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15:双子の姉は心掻き乱される

王都の下水道を整備し、死病の流行を沈静化させたとして、王都周辺でのガザード家の評判はうなぎ登りだった。

流石は名門中の名門、かつては五大貴族の一角と言われたガザード家。

他の名門貴族達が地に堕ちても、ガザード家の栄光はいまだ王国を照らし続けている。


民が称賛すれば称賛するほど、ディアナは胃が痛くなる思いだった。

きっと父のウェズリーも同じ思いをしていることだろう。


かつてラトリッジ王国には五つの公爵家があった。

五大貴族と呼ばれる公爵家によって、ラトリッジ王国は守られていた。

だが、現存する公爵家は、二家のみ。

二つの家は既に断絶、残る一つは子爵家にまで降爵──爵位を落としている。


名声が高まれば高まるほど、王家からの警戒は強くなる。

目立ち過ぎた貴族家がどうなったか──それは歴史が物語っていた。


王弟アランの母の実家も、かつては五大貴族の一角として隆盛を誇っていた。

今は取り潰されたペニントン元公爵家。

取り潰しの理由、その全てが真実であるなどと、真に受けている者はほとんど居ない。


王家にとって、権力を持ちすぎた家は邪魔でしかないのだ。

それを分かっているからこそ、登城するディアナの足は、酷く重かった。


父ウェズリーが一緒だったなら、まだ心強かっただろう。

だが、今回も呼ばれたのはディアナのみ。

小娘一人の方が与し易いと思われたのかどうか──その意図は分からぬままに、ディアナは魔窟へと足を踏み入れた。




「まさかこんなにも早く再びここで会うことになるとはなぁ」

「恐縮にございます」


王太子ローレンスの言葉に、ディアナが深々と頭を下げる。

ラトリッジ王城、謁見の間。

魔獣討伐の後にも勲功を称えられたディアナが、今再び今度は病を沈静化させた手柄を称えられている。


「して、どうして下水道が病の感染源だと分かったのだ」

「流行り病の話を聞いて見に行ったところ、黒い靄を纏った鼠が下水道に逃げ込むのを見かけたのです」


王太子の問いに、あらかじめ考えておいた答えをすらすらと答える。


「ふむ、そういえば貴殿は魔法に長けていたか」

「恐れ入ります」


こちらの表情を読み取られぬよう、深く頭を垂れる。

敵は何も王太子のローレンスだけではない。

周囲に居並ぶ貴族達もまた、ガザード公爵家が持つ絶大な影響力、広大な領土を狙っている。

隙を見せては、足を掬われる。

ここはそういう世界なのだ。


「それにしても、ガザード公爵家の私財を投げ打って事の沈静化にあたるとは……こういう時こそ、王宮を頼ってくれても良かっただろうに」


(来た……)


王太子の皮肉げな声に、周囲の貴族達からも同意の声が上がる。


「まさに。此度の手柄、全てガザード公爵家が独り占めしておりますからなぁ」

「見事な売名行為!」

「これこれ、そう言ってはお気の毒というもの。思っていても、言わぬが花よ」


王太子からも貴族達からも悪し様に言われるだろうことは、既に覚悟していた。

ここで言い返しては、相手の思う壺だ。

下手に声を荒らげようものなら、謀反の心ありと見做され、査問に掛けられかねない。


「全てはそこまで思い至らぬ私の浅慮故でございます」

「ほほう、若さ故か」


王太子の笑い声が響く。


(何が勲功か。こんなの、揚げ足をとって笑いものにしているだけじゃない)


そう思いはすれど、今はじっと耐えるしかない。

公爵として誠実に政を行っている父の為にも、王家の反感を買う訳にはいかないのだ。


「──それについては、俺から説明させてもらおう」


その時、扉が開いて聞き慣れた声がした。

謁見の前、毛足の長い絨毯の上を大股に歩く足音。


突然入ってきた男だが、咎める者は誰も居ない。

玉座に座る国王も、その傍らの王太子さえも、無言のままだ。


それもそのはず、入ってきたのは本来であればこの場に居ることを許可されたはずの男。

何者かによってあえて呼ばれなかった人物。

この国では国王と王太子に次ぐ権力者──王弟アラン・ラトリッジその人だった。


(アラン様──!?)


