていた。
だが──、
(まだ、私の知らないことがあるというの……?)
前世の父ウェズリーは、流行り病で帰らぬ人となった。
爵位を継いだ時は、王国中が混乱の真っ只中にあった。
ディアナは、父の最期を看取ることさえ出来なかったのだ。
「我がガザード家は、建国以来の名門。建国の立役者となった六つの家門については、知っているか?」
「……五大貴族と、ラトリッジ王家でしょうか」
ディアナの答えに、ウェズリーが頷く。
(……また、五大貴族……)
膝の上で、ディアナが拳を握りしめる。
どうして、この呼び名がここまで自分達に付き纏うのか。
もはや、偶然とは思えなかった。
「これらの家門は、ただ有力な家系だったというだけではない。実際に力を持っていたんだ」
「力……?」
俯くウェズリーの頬に、長い睫毛が影を落とす。
「浄化、洞察、技巧、剛勇、再生……様々に言い伝えられているが、その中でも、王の座に就いたラトリッジ家の能力は──“統治”と言われている」
「統治……」
ウェズリーの言葉を繰り返すように、ディアナが小さく呟く。
言葉だけ取り上げたなら、正に王に相応しい能力と言えるだろう。
だが──それでは、コーデリアのあの様子は、説明は出来ない。
「それぞれがどんな能力かは、推察するしかないが……王家が持つ能力は“人心を掌握する能力”だと聞いている」
ゾクリと、ディアナの身体が震えた。
人心を掌握などと言えば、聞こえはいい。
だが、先ほど見たコーデリアの姿はどうだ。
そして、前世で見せたコーデリアの敵意──。
(コーデリアは、私が憎くて刃を向けたのではなかったの……?)
背中を、汗が伝う。
「今のコーデリアは……洗脳されているということでしょうか?」
ディアナの言葉に、ウェズリーは苦い表情で頷いた。
「それ以外に……説明が付かないんだ」
重苦しい沈黙が、場を支配する。
傷もないのに、コーデリアに刺された腹が痛む。
「……治す方法は、ないのですか?」
「断言は出来ない。まるで雲を掴むような話だ」
弱々しいウェズリーの声。
彼ほどの力と見識を持ってしても、断言は出来ないのだろう。
それでも──。
「……あるのですね?」
沈黙が、答えを雄弁に物語っていた。
やがて、諦めたように、ウェズリーが唇を開く。
「同じ五大貴族の一つ、エルドレッド家の能力は……浄化と言い伝えられている」
「浄化……」
ディアナの脳裏に、エルドレッド家の兄妹──クライドとケイリーの姿が浮かぶ。
ケイリーは、コーデリアを気にしていた。
そして、あの温室でのケイリーの問いかけ──。
“ディアナ様……貴女は、もう、お目覚めなのですか?”
その言葉は、何を意味していたのだろうか。
彼女は──コーデリアが精神支配を受けていることを、知っていたのだろうか……?
「エルドレッド家の方にお願いすれば……コーデリアの洗脳は、解けるのでしょうか?」
「……希望的観測だな」
ウェズリーが苦笑する。
五大貴族の能力などという、言い伝えじみた話。
ディアナとて、コーデリアの取り乱した姿を見ていなければ、とても信じる気にはなれなかっただろう。
そこで、はたと思い出した。
「技巧……ということは、ひょっとして、クローク子爵様は……」
「ああ、技巧は、クローク家に伝わる能力だ」
ウェズリーから贈られた印章と、直接話した際のクローク子爵の人となりを思い出して、ディアナが納得する。
物作りに長けた印象を受けた子爵だが、それが一族に伝わる能力となれば、合点が行く。
「では、我がガザード家の能力は……?」
ディアナの問いに、ウェズリーは一拍置いて唇を開いた。
「我が家に伝わる能力は──“再生”だ」
父の言葉が、ディアナの耳にはどこか遠くで響いていた。









