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11:双子の父は決意する

想いを通わせた日の夜、ディアナとアランは二人揃ってガザード公爵の元を訪れた。

二人揃って自分を訪れてきたことで、ディアナの父であるガザード公爵ウェズリーは、ある程度の事態を察したのだろう。

二人が応接室の扉を叩いた時、先に待っていたウェズリーはソファーに座って頭を抱えていた。


「……こうなるだろうとは思っていた」

「お父様……」


父の言葉に、ディアナの瞳が揺らぐ。

自分の想いのままに行動してしまった。

父の友人であるアランならば、反対はされないだろう。

そんな打算はあった。


だが、アランが気にしているように、ディアナとアランは年が離れている。

友人としてはともかく、父親としてそれを受け入れてくれるかどうか。

実際にこうして苦悩する父を目にして、ディアナの胸には不安が広がっていた。


「とにかく、座りなさい」


二人をソファーに促すウェズリーの声は、いつになく苦い響きを含んでいる。

長年の友人であるアランでさえ、滅多に聞かぬような声だ。


ソファーに腰掛ける二人。

ウェズリーと向かいあうようにして、二人肩を並べ、長椅子に腰を下ろしている。

その二人を、ウェズリーがどこか虚ろな表情で見つめる。


いつもならば友人同士であるウェズリーとアランが、あるいは親子であるウェズリーとディアナが、同じソファーに腰を下ろしていた。

今までとは違うこの位置取りが、二人の関係が変化したことを如実に物語っていた。


「お父様、あの……」


声を上げるディアナを、アランが大きな掌で制する。


「俺から言おう」

「アラン様……」


アランの瞳が、真っ正面からウェズリーを見つめる。

じわりと、掌に汗が滲む。

喉がひりつき、心臓が押し潰されそうになる。

だが、逃げ出す訳にはいかない。

歴戦の勇士が、今だけは初陣を前にした若い剣士のように、決死の表情を浮かべていた。


「ディアナ殿との結婚を、許可していただきたい」

「…………」


アランの言葉に、ウェズリーが唇を引き結ぶ。

どのように理屈を捏ねるのかと思ったが、友の唇から放たれたのは、あまりにシンプルなもの。

飾りも誤魔化しもない、真っ直ぐな言葉だった。


「……ディアナ」

「は、はいっ」


突然声を掛けられ、ディアナが声を上擦らせる。


「一つだけ確認させてくれ。アランの命を助ける為に、結婚を受け入れたのではないだろうな?」


父の言葉に、ディアナの心臓がドクリと跳ねる。

勿論、アランの安全を確保したいという考えも、確かにある。

確かにありはするが、それ以上にディアナの中には、長年培ってきたアランへの想いがあった。


「もしそうなら……お前達は、我がガザード家の力を侮り過ぎだ。アランの身一つ、娘婿という立場を与えずとも、守ることは出来る」

「……決して、それだけではありません」


父の言葉を、ディアナは真っ向から否定した。


「私がずっとアラン様を好いていたことは、お父様が一番良くご存知でしょう?」


真っ直ぐに自分を見つめる愛娘の視線を、ウェズリーは受け止めることは出来なかった。

視線を僅かに逸らした先、肩が触れ合うほどに近い二人の距離。

ディアナとアランの手は、どちらからともなくしっかりと握られていた。


「アラン、お前……」


ついには公爵としての立場も、父親としての体面もかなぐり捨てて、友人に恨みの籠もった声を上げる。


「すまん、ウェズリー!」


アランもまた、素直に頭を下げた。


「もう、無理だ。これ以上自分を誤魔化すことは出来ん。俺は、ディアナ殿に──お前の娘に、惚れている」


ウェズリーに聞かせる為の言葉だったが、すぐ隣で、ディアナが頬を真っ赤に染める。

いつも冷静沈着で落ち着いていて、才女と呼ばれるほどに出来の良い双子の姉。

そんなディアナのこんな表情を、ウェズリーは見たことがない。


思えば、幼い頃からいつだって、ディアナはアランのことばかりだった。

ウェズリーの脳裏に、娘達がまだ幼い頃の記憶が蘇る。


双子の娘は、幼少時に攫われかけたことがある。

乳母と護衛の騎士を連れて二人で街に遊びに行ったその途中、あまりに長い買い物でだれきった護衛騎士が目を離した隙に、二人は悪漢に連れ去られそうになった。

見目麗しい双子の幼子、それも女児だ。

街のならず者にとっては、大粒の宝石以上に価値がある存在だっただろう。


