40:双子の姉は帰港する
ディアナの前ではいつも穏やかな夫アランが、珍しく不機嫌さを露わにしていた。
眉間に皺を寄せ、唇を引き結ぶ。
逞しい両腕は妻を抱くことなく、しっかりと組まれている。
不機嫌の理由は、他でもない。
妻の恩人でもある、フィーラン王国海軍提督カーティス・マクブライドの存在だ。
妻ディアナを助ける為に、海に飛び込んだ。
その行動には感謝しているし、素直に称賛もしている。
人一人を助ける為に、自らの命を顧みず行動する。
なかなか出来ることではない。
だが、無事に二人を救出して、アンガスの港に戻る最中──カーティスの視線は、常にディアナを捉えていた。
ディアナ本人は、気付いてはいない。
指摘したところで、考え過ぎだと笑うだろう。
双子の妹コーデリアと常に比べられてきたディアナは、アランから見れば、驚くほどに自己評価が低い。
社交的なコーデリアの方が人受けが良く、誰ともすぐに打ち解けられるからだろうが、特に異性に対しての警戒が驚くほどに薄いのだ。
それもまた、アランにとっては悩みの種であった。
船乗り達の噂話だけで、カーティスの伊達男ぶりは容易く想像出来る。
彼自身、女性には苦労していないのだろう。
独身を貫いているのは、船乗りとして家を空けてばかりいるからだと自分でも話していた。
そんなカーティスが、見せた視線。
他の者達に向ける目とは、あまりにかけ離れている。
いっそ、海の男らしく軽い口調で口説きに来るのなら、まだいい。
アランも正々堂々と立ちはだかって、ディアナは自分の妻だと主張出来る。
だが、カーティスの態度は、そうではない。
何も言わず、ただひたすらにディアナを見つめ続けている。
まるで“自然と目が彼女を追ってしまう”とでも言わんばかりに。
果たして、あの無人島で二人に何があったのか──。
当然、ディアナを疑っている訳ではない。
救出した後のディアナは、アランに飛びついて無邪気に喜んでいた。
彼女の所作に、これまでと変わったところは見られない。
変わったのは、カーティス・マクブライド──彼だけだ。
「そろそろ、陸が見えてきましたね」
ディアナの視線が、懐かしそうにアンガスの港を見つめる。
陸地を離れていたのは僅かな期間だが、その間絶えず揺れに悩まされていたこともあり、今のディアナは一際大地を恋しく感じていた。
「……お父様が、心配しているかしら」
ぽつりと呟いたのは、ミリアムだ。
父親と距離を置いたことで、自然と心のわだかまりも解けたのだろう。
彼女の心情を察して、ディアナの表情が僅かに綻ぶ。
「早く屋敷に帰って、無事な姿を見せてあげるといいわ」
「はい」
ミリアムもまた、かつてのような意固地な態度ではない。
頷く彼女の柔らかな表情に、ディアナだけではない、アランもまた目を細めた。
海賊達の動向を探る為の偵察的な航海ではあったが、思いがけず海賊に壊滅的な打撃を与え、さらにはクラーケンの討伐まで果たした。
これから先フィーラン王国との国交を結ぶにあたって、最も大きな障害は排除出来た。
後は、具体的な条件を詰めていくのみ──フィーラン王国との対当な関係構築は、目前に迫っているかに思えた。
「わっ」
「おっと、大丈夫か?」
アンガス港に帰港し、船の桟橋から降り立った瞬間、ディアナの身体が僅かに傾ぐ。
華奢な身体は、一瞬でアランの腕に抱え込まれた。
「あ──ありがとうございます」
僅かに頬を染め、ディアナがアランを見上げる。
いつも通りに歩いたつもりなのに、どうしてこんなことになったのか……訳が分からないといった様子で、ディアナはアランの腕に支えられていた。
アランの腕を離れ、港を歩く間も、紫色の瞳が驚きを秘めて数度瞬く。
「なんだか……陸地に降り立ったのに、まだ揺れているような感じがします」
「まだ身体が馴染んでいないのだろう」
どこか危なげなディアナを見守るように、アランが傍らに寄り添う。
そんな二人を、カーティスが表情を欠いた瞳で見つめていた。
再び訪れたクィルター男爵邸。
戻ってきた一行を出迎えたのは、どこか慌てふためいたようなクィルター男爵の声だった。
「よくぞご無事で。公爵令嬢と王弟殿下に、王城より使いが参っております」
男爵の言葉に、館の空気が張り詰める。
フィーラン王国との交渉に立ったガザード公爵家に対して、ラトリッジ王家からの呼び出しが行われたのだった。









