54:双子の妹は錯乱する
父ウェズリーに言われるまでもない。
ディアナは一人、本邸へ戻るつもりでいた。
──コーデリアを、問い詰めるために。
クールソン伯爵の稚拙な罠。
その罠に協力して、ディアナと見紛うほどのサインを記した人物──ディアナを騙れる者など、コーデリア以外に居るはずがない。
(もうこれ以上、勝手なことはさせないわ)
そう決意して馬車に乗り込み、ガザード公爵家本邸へと向かう。
勝手知ったる我が家だ、先触れを出すようなこともしない。
豪華な扉を押し開き、真っ直ぐ妹の部屋に向かって問い詰めようとしたディアナの気勢は、扉の向こうの光景を見た瞬間に吹き飛んでしまった。
「──離して、離してくださいお父様!」
「離せるものか! コーデリア、お前は自分が何を言っているか分かっているのか!?」
ディアナの目に飛び込んできたのは──暴れるコーデリアと、それを押さえつける父ウェズリーの姿だった。
「な……」
あまりの光景に、ディアナが絶句する。
公爵家の令嬢として、社交界の花として、誰もがコーデリアの淑女らしい振る舞いを褒め称えていた。
アカデミーで“太陽のコーデリア”と褒めそやされた姿は、見る影もない。
髪を振り乱し、必死の形相で父の腕から逃れようとするコーデリア。
ディアナと同じアメジスト色の瞳には、狂気が宿っていた。
「お願い、行かせて! 彼が私を待っているの!」
「違う、待ってなど居ない!」
コーデリアの目は、真っ直ぐ公爵家の玄関扉を見据えている。
しかし、その瞳にディアナの姿は映っていない。
虚ろな瞳を向けられて、ディアナが一歩後退る。
「嫌よ、私は王太子殿下に……ローレンス様に会いに行くんだからぁ!!」
「コーデリア、私の話を聞かないか!!」
子供のように手足を動かして藻掻くコーデリアを、ウェズリーが叱りつける。
響いた大声に一瞬だけコーデリアが動きを止めたものの、次の瞬間には、再び美しい唇から雄叫びが放たれた。
「どうして分かってくれないの、お父様!」
「分かっていないのは、お前だ!!」
まるで訳が分からない。
呆気にとられるディアナの前で、騎士達に引き摺られるようにして、コーデリアが階段を上がっていく。
「薬を飲ませて、寝かし付けるんだ」
「かしこまりました」
ウェズリーが指示した相手は、コーデリア付きの侍女だ。
騎士達の後を追うように階段を上がっていく侍女を、ディアナは呆然と見送った。
「変なところを見せてしまったな……などと、お前を相手に言うのも、おかしなものだが」
苦笑を浮かべるウェズリーの腕には、無数のひっかき傷が出来ていた。
暴れるコーデリアを相手にして、出来たものだろう。
「一体……何があったのですか」
「何があった訳でもない。ただ……王城に向かうというのを、強引に引き留めているだけだ」
「王城に?」
ゾクリと、ディアナの心臓が縮み上がる。
今までも王太子ローレンスに恋慕して、招かれる度に頻繁に王城を訪れていた。
だからといって、あれほどまでに暴れる必要があるのだろうか。
「コーデリアは……なにか良くない薬でも、服用しているのでしょうか……?」
ディアナの声が震える。
戦場で負傷した兵士の痛みを紛らわせる為に、通常であれば推奨されない、幻覚や幻聴、時には凶暴化を引き起こす薬が処方されることがあると聞く。
そのような薬には中毒性があり、裏社会では高値で取引されているとも──。
妹がそのような物に手を染めているとは、思わない。
……思いたくもない。
しかし、先ほど見たコーデリアの様子は、明らかに常軌を逸していた。
「いや、薬のせいなどではない」
ディアナの言葉に、ウェズリーが首を振る。
安堵したのも束の間、ウェズリーの端正な顔は、苦渋に満ちていた。
「そんな、生易しい物ではないんだ……」
(薬が、生易しい?)
ディアナは、父の言葉が信じられなかった。
薬ではないなら、一体何がコーデリアを変えてしまったのか。
いったい、コーデリアはどんな状況にあるというのか。
「教えてください、お父様。コーデリアは、どうしてしまったのですか?」
ディアナの問いに、ウェズリーは無言で俯いた。
「……私の、執務室に来なさい」
かろうじて絞り出した、弱々しい声。
ガザード公爵として、領地を治める父ウェズリー。
立派な父の見せた弱気な姿に、返事をすることも忘れ、ディアナは息を呑んだ。









