総裁へ
物騒な世の中だ。
18時半ごろ。飯の時間だ。
「ご飯できたからあの子を呼んできてくれる?」
言われた俺はあいつを呼びに行こうとした。夜飯ということは外は暗いだろうか。この夫婦は既に座って仲良くニュースを見ている。俺はテレビに耳を傾けた。
『先週の7日間では過去最高の9件の闇バイトによる事件が発生しました。警察は「国内の最も大きな社会問題になっている。国を上げて解決する必要がある」とコメントしています。』
最近は闇バイトが多い。金に困った者が、犯罪実行のバイトに応募する。依頼者は自分から行動せずに犯罪を行うことができる。依頼者が計画を立てるからこそ、応募者は実行するだけで金が手に入る。だからこそ手を染めてしまう。
『次のニュースです。昨日国内最大の銀行、A銀行の総裁の息子の秀真くんがキャンプ場にて誘拐される事件が発生しました。旅行で訪れていたキャンプ場にて、A銀行総裁が遠目で秀真くんが誘拐されていくところを目撃したということで、現在警察が捜査中です。』そういえば夕方のネットニュースのランキングにこの事件があった。子供嫌いのA銀行の総裁のおっさんには養子がいると以前話題になったばかりだ。そんなA銀行総裁の息子の行方。警察の同行に、俺も2人も釘付けだ。さすがにおっさんも捜索願いを出したか。
『普段外に姿を現さないA銀行総裁と旅行に来た秀真くんは9歳になったばかりです。格好は〜』
キャンプ場にて相変わらず気難しそうなのおっさんと秀真が映る集合写真が掲載された。笑顔の総裁と下を向く秀真。
A銀行は数年前まで、ダントツで業績がいい銀行の割に外からのハッキングに弱いところが致命的な銀行だった。だからずっと評価はB銀行と横並び。C銀行やD銀行にも追いつかれそうだった。しかしここ数年、ハッキング騒動はゼロになり、完全に国内トップの銀行になった。数年前に優秀な人材が入ったらしい。俺もおっさんには感心していた。
『この事件も闇バイトと関係があるのでしょうか。』
すると元警官のゲストが喋った。
『闇バイトは素人が行う犯罪なので、結構痕跡や証拠が残ることが多いんです。しかし今回の事件は全く足跡がつきません。しかもキャンプ場という本来赤の他人なら知り得ないようなことを知っていたことになります。闇バイトとは関係はないと思うのですがね。』
「税金も高いし、物価も高いし。国の失態だよ。だからみんな手を出しちゃったんだ。」
「そうよ。国が悪いわ。」
俺も2人に共感しながらあいつの部屋に向かう。窓の無い廊下を歩き、あいつがいる部屋に呼びに行く。
「ご飯だよ〜」
すると嬉しそうな声が聞こえた。
「今行きます!」
テーブルにはハンバーグや他の料理も並んでいた。そして囲むのは、一ヶ月前に知り合った夫婦と俺と、そして秀真。2人は両親のように秀真に愛を注ぎ、俺は兄のように秀真に接する。キャンプ場で誘拐したのは、いわゆる闇バイトに応募した俺たちだ。
秀真は両親を無くした孤児であったが、プログラミングの天才でもあった。数年前、ハッキング対策に頭を悩ませていたあのおっさんは秀真を見つけて養子にした。子供嫌いだったおっさんは秀真を部屋に監禁、ハッキング対策用プログラムを組ませていた。何故か養子の存在がバレたことで、世間に仲の良さを見せつけるためにキャンプ場に出向いたのだ。その場にいたのは仲の良いいくつかの銀行の総裁ファミリー達。
天才でも愛情は欲するものだ。両親を失い、引き取られても無視された状態だった秀真にとって、ちゃんと接してくれる俺たちにすぐに懐き、A銀行の守備を捨てた。
まさかあの闇バイトの依頼者がこの人だと思わなかった。キャンプ場の情報を俺たちに教え、実行の手順もこの家も、秀真と俺たちの生活を保証してくれたこの人は、安定した生活の代わりに俺に秀真の兄という、夫婦には俺と秀真の両親という役目を科した。徹底的に秀真を手放さないために安心させる環境作ったのだ。まだ映っている集合写真に俺は感謝の意を送る。下を向く秀真をA銀行総裁と挟むように立っている、数年前までA銀行とライバルだったB銀行の笑顔の「総裁」へ。
闇バイトが最近増えすぎて怖い。明らかに怪しい募集でも騙される人は騙されるし、自ら応募する人はする。そういう社会を立て直さなければならないと感じる。