31:双子の姉は霊廟を訪れる
ガザード公爵ウェズリーは、ディアナの目から見ても明らかに、二人の娘を溺愛していた。
口では色々うるさく言っても、常に二人の娘を気に掛けているのが伝わってくる。
そんなウェズリーと、クィルター男爵が似ていると、アランは言う。
(アラン様がそう仰るならば、そうなのかもしれないわね)
そう思うくらいには、ディアナはアランの人を見る目を信用している。
こと自分に対しての感情──特に恋愛面の機微には疎いアランだが、それ以外の感情面では、年長者なだけあってディアナよりも聡い面がある。
「父親の方は、俺が色々と話してみよう。ただ、おそらく感情的に拗れているのは、娘の方なのではないか」
「そう……かもしれません」
アランの言葉に、ディアナが頷く。
ミリアムは、男爵と話をすることさえ拒んでいるように見えた。
先ほど見た、ミリアムの暗い表情。
その表情が、指に刺さった小さな棘のように、ディアナの心に残り続けている。
思索に沈みかけた新妻を見かねて、アランが穏やかに笑った。
「考えるのは明日にして、今日はもう休もう。長旅で疲れているはずだ」
その声に導かれるように、ディアナはアランの腕に抱かれ、寝台へと身を預ける。
逞しい腕に包まれている時だけは、自らを思い悩ませる数々の事柄を、不思議と意識せずに居られるのだった。
翌日、ディアナはミリアムと共に、クィルター男爵邸の裏手にある小さな霊廟に来ていた。
中庭で摘んだ花を墓前に手向け、祈りを捧げる。
石造りの小さな霊廟は、潮風に晒されながらも磨かれたように清らかだった。
花を手向けるミリアムの頬に、朝の陽光が柔らかく差し込む。
「ありがとうございます、母も喜ぶと思います。お母様は、花が好きだったから……」
「でしたら、もっと持ってくるべきでしたね」
「いえ、とんでもない」
ディアナの言葉に、ゆるりと首を振る。
「来ていただけただけで嬉しいです、ガザード令嬢」
母の墓前に立つミリアムは、父の話をする時の強張った表情とは違う。
自然な笑顔がそこにあった。
「どうぞ、ディアナと呼んでください」
「まぁ。でしたら、私のことも、ミリアムと」
二人で目を合わせ、表情を綻ばせる。
(アカデミーでは二人きりで話をしたことはほとんどなかったけれど……こんな風に気さくに話せるのなら、もっと早くに声を掛ければ良かった)
アカデミー在学中のディアナは、勉学に取り組むことばかりで、人付き合いを広げるのはコーデリアに任せていた。
誰かとお喋りする時間があるなら、学問や剣術の鍛錬に使いたい──当時のディアナはそう信じて疑わなかった。
その気迫が、周囲に壁を作っていたのだと、今なら分かる。
共に行動する相手といえば、コーデリアとマイルズばかり……思えば寂しい学園生活を送っていたものだ。
(あの頃はきっと必死過ぎて、周りが全然見えていなかったのでしょうね)
長女として、そして、次期ガザード公爵として……他の貴族達に舐められぬよう、自分を鍛えることに必死だった。
アカデミーで流れていた噂の大半は、ディアナのそうした態度に由来する。
だからこそ、噂を払拭する気にもなれなかったのだ。
母の墓前に立つミリアムは、年相応の少女に見える。
今だけは、父への反発も忘れているようだ。
「きっと、貴女のお父様も、お母様のことを大事にしていらしたのでしょうね」
「え……?」
ディアナの声に、ミリアムが顔を上げる。
「霊廟の中も、その周りも……綺麗に手入れされているもの。頻繁にこちらに来られているのではないかしら」
その言葉を聞いたミリアムが、一瞬言葉を失う。
父がどう思っているのか、考えあぐねているようだ。
「……きっと、使用人達でしょう」
「そうかしら」
あくまで頑ななミリアムの言葉に、ディアナが苦笑を浮かべる。
言葉とは裏腹に、ミリアムの瞳には動揺が浮かんでいた。
それが意味するところは──困惑と期待。
彼女が精魂込めて描き上げた絵画を捨てた父を恨みながらも、心のどこかでは、いまだ期待を抱いているのだろう。
(この分だと、案外仲直りもそう遠くないうちに出来るのかもしれないわね)
そう思い微笑んだディアナであったが、その期待は二人が屋敷に戻った時に打ち砕かれた。
屋敷に戻った二人の目に飛び込んできたのは、門前に停車した一台の馬車。
アランとディアナが乗ってきた物とは異なる、もっと華美な装飾が施されたものだ。
「他にもお客様が来られたのかしら……」
ミリアムの顔に、動揺が走る。
既に客人を迎えたクィルター家、客同士がかち合うことは、場合によっては厄介事の種ともなりかねない。
「私達なら気にしなくて大丈夫だから。対応してくるといいわ」
「ありがとうございます」
ディアナが声を掛けると、ミリアムが軽く頭を下げて、小走りで屋敷へと走って行く。
ディアナは馬車に近付き、馬を労う御者に声を掛けた。
「クィルター家に滞在している者ですが、こちらの馬車は何方の乗ってこられた馬車でしょう?」
「私共はゲラティ伯爵様の使いでございます」
こちらも貴族と判断してか、御者が丁寧に教えてくれた。
ゲラティ伯爵は、クィルター男爵領の隣に領地を持つ伯爵家だ。
隣り合う領地同士が連絡を取り合うことは、何もおかしいことではない。
そう思いながらディアナが男爵邸の扉を開けた瞬間、ミリアムの驚愕した声が響いてきた。
「──お父様に縁談って、どういうことですか!?」









