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21:双子の姉は王弟の胸に飛び込む

ディアナの身体は一瞬宙を舞い、心臓が喉元まで跳ね上がった。

その刹那、鋼のように逞しい腕が彼女の身体をしっかりと掴み抱きしめる。


(──アラン様!)


心臓はまだ激しく脈打っていたが、腕の主を確かめた瞬間、安堵で全身の力が抜けるのを感じた。

彼のことを信じていない訳ではなかったが、いざ馬車から飛び降りてみると、よほどに緊張していたらしい。


「ありがとうござ──」


そう言いかけた瞬間、頭上から怒声が叩きつけられた。


「なんて危険なことをするんだ!!」


普段は冷静で穏やかなアランの声が、珍しく焦りを帯びて震えていた。


「受け止めてくれると信じていましたから」

「う……」


ディアナの笑顔に、言葉を詰まらせる。


「怖かった。頼むから、もう二度とこんな無茶はしないでくれ……」

「ごめんなさい、アラン様」


ぎゅうと抱きしめる腕の強さには、彼の想いが込められていた。

ディアナの身体を二度と離さないとでも言うように強く抱きしめる傍ら、(あぶみ)を下げて馬の歩を緩める。


アランが操る馬と平行するように馬車もスピードを緩め、やがて動きを止めた。


「……また貴様か」


ガタリと扉が開いて、馬車からマイルズが降りてくる。

その瞳には、燃え盛るようなアランへの憎悪が渦巻いていた。


「どうして俺の邪魔ばかりする!?」

「邪魔などしていない。俺はただ、婚約者を助けに来ただけだ」


アランの冷静な声に、マイルズの怒りはさらに高まっていった。


「誰が婚約者だ! その座は俺の物だったはずなのに!!」


そんなマイルズに、アランが向ける視線は冷ややかなものだった。

馬上でディアナを強く抱きしめたまま、目だけは真っ直ぐマイルズに向けられている。


「このまま攫って既成事実を作ってしまえば、ディアナは俺のものになったはずなのに……!」


目を血走らせ、焦点の合わない視線で呟くマイルズの姿に、ディアナはゾクリと身震いした。


取り繕うこともせず、自ら悪事を暴露するマイルズは、もはや正気を失っているようにも見えた。

時折苦しげに頭を抑えては、髪を掻き毟る。


「なんでだ……俺がディアナを娶り、ディアナを幸せにするはずだったのに……」


マイルズが呟く傍らで、第三騎士団の騎士達が駆けつける。

馬車を取り囲まれても、いまだマイルズは逃走する様子すら見せない。


「皆がコーデリアを褒め称える中で、俺だけがディアナを認めて、ディアナの傍に居てやるつもりだったのに!!」


ディアナの身体を抱き寄せたアランが、その両耳を大きな掌で塞ぐ。

ディアナがぱちくりと瞳を瞬かせる中、掌を通じて、アランの声が低く響いてきた。


「お前はディアナの気を引くために、ディアナが傷付くことも厭わない。そんなものは、愛でもなんでもない。ただの利己的な感情だ」


アランの声に、マイルズが顔を上げる。

ギロリと見据えた瞳は、だがどこか焦点が合っていないようにも見えた。


「貴様は愛しているというのか。そんな娘みたいな年頃の女を」


塞がれたディアナの耳には、マイルズの言葉は届かない。

だがそれに答えるアランの声は、厚い掌に阻まれても、微かな振動となってしっかりと伝わった。


「愛している。彼女を誰よりも幸せにすると誓った」


じわりと、ディアナの瞳に涙が浮かんでくる。

ディアナの耳を塞ぎ、マイルズを見据えたままのアランは、それに気付かない。


誘拐の現行犯として、マイルズと御者は第三騎士団の詰所に連行された。

その姿を見送り、アランが深い息を吐く。


「ディアナ殿、大丈夫──」


そうして、ようやくディアナの瞳に大粒の涙が浮いていることに気が付いた。

ブルーグレーの瞳がぱちくりと瞬いた後、アランの顔に動揺が広がる。


「すまない、やはりあんな男の言葉、聞かせるべきではなかった……もっと早くに動けていたら……」


