51:公爵は問いかける
元宰相セオドアを雇ったことで、悪評と共に停滞していたフィデス商会の業績は、再び上昇を始めた。
セオドアの手腕は、ディアナさえも舌を巻くほどだった。
一ヶ月もすれば、従業員達も皆セオドアに心酔し、彼に店を任せることが増えてきた。
そんな中、ディアナはアランと共に、エルドレッド公爵家を訪れた。
一度目の来訪はクールソン伯爵と共に応接間での対話となったが、今回は公爵邸の中庭に通された。
白いマグノリアが咲き乱れる中庭は、風がそよぐ度に花びらが舞う、エルドレッド家自慢の庭園だった。
「お待ちしておりました」
マグノリアと同じ白いドレスを纏ったケイリーが、ディアナとアランを出迎える。
庭園の中央に設けられた席には、既にクライドが座っていた。
「さぁ、どうぞ」
「お二人が来られるのを、心待ちにしておりました」
新たな公爵となったクライドが、深々と頭を垂れる。
「お二方並びにフィデス商会の皆様には、当家縁の者が、ご迷惑をおかけしました」
「そんな、顔を上げてください、公爵様」
ディアナとしても、エルドレッド家の二人に思うところはない。
むしろ、二人はクールソン伯爵に騙された被害者であり、彼等はディアナとフィデス商会を庇ってくれていた。
「それにしても、噂に違わぬディアナ様の聡明さ! 感服いたしました」
「まことに」
ケイリーの言葉に同意するように、クライドが頷く。
二人の手放しで褒める様子に、ディアナが頬を赤らめた。
「私の噂など……悪い噂ばかりだと思うのですが」
「あら、そのようなことはありません。男共のやっかみなど、無視すればよろしいのですわ」
キッパリと断じるケイリーは、これまでディアナが抱いていたイメージとは大きくかけ離れていた。
王太子のお飾り婚約者。
大人しく、人前にはなかなか出て来ない女性。
太陽のコーデリアの方が、王太子妃として相応しいのではないか。
影でそのように言われていたケイリーだが、あのローレンスの婚約者とは思えぬほどに、良識をわきまえている。
それだけではない、社交界の令嬢らしい堅苦しさとは無縁の、気風の良さをディアナはケイリーから感じていた。
(こんな方が、あのローレンス殿下の婚約者だなんて)
二人の婚約は、幼い頃に結ばれた。
ケイリーは人生の半分以上を王太子妃教育に費やし、ローレンスと共に過ごしてきたはずだ。
それでいて庭を吹く風のような爽やかさと、風に舞うマグノリアのような可憐さを持ち合わせている──不思議な女性だった。
(立場が違えば、仲良くなれたかもしれないのに……)
今の二人は王太子の婚約者と、その王太子が敵視するガザード家の後継者だ。
ディアナと親しくすることなど、ローレンスは由とはしないだろう。
(少し、勿体ないわね……)
ティーカップを持ち上げ、物憂げに揺れる琥珀色に視線を落とすディアナ。
そのカップに、ふわりと白い花弁が舞い降りた。
「あら」
鼻を擽る甘い香りに、自然とディアナの表情が綻ぶ。
用意されたどんな甘味より、花の香りがもっとも彼女の心を揺れ動かした。
「素敵な庭園ですね」
「ありがとうございます」
ディアナの言葉に、ケイリーが笑みを浮かべる。
「我が家自慢の庭園ですわ……他に、温室もありますのよ」
「まぁ」
庭園でこれだけの花が咲き誇っているならば、温室はどれほどか。
興味をそそられた様子のディアナに、ケイリーがにこやかに笑いかけた。
「よければ、そちらにも案内させてはいただけませんか」
「ええ、喜んで」
先に立ち上がったケイリーに手を引かれ、ディアナが腰を上げる。
ちらりと視線を向けた先は、共にエルドレッド公爵家を訪れたアランの元。
「俺のことは気にせず、行ってくるといい」
アランが苦笑を浮かべる。
アランにとって、ディアナは自分よりも年下の妻だ。
アカデミーで才女と言われ、年よりも落ち着いて見えるディアナだが──いや、そんなディアナだからこそ、年相応の表情を見れば、止める気にはなれない。
年の近いケイリーを前に、ディアナの表情が輝いているのを、彼は見逃さなかった。
「それでは……」
ディアナがアランとクライドに一礼して、席を立つ。
庭園を歩く、二人の女性。
仲睦まじい様子は、未来の王太子妃と公爵家の次期当主にはとても見えず。
周囲の空気までが、澄んで華やいだものに見えていた。
「ガザード公爵令嬢も、実際に会ってみると、イメージとは大分違う雰囲気の御方でしたが……王弟殿下がそのような表情をなさるとは、思いませんでした」
ティーカップを手に、クライドがしみじみと呟く。
「そうか?」
「ええ、それだけお二人の結婚が良縁だったということなのでしょう」
言われて、アランの目が僅かに宙を泳ぐ。
そんな様子に、クライドが声もなく笑った。
「申し訳ございません、揶揄うつもりはなかったのですが」
「ならば、笑うな」
小さく咳払いするアランに、クライドの目元が柔和に綻ぶ。
しかし、その笑みは一瞬で掻き消えた。
「幸せの絶頂にある御方に、このようなことを聞くのは憚られますが──」
それまでの和やかな空気が、一瞬で凍り付く。
白い花弁を運ぶ風も、今だけは氷のように凍てついて感じられた。
「王弟殿下は、現王政──いえ、ローレンス殿下を、どのように感じておられますか?」
ケイリーと同じヘーゼルの瞳が、じっとアランを見据えていた。









