50:双子の姉は手を差し伸べる
「なっ、何故、貴女がここに──!?」
予想だにしない人物の登場に、セオドアが目を見張る。
今では人妻となった、ガザード家の美人姉妹。
その片割れの美貌は、静かな笑みを湛えていた。
「優秀な人材が野に放たれたと聞いて、勧誘に参りました」
「は──?」
色濃い隈に彩られたセオドアの瞳が、数度瞬く。
その口元は言葉を綴ろうとして、数度はくはくと開閉した。
「……正気ですか?」
「ええ、勿論」
ディアナの理知的な瞳が、真っ直ぐにセオドアを見つめる。
向けられる眼差しに、迷いはない。
「私は──貴女を罠に嵌めようとした人間ですよ?」
「あら、素直にそれを証言してくださるのかしら」
くすくすと、軽やかな笑い声が響く。
「……申し訳ない、ガザード令嬢。貴女を罠に嵌めようとしたのは、私個人の罪だ。この身、如何様にもお裁きください」
「あら、あくまで貴方個人の罪であると?」
「どのような事情があろうとも──止められず、私自身が動いたならば、私の罪に他なりません」
頭を垂れるセオドアを、ディアナがじっと見つめる。
初めて会った時から、分別のある常識人と──そう感じていた。
その評価は、騒動を経た今でも変わってはいない。
ローレンスが彼を見限った時点で、彼等の関係は一方的な物だったのだと窺える。
理知的な美貌を湛えた、若き宰相──だがその頬は痩け、落ち窪んだ目は就任当初とはまるで別人のようだ。
「それならば……私の元で働きませんか?」
静かな声は、まるで湖面に垂らす一筋の糸のようだった。
それを中心に、ゆっくりと波紋が広がっていく。
「どう……して、私を……」
答えるセオドアの声は、掠れていた。
「貴方ほどの人がこのまま職も無しに埋もれてしまうのは、勿体ないと思いまして」
先導するように、ディアナが一歩、また一歩と歩き出す。
重苦しい空気に満ちた王城から、彼を連れ出すかのように。
「それとも、どこか行く宛があるのですか?」
「いいえ……」
セオドアが手にしているのは、鞄一つだ。
サクソン侯爵家の屋敷も、爵位の継承と共にその所有権は弟に移った。
王城を出て、これからはどこかに部屋を借りるか、あるいは新たな家を探して移り住む必要があると、そう考えていた。
「でしたら、丁度良いではありませんか」
王城の門を出て、ディアナが振り返る。
美しい顔に浮かんだ笑みは、決して優しさだけではない。
「私の下で、働きなさい。罪を悔いているというのなら、これからの人生、私の為に生きてもらいます」
整った唇から紡がれたのは、セオドアを縛り付ける言葉だった。
ガザード家は、大貴族だ。
しかし、ディアナはいまだ爵位を継いではいない。
支配権は父ウェズリーにあり、ディアナはいまだ後継者という立場に過ぎないのだ。
ましてや、ディアナには敵が多い。
王家はガザード家を目の敵にしているし、血を分けた妹さえも、今となっては信用ならない。
アランという大事なパートナーを得た今でも、人材不足は深刻だった。
そんな中、突如罷免された人材を、ディアナは放っておくことなど出来なかった。
恨みが無いと言えば、嘘になる。
しかし──彼は元々律儀な人間だ。
根っからの悪人ではないし、ローレンスによって指示された数々の行いに、最も心を痛めているのは、きっと彼なのだろう。
「どうかしら」
返事を促すように、ディアナが小さく首を傾げる。
ふわりと、銀の髪が風に舞った。
もはや、セオドアに選択肢など無い。
あったとしても──己に手を差し伸べた女性に、彼は一瞬で魅入られてしまった。
「……私の一生を懸けて、償います」
誓うような言葉に、ディアナの表情がふわりと綻んだ。
こうしてセオドア・サクソンはフィデス商会で働く一員となった。
他の従業員達には驚きをもって迎えられ、彼を信用出来ないと声高に叫ぶ者も、少なくはない。
そんな声を宥め、重用したのは、全てディアナの判断であった。
(これでいいのよ)
ローレンスの命令で一時は卑怯な手段に出たとはいえ、セオドアは悪人ではない。
罪への意識が、彼の心を苛み続けている。
それは転じて、ディアナへの忠誠心となってくれるはず。
(それよりも、問題は──)
クールソン伯爵の死で被疑者死亡となり、エルドレッド公爵家は告訴を取り下げた。
事件は有耶無耶となり、これ以上の追求はなされないであろう。
つまりは、誰がディアナを騙ったか──そこへの言及は、なされぬままだ。
(これ以上、放っておくことは出来ないわよね……)
ディアナを騙ることが出来る人間など、一人しか居ない。
双子の妹、コーデリア──彼女の関与は、もはや疑う迄もなかった。
前世で、ディアナを刺し殺したコーデリア──彼女と向かい合う日が、いよいよ近付いていた。