アランの顔に苦悩の表情が浮かぶが、ディアナがふわりと微笑んで、首を横に振る。


「いいえ、あんな奴はもうどうでも良いのです。それよりも、貴方が誓ってくださったのが、嬉しくて……」

「え……」


一瞬の後、アランの顔が熱気を浴びたように赤くなった。


「き、聞こえていたのか!?」

「はい、貴方の声だけは、ずっと」


頷くディアナから視線を逸らし、アランが小さく咳払いをする。

顔を背けていても、耳まで赤くなった様子に、ディアナの表情が自然と綻んだ。




「──ディアナ様!!」


聞き覚えのある声と、駆け寄ってくる馬蹄の音。

ディアナが顔を上げると、馬を操る護衛騎士イアンと、その前に跨がるシェリーの姿があった。


「ご無事でしたか!!」

「シェリー、心配を掛けてしまってごめんなさい」


互いに馬から降りるなり、シェリーがディアナにひしと抱きつく。

息が上がり、小刻みに身体を震わせる様に、ディアナがぎゅうとシェリーを抱きしめた。


「彼女が第三騎士団の詰所まで報せに来てくれたんだ」

「そうだったの……」


大通りでディアナが攫われた後、イアンが馬車を追いかけて方角を特定し、シェリーが第三騎士団に助けを求めてくれた。

そのおかげで、こうしてディアナは無事に救出されたわけだ。


「申し訳ございません、お嬢様。……護衛騎士として、許されざる失態を犯しました」


イアンは自責の念に顔を歪ませ、深く膝をついて頭を垂れた。

普段は飄々としている彼の、苦悩に満ちた姿に、ディアナの胸が少しだけ痛む。


状況はどうであれ、守るべき相手を危険に晒したのは事実だ。

その一事だけで、護衛失格と誹られても仕方ない。


ディアナが許したとしても、イアンの騎士としてのプライドが、自分を責め続けていた。

ディアナ自身腕が立つ身ではあるが、今回のように乱暴目的の誘拐であれば、女性の身だ。

危険は勿論、実害はなくとも要らぬ噂が立つことも有り得る。


それを分かっているだけに、ディアナとしても安易に許すとは言い難い。

暫し考えた後、自身の前に跪くイアンに声を掛けた。


「立ちなさい、イアン。今回のことを後悔するなら、貴方にはアラン様と暮らす新居の警護を任せます。信頼出来る者達だけで固めて、悪漢は勿論、間者なども入り込む隙がないように。出来るわね?」

「はっ」


イアンが深々と頭を下げる。

普段は不真面目な態度を取っているが、やる時はやる男だ。

彼に任せておけば大丈夫だろうと、ディアナが微笑む。


「……で良いですよね、アラン様?」


ディアナに問われたアランもまた、ディアナの肩を抱きながら頷いた。




マイルズの凶行にガザード公爵ウェズリーは激怒し、オドノヒュー侯爵に抗議文を送り、オドノヒュー侯爵令息マイルズを正式に訴えた。

高位貴族ということもあって情状酌量されるのではないかと大方の見方であったが、オドノヒュー侯爵自身がマイルズに対し、領地での永蟄居(ちっきょ)を命じた。

未遂であり、また当人達が友人関係にあったことから、処分が重すぎるのではないかという声も上がったが、あえて重い罰を下すことでガザード公爵家との仲を拗らせない為の判断だったのだろう。


こうしてマイルズは、二度とオドノヒュー侯爵領から出られぬ身となった。

心神喪失の傾向にあり、今後は医師と共に療養生活を送ることになるだろうとの判断だった。


(ようやく、マイルズから解き放たれるのね……)


ディアナの胸に今も渦巻く、前世の記憶。

心無い夫の言葉。

それらが少しだけ軽くなった気がして、ディアナはふぅと息を吐いた。


(ううん、まだ気を抜いてはいけない。マイルズ一人であんなことをしでかす訳もないし、それに何より──)


双子の妹コーデリアは、今も王城に──ローレンス王太子の元に居る。

アランという絶大な味方を得たディアナではあるが、その華奢な身体は大きな陰謀の嵐を前に、いまだあまりに無力であった。

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