思いがけぬ人の登場で、呆然と彼を見つめるディアナに、アランが微笑みかける。

誰も助けてくれる人なんて居ないと思っていた。

一人針の筵に座る覚悟をしていたこの王宮で、唯一と言ってよい味方が現れたのだ。


「ディアナ殿は、我が第三騎士団の詰所まで来て協力を求めていた。それを断ったのは、我等の方だ」

「叔父上、いったい何を……?」


アランの突然の登場に、王太子ローレンスが声を上擦らせる。

協力を求められて断ったなら、それは王宮の瑕疵となる。

どうしてそれを第三騎士団に所属するアランが自ら公表するのか、彼の意図が分からないといった表情だ。


「ディアナ殿に非はない。責めるなら、我等第三騎士団がその責を負おう」

「アラン様、それは──」


声を上げるディアナを、アランが目で制する。

断ったのは、アランではない。

ディアナには、それは一番良く分かっている。


でも、この場に許可無く立ち入ることが出来るのは、アランのみだ。

だからこそ、アランは自らが泥を被るつもりで事実を公表しに来たのだろう。


「……どうやら、叔父上も若い女性との結婚を前に、舞い上がってしまっているようですな。そんな重大なことの判別も付かぬとは」


アランが頭を垂れたことで、多少我に返ったのだろう。

王太子がいつもの調子で、口の端を上げる。


「返す言葉もない」


アランは自分が泥を被って、この場を収めるつもりなのだろう。

第三騎士団の副団長にも、団員達にも、そしてディアナにも、これ以上の追求が行かぬように。

その気持ちが分かるからこそ、ディアナも何も言えなかった。




「すまなかったな、ディアナ殿」


謁見の間を出た後、王城の庭園を歩きながら、アランは素直にディアナに謝罪した。


「謝らないでください」

「いや、君には随分と不快な思いをさせてしまった」


それは第三騎士団の詰所でのことなのか。

それとも、先ほど謁見の間でのことなのか。


「どうして、アラン様が謝らなければならないのですか……?」


自分が不快な思いをしたことなど、どうだっていい。

ただ、ディアナにとってはそのことだけが気に掛かっていた。


「そうすることが、一番丸く収まるだろう。俺個人の評判など、落ちたところで問題はないのだし」


下手に第三騎士団副団長の名を出せば、責任問題にまで発展しかねない。

アランとしても、事をそこまで荒立てたくはないのだろう。

それは分かる。

その気持ちは十分に分かっているディアナだが、


(アラン様は、モニーク・ゴダード副団長を庇っているの……?)


その気持ちがどうしても拭えなかった。


アランがモニークをどう思っているかは、分からない。

だが、彼女が見せた敵意。

棘のある言葉。

そして『こんな小娘に誑かされて……』という言葉が、彼女のアランに対する並々ならぬ想いを物語っている気がした。


「ディアナ殿……?」


ディアナの不安げな表情に気付いたアランが、彼女の顔を覗き込む。


「どうかしたか?」

「いえ、何でもありません」


ゆるりと首を振るディアナだが、視線はいまだ逸らされたままだ。


「……今の王都は、まだ慌ただしい。指輪を買いに行くのは、もう少し落ち着いてからだな」

「そう、ですね……」


二人で買うと言っていた、お揃いの指輪。

嬉しいはずなのに、今はなぜかチクリと胸が痛む。


アランの言葉に頷きながらも、ディアナは素直に彼の顔を見上げることが出来ずに居た。




「くそっっ」


一方、王城の一室では王太子ローレンスがワインの入ったグラスを投げ付け、高価な絨毯にどす黒い染みを広げていた。


「あの女の手綱は、お前が握るんじゃなかったのか!!」


王太子が睨み付けた先には、苦虫を噛み潰したような表情のマイルズが座っていた。

大きく広げられた長い足が、小刻みに揺れている。


「俺だって、そのつもりだった。あの老いぼれが邪魔さえしなければ……」

「はっ、飼い慣らしたつもりの女を横からかっ攫われるなど、詰めが甘い」


ローレンスの言葉に、マイルズが唇を噛む。


全ての歯車は、あの卒業記念パーティーの時から狂ってしまった。

どうしてディアナは、あの男を選んだ?

どうしてあの男と婚約した?

何度考えたところで、答えなど出るはずもない。


「あの二人、今はまだ婚約の段階だ。尻拭いはこちらでしてやるから、さっさとどうにかしろ!」


ローレンスに言われるまでもない。

一番どうにかしたいのは、マイルズ自身だ。


もう、こうなってはなりふり構ってなど居られない。

虚空を見据える瞳が、暗い光を湛えていた──。

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― 新着の感想 ―
結婚すれば王位継承権が無くなるのに そういう問題じゃないんだろうな。 王太子はバァチャンに怨み節でも聞かされて育ったのか?
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