37:双子の姉は、海上を制する
港町アンガスから遙か離れた沖合。
沿岸諸国へと通じる外洋を支配するのは、各国の海軍ではなく、国を股に掛けた略奪者──海賊の一味だった。
彼等は決して大きな組織ではない。
しかし、その狡猾さにおいて群を抜いていた。
国の窓口となる港町、そして各国の海軍本部に対して、強い影響力を持っている。
袖の下を渡された上層部は腐敗し、末端の人間達は海賊達から略取される。
そうして肥え太った海賊は、自分達が生き残る為に金を使う──一種の政治的な駆け引きが行われていた。
その体制を壊したのが、フィーラン王国の海軍提督──カーティス・マクブライドだ。
前世の彼は賄賂を嗅がされた上層部の言葉も聞かず、独断で海賊の本拠地に攻め入った。
そうして悪しき旧体質は一掃され、外洋は交易が盛んに行われる新たな時代を迎えたのだ。
「この船と海賊の船、大砲の射程はどちらが長いのですか?」
ディアナは甲板に立ち、腕を組んで海賊船の群れを睨め付けるカーティス・マクブライドを見上げた。
「こちらの船の方が遙かに長いに決まっているだろう」
返答は、彼女が予想した通りだった。
旧式の船を多く交えた海賊船と、フィーラン王国の技術を注ぎ込んだ最新鋭の軍艦では、比べるべくもない。
「でしたら、大丈夫そうですね」
ディアナの言葉に、カーティスが片眉を上げる。
前世でカーティスが海賊の本拠地を制圧した際には、フィーラン王国側の犠牲も少なからず出たという。
戦であれば、犠牲は付き物。
それ自体、なんら不思議なことはない。
だが──無駄な犠牲を出さずに済むならば、それに越したことはないと、ディアナは考えていた。
「打ってこないということは、今はまだ彼等の射程外ということでしょうか」
「ああ。こちらの射程内ではある」
カーティスの言葉に、ディアナは満足げに頷いた。
「でしたら、どうぞ意のままに」
「……どういう意味だ?」
カーティスの細く眇められた瞳が、ディアナを射貫く。
「彼等の船は、これ以上こちらに近付くことは出来ませんから」
その言葉に驚いたのは、カーティスだけではない。
甲板に居た船員達も、アランもまた、目を見張りディアナを見た。
次いで、人々の視線が海賊船へと向けられる。
海賊船の周囲だけ、波の白が硬質な光へと変わり、さざめきが“軋み”に変わった。
「あれは……」
「海賊船の周辺だけ、氷が張っている!?」
驚く船員達の声に、ディアナが妖艶な笑みを浮かべる。
海水を凍てつかせるほどの力──それが誰によるものなのか、船員達は怯えを孕んだ視線を甲板に立つ女性に向けた。
「恐ろしいことを考える……が、実に合理的だ」
「相手が海賊であれば、良心も痛みませんもの」
カーティスの声に、ディアナが笑う。
すぐさま砲撃が開始され、動けぬ的に向かって、砲弾が降り注いだ。
海賊船からも大砲やバリスタが放たれたが、射程の違いを埋められるはずもない。
海賊達のやり方は、船を乗り付けての強襲と略奪行為が主だ。
旧式の船で射程が短くとも、懐に潜り込んでしまえばなんら問題はない。
しかし、今行われているのは、既に戦闘行為ではない──一方的な虐殺だった。
旧式の大砲やバリスタが届かぬ距離では、海賊達の悲鳴が聞こえてくることもない。
ただ──一方的に砲弾を浴び続けている船上は、おそらく阿鼻叫喚の地獄と化していることだろう。
ディアナは、あえて海賊船から目を逸らしていた。
必要以上に長引かせる気はない。
“勝つ”のではなく、“終わらせる”──それがディアナの出した答えだった。
「大丈夫か?」
「あ……」
慣れぬ船上でふらつきがちなディアナの身体を、アランが抱き寄せる。
逞しい腕に抱かれて、ディアナの頬が僅かに赤らんだ。
「大分魔力を消耗しただろう、暫く寄り掛かっているといい」
「はい」
船員達の怯えた視線とは裏腹に、夫が向ける視線は、どこまでも甘い。
どれだけ膨大な魔力を保持しようと、恐ろしい魔法を繰り出そうと、ディアナは船酔いに苦しむ一人の女性なのだ。
そのことを、アランだけが知っていた。
「……ラトリッジ王国には手を出すなと昔から言われていたが、なるほど」
否、アラン以外にもう一人、そのことを知る人物が居た。
皮肉げに口元を歪め、じっと二人を見遣る。
「どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、そのままだ。沿岸諸国に昔から伝わる格言だよ。“ラトリッジの岸に近づくな。海より先に魔が牙を剥く”──と、そう言われてきた」
アランの言葉に、カーティスが素っ気なく返す。
フィーラン王国は元より、沿岸諸国とラトリッジ王国の関わりは、極めて薄い。
海を隔てた遠い国に、どのような話が伝わっているのか……じっとカーティスを見据えるアランの瞳には、警戒の色が滲んでいた。
「五大貴族だったか? 厄介な守り人が居ると聞いている」
「今ではもう、五大貴族とさえ言えません」
ディアナが小さく笑みを零す。
かつてラトリッジ王国を支えたと言われる、五大貴族──その半数は、既に没してしまった。
元のままで残っているのは、ガザード家とエルドレッド家のみ。
「ほう……少なくとも、ガザードという名には聞き覚えがあるのだが」
「古い家柄ではありますが、それだけで出来るなら、誰も苦労はしませんわ」
カーティスの追求をさらりと躱すディアナだが、内心では面白いはずもない。
五大貴族だから、名門の生まれだから──ディアナが優れた成績を残す度に、そう言われ続けてきた。
(確かに血筋もあるかもしれないけれど──ここまで魔術に習熟したのは、それだけの研鑽を重ねてきたからだというのに)
そんなディアナの心の内を知ってか知らずか、細い肩を抱き寄せるアランの腕に、力が籠められた。
「……待て、何かおかしいぞ」
不意に、船員の一人が声を上げる。
海賊船の様子を観察していた彼は、数歩後退り、目を見開いた。
「海賊船が──“何か”に襲われている!!」
哨戒が放つ声が、船上に響き渡った。