そのまま連れ去られそうになった二人を救出してくれたのが、当時騎士団長だったアランその人だ。

騎士団の一員として王都の見回りをしている最中に、不審な人物を発見して叩きのめし、双子を保護してくれた。


妹のコーデリアは姉にしがみ付いて泣くばかりだったが、姉としての責任感を持つディアナは、悪漢達に脅されている間も一人気丈に振る舞っていた。

そんなディアナが、アランに助けられた瞬間、ボロボロと涙を零したという。


報告を受けた父ウェズリーが双子を迎えに行った時、幼いディアナはアランの腕の中で泣き疲れて眠っていた。

小さな掌はアランの服を掴んだまま、なかなか離そうとはしなかった。

その日以来、ディアナはアランが屋敷を訪れる度に、大輪の花のような笑顔を見せるようになった。


ディアナがアランに想いを寄せていることは、気付いていた。

だが、アランまで同じ想いだったとは──。


「──いつからだ」

「は?」


ウェズリーの低い声に、アランが声を上擦らせる。


「いつからだと聞いている」


ギロリと自分を睨め付ける友の姿に、さしものアランも動揺を見せる。


「いつからか、明確には分からないが……気付いた時には、ディアナ殿のことばかり考えるようになっていた」


隣でやりとりを聞いているディアナの顔は、顔中に紅を塗りたくったように赤く染まっていた。

自分ばかりが好きなのだと思っていた。

アランもまた同じ想いで居てくれたことに、いまだ実感が追いついていない。


「はぁ……」


そんな二人の様子に、ウェズリーが肩を落とす。


「私だって、そうするのが一番と、分かってはいる。分かってはいるんだ……」


アランをガザード家の婿にすることで、彼は王宮を出て、ガザード公爵家の庇護下に入る。

屈強なアランを得ることで、ガザード公爵家の騎士団はより練度を増すだろう。


頭では理解している。

だが、感情が追いつかない。


自分と年の近い男を娘の伴侶として、本当に良いものかどうか。

悩みはするが、当の娘本人がその相手に首ったけなのだ。

どれだけ探したところで、反対する理由が見付からない。

年の差だの世間体だの……そんなのは、当人達の幸せを考えれば二の次だ。


「お父様……?」


肩を落としたままの父に、ディアナが恐る恐る声を掛ける。

顔を上げることもなく、ゆっくりとウェズリーは唇を開いた。


「分かっているだろうな。ディアナを泣かせたら、承知しないからな」

「……当たり前だ」


ディアナの手を握りしめたままの掌に、力が籠もる。

ディアナの父であるガザード公爵の了承を得て、この瞬間、晴れて二人は婚約者同士となった。


「色々と……私も動かなければならないな」


顔を上げたウェズリーは、どこか晴れやかな表情をしていた。

認めてさえしまえば、後はもう、二人に任せるしかない。

アランならば、きっと娘を幸せにしてくれる。

それだけの信頼を、長年の友人はしっかりと勝ち得ていた。


(あとは王家がどう出るかだが──)


娘に甘い父親の顔から、一人の政治家の顔へ。

眉を寄せるウェズリーの脳内で、様々な想いが交錯する。


ディアナと結婚することで、アラン個人は命を狙われる危険性は減るだろう。

公爵家の婿になるということは、つまりは王家から除籍されることを意味する。

王族の血は流れているが、今後アランは臣下の一員として扱われることになる。

次期王となる王太子にとって、アランは後継者争いの対象ではなくなったのだ。


その代わりに、今後目を付けられることになるのは、我がガザード公爵家だ。

王弟が婿入りし、政治力も発言力も、実質的な武力も、より増すことになるだろう。

出る杭は打たれるという言葉にある通り、臣下でありながら過ぎたる力は、時に身を滅ぼす切っ掛けになりかねない。


(特に、王太子殿下がどう動くか……詳しく動向を探らねばなるまい)


初めて見る、ディアナの女としての顔。

幸せそうな、蕩けるような笑顔。

こんな顔を目にしては、可愛い愛娘と大事な友の幸せを願わずにはいられない。


二人を守る為ならば、自らが矢面に立つことも辞さない。

この日、ガザード公爵は新たな決意を胸に秘めるのだった──。

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お父様、かっこいい! けど、もう一人の娘も観ててあげてくださいと願わずにはいられません。
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