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29:双子の姉は港町を訪れる

旧モンクリーフ公爵領。

今は潰えた、かつての五大貴族の一角が支配していた土地。

モンクリーフ公爵家が断絶されたのは、今からおよそ百年前──時の王太子妃に毒を盛ったされていたようだが、真実はどうなのか。

今となっては、当時を知る者は誰も居ない。


当時のモンクリーフ領は王家の直轄地となったが、領都から遠く離れた港町アンガスは、後に叙爵されたクィルター男爵に下賜された。

とはいえ新興の一男爵家が領地するのは難しく、クィルター男爵家はガザード公爵家の助けを借りて、ガザード公爵家の寄子となっていた。


結婚したばかりのディアナが「海を見たい」と言い出したのも、その行き先として寄子が治める土地である港町アンガスを選んだのも、対外的に見ればおかしなところは何もない──はずだ。


(新婚旅行の行き先としては、何もないところ過ぎるかもしれないけれど……ま、とやかく言われることはないでしょう)


ガタン、ゴトンと揺れる馬車の中、窓の外に向けていた視線を戻せば、じっとこちらを見つめるブルーグレーの瞳と目があった。

トクンと、心臓が跳ねる。


「夕方頃には、アンガスに着くでしょうか」


アランに見つめられて、つい照れ隠しで、確認の意図もないのにそんなことを言ってしまう。

狭い空間に、二人きり。

夫婦となった後だというのに、ディアナの心臓がうるさく騒いでいた。


「ああ、もう少しだな」


一方のアランは、落ち着いた様子で頷く。

ディアナを見つめる瞳は、蕩けるように甘い。


突然の旅行提案を、アランは快く受け入れてくれた。

商会運営を切り出した時もそうだったが、アランはディアナのやりたいことを一番に考えてくれている。

年長者の余裕なのだろうか、ディアナにとってはそれが何よりも有難かった。


「……隣に行ってもいいかい?」

「は、はいっ」


向かい合って座るアランの申し出に、ディアナが声を上擦らせる。

公爵家が所有する物とはいえ、馬車は馬車。

長身のアランは、身を屈めたままで移動することになる。


ドサリ、とディアナの隣にアランが腰を下ろす。


「あ……」


自然と、ディアナの細い身体はアランの腕に抱かれていた。


(夫婦になってからも、こんなにも胸が高鳴るなんて……)


肌に伝わる鼓動が嬉しくて、自然とこちらからも身を寄せてしまう。


(……イアンとシェリーが、同じ馬車に乗るのを嫌がるはずだわ)


馬車への同乗を断固として断った二人の様子を思い出し、笑みが零れる。

新婚夫婦を乗せた馬車は、甘い空気を運んでいた。




港町を見下ろす、小高い丘の上。

海が見える洋館の前で、馬車は停車した。


「わぁ……っ」


馬車から降りたディアナが、思わず息を呑む。

丘の上からは、夕陽を受けて水面を輝かせた水平線が、どこまでも広がっていた。

前世では寄親としてクィルター男爵と何度も文のやりとりはしたが、アンガスの港町に直接足を運んだのは、これが初めてのことだ。


(話に聞くのと、実際に見るのとでは、大違いね)


現在のアンガスは、小さな港町だ。

外洋は海棲の魔物と海賊が蔓延る危険地帯であり、モンクリーフ公爵家が討伐に乗り出そうとしていた矢先の凋落であった。


この小さな港町が、数年先には、交易の要となる。

その交易の主導権を握る為にも、今この時期にここに居ることが大事なのだ。


「お待ちしておりました、王弟殿下、ガザード公爵令嬢」


館の門が開いて、小太りな中年紳士が駆けてくる。

その背後には、小柄な令嬢が付き従っている。

デイモン・クィルター男爵と、ミリアム・クィルター男爵令嬢だ。


「突然押しかけてきて申し訳ありません」

「いえいえ、お二人の新婚旅行に選んでいただけて、光栄です」


いかにも小心者といったクィルター男爵は、王弟アランを前にしきりに恐縮しているようだった。

そんな様子に、アランが苦笑を浮かべる。


「既に臣籍に下った身ですから、殿下はおやめください」

「は、確かに……」


そんな二人を他所に、ディアナは背後に控えた令嬢へと声を掛けた。


「久しぶりね、クィルター令嬢」

「ご無沙汰しております、ガザード令嬢」


ミリアムは、ディアナと同い年だ。

アカデミーのクラスは違っていたが、度々図書室で姿を見かける、大人しい令嬢だった。

たまたま居合わせれば挨拶をする、その程度の仲ではあるが、人の噂や殿方の品評会で騒ぐご令嬢方よりはずっと好感が持てた。


何より──、


「一度、貴女の家にお邪魔してみたいと思っていたの」

「え……?」


ミリアムが、オレンジ色の瞳を瞬かせる。


「貴女が描いた絵を見せていただきたいなぁって」

「それ……は……」


クィルター男爵令嬢は、アカデミーでも目立たない生徒だった。

そんな彼女が唯一皆から一目置かれたのが、アカデミー主催の芸術祭──絵画展示の時だった。


彼女が描いたのは、アカデミー時計塔からの眺め。

私が見た景色をそのまま切り抜いたものが、アカデミーの廊下一番目立つところに展示されていた。


それを見た当時のディアナは、ただ“彼女は絵がお上手なのね……”としか思わなかったものだが、港町アンガスにフィーラン王国の船がやってきて、港が開かれてから、彼女の才能を見出した者が居る。

フィーラン王国の海軍提督、カーティス・マクブライド卿だ。

彼はミリアム嬢が持つ優れた空間把握能力に注目して、彼女を船に誘い、海図制作に取り組んで、これまで国交のなかったラトリッジ王国とフィーラン王国間の航路を確立させたのだ。


カーティス・マクブライドは貪欲な男だ。

自国の利益の為ならば、ラトリッジ王国のことなど一切考慮しない。

有利に立てる条件があれば、どこまでも貪ろうとする。


彼に主導権を握らせてはいけない。

その為にも、海図を制作する要となるミリアムと交流を深めておかなければ、そう思っていたというのに──、


「私の絵、は……」


西日を受けたミリアムの顔は、表情が見えぬほどに暗く翳っていた。


(あれだけ絵がお上手なのだから、屋敷に来れば彼女の絵がたくさん見られるのではないかと思っていたのに……)


ざわりと、胸が騒ぐ。

一瞬、海風が止んだように感じた。

西日を受けたミリアムの顔は、影に沈んでいた。


「私の絵は……全て、捨てられてしまったんです……」

「捨てられた……?」


令嬢の唇から零れたのは、予想外の言葉だった。

